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カンヌでもすっかり常連監督の仲間入りをはたしているクリスティアン・ムンジウ。『ダルデンヌ兄弟+ハネケ』と評される本作はなるほど、主人公の後頭部を追う長回しカメラが『ロゼッタ』風で、『隠された秘密』を思わせる車のフロントガラスからの風景が何やら怪しげな雰囲気を漂わせている。しかしその最大の特徴は、物語に小出しに配されたミステリーの回答が、映画ラストにいたっても意図的に放置されている点にある。まるで答を自分でさがしてご覧なさいといっているかのように。
将来がかかった試験の前日エリザを襲ったレイプ犯はいったい誰だったのか?ロメオの家の窓ガラスを2度も割ったのは?ロメオの運転する車に牽かれたものは何だったのか?不正が検察にばれてロメオは逮捕されてしまうのか?そしてエリザは卒業試験に合格することができたのかどうか?普通の映画ならば間違いなくメインディッシュにもっていきそうなこれらの謎がマクガフィンであったことがエンディングになってはじめてわかる、不思議な作品なのである。
1990年の民主化でルーマニアに帰国してきた警察病院に勤める医者ロメオとその妻マグダ。夫婦の願いもむなしく、結局山が動かなかったルーマニアは汚職と不正がはびこっても人々が見向きもしない国になりはててしまったという。そんな祖国に幻滅を感じているロメオは、愛する一人娘エリザを英国ケンブリッジ大学になんとか留学させようと必死なのだ。友人の警察署長、悪徳副市長、その副市長に借りのある校長を通じて、エリザの試験結果にゲタをはかせてもらおうと働きかけるのだが…
処女作『4ヶ月、3週と2日』においても故郷ルーマニアの行く末をとても心配していたムンジウだが、本作には社会のルールを守ることを子供に教えながら、自分ではそのルールを平気で破っているロメオのような大人がたくさん登場する。加盟条件を満たすためゲタをはかせてもらっているルーマニアとEUの関係に似ているといえなくもないのではないか。“目の前の梁は見えない”というルーマニアの諺にあるように、危険が目の前に迫っているのにそれに気付こうとしない国のあり方に、映画監督が危惧を抱いている様子がそこかしこに伺えるのである。
親はなくとも子は育つというが、女の武器?を使ってロメオとは別の裏技により試験を済ませたエリザを、クリスティアン・ムンジウはどんな目で見つめているのだろう。ある意味親(EU)の背中を見て結果それを模倣した娘(ルーマニア)に対する否定とも肯定ともいえない複雑な想いを、ロメオの無表情から読み取ったのは自分だけであろうか。映画ではけっして描かれなかった“正しい答”を、結局のところ観客一人一人が見つけ出す他ないのかもしれない。
エリザのために
監督 クリスティアン・ムンジウ(2017年)
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