新婚の時は、アパートに住んでいましたが、子供が増え、飛び跳ねないの!走らないの!騒がないの! と、注意するのがストレスで、子供達がまだ幼い頃、中古の一軒家を購入しました。
庭には季節毎に花が咲き、ガーデニングが趣味となり、オールドローズを育てるのが楽しみの1つでした。
…が、そんな生活は長く続かず、
私と子供達3人は、家を飛び出し、ひっそりとアパート暮らしをすることになりました。
その経緯は、「ターニングポイント」シリーズに記載しましたが、
元夫に長年感じていた得体の知れないものの名前に気づいたのは、本屋さんでふと目にしたこの本がきっかけでした。
当時ハラスメントと言えば、セクハラが代表格で、次いで登場したパワハラがようやく市民権を得た頃…
次に登場したのが"モラルハラスメント"。
今でこそモラ夫なる言葉も通じますが、当時はまだモラハラって?という日常でした。
読めば読むほど、当たってるんですけど〜!!
モラ夫あるあるですが、モラ夫の父親もまた、モラ夫のお手本のような人でした。
父親絶対主義の家系で、白い物も父親が黒だと言えば黒になる。
そんな父親が経営する会社を2度目にクビになった時に、私の堪忍袋の緒が切れました。
それまで、離婚を考える案件も沢山ありましたが、なんとか凌いできました。
しかし、ほぼワンオペで仕事をしながらの子育ての状況で、なぜに身内からクビにされた人まで私が養わないといけないのか?
クビになった理由は、、、"働かないから"。
いやいや、、そもそも勧告はあったのかな?
労働基準法というものをご存知かな?
孫3人路頭に迷うという事わかってます?
この日を境に、私の人生、諦めの境地に入りました。
元夫は、何かを"しでかす"度に、
父親からお前の信心が足らんのや!と言われ、
クビになってからは朝から仏壇の前で"信心"に励む日々。
全く、、今まで何を学んできたのか…
「あのね、みんな勉強せずに太宰府お詣り行ってるんじゃないのよ?
やるべき事精一杯やって、最後まで頑張るから見ててくださいって受験のお願いとこれまでの感謝をしに行くのよ?
あなたがやってる事は、好き放題遊びました。あとよろしく!って言ってるようなもんよ?」
そう言っても聞く耳持たず、する事もないのでひたすら信心。
そしてそれは次第に子供達にも強要するようになり、
お母さんがお父さんを許さないのは、お前らの信心が足らんのや!と。
私は、長男の一言をきっかけに、諦めの境地から一転、
子供を守る為に奮起し、不屈の精神で闘う事を決めたのですが・・・
粛々と家を出る計画を進めていく中で、
ある日、子供達に対する態度について、いつもの言い合いにり、
ものすごい剣幕で追いかけてくる元夫を振り切って、子供達と寝室に逃げ込んだ時、
押し入られないように必死で内側からドアを押さえているその手が・・・震えてしまった。。。
それまでは怯んだら負けとばかりに正面切って対峙していましたが、
初めて怖いと思ってしまった。。。
この時、これ以上元夫と一緒にいたら子ども達を守れない、、と思い、その週末急遽家を出ることに。
急いで!荷物まとめて!大慌てで準備していると、当時小4の次男くんが1人行動を止めてしまいました。
んっ?んっ?どうした?
「次男くん、急いで!ランドセル!」
「僕、行かない…」
えっ 想定外の事態です。
「なんで?みんな行くよ?一緒だよ?」
「僕は行かない!!」
キッパリ、頑なに拒否。
はぁ。。。マジか。。。
「次男くん、お母さんはお父さんに意地悪しようとしてるんじゃなくて、
これからちゃんと話し合いをしましょうって。
その為に、少し離れて暮らしましょうということなのよ?」
「僕は嫌だ」
もう!そんな悠長な事言ってられんのだよ!
"アイツ"が帰ってくる前に家を出ないと…
焦りもあって半ばイラっとしながら、
「お父さんのしていることが、正しいことか、間違っていることかはわかる?」
「……」
「次男くん!お母さんの言ってる意味わかる?」
もう一度声を強くして聞きました。
「わかるけど!!!
…僕は…もう殴られたくない…」
そう言いました。
あぁ、、、なんて事。。。
小さな健気な10歳の子供になんて事を言わせてしまったのか。。。
ごめんね。ごめんね。
次男くんをギュッと抱きしめ、
「大丈夫よ。もう一緒に住む事はないから」
安心したのか、次男くんも移動の準備に取り掛かかってくれました。
実際、3人の中で1番気持ちの優しい次男にとって、
父親を置いて家を出ることが辛かった部分もあったと思います。
いつも怖いばかりのお父さんではなく、
野球のコーチもしてるし、面白い時も、優しい時もあるし、………
それゆえに次男を悩ませたのが、精神的呪縛でした。
元夫も次男のその優しさを利用して、3人の中で1番自分の言う事を聞く存在として認識し、支配していました。
子供達には1年生の時からキッズ携帯を持たせていて、何かあればすぐつながる安心ツールのはずが、元夫の居ない間に出かけようもんなら、次男くんのケータイに鬼電コール。
それゆえに、次男くんはどこへ行くにもケータイを握りしめていました。
急いで家を発たないと、、、
車に荷物を詰め込んで、実家に到着した時、
次男くんのケータイが鳴りました。
位置情報を検索すれば実家にいる事はすぐにわかるはずなのに、
私にかけてくるでなく、実家に乗り込んで来る事もなく、次男に圧をかけるモラ夫。
「電話でらんと怒られる!
やっぱり家に居ればよかったやん」
次男くんが泣き出しました。
大丈夫よ、大丈夫よ、もうケータイはいらないよ。
震える次男を抱きしめながら、その場でキッズ携帯の電源を3人ともオフにしました。
その日は土曜日で、翌日は仕事も休みとあって、その夜私は、今までにないくらい深い深い眠りにつきました。
翌朝もなかなか目が覚めず、
「まだ寝かせてあげましょう…」
記憶の遠くで母の優しい声がかすかに聞こえてきました。
安心して眠れる場所があるという事。
人として生活する上で最も重要な最低限の条件である事を身をもって知った夜でした。
遡る事数ヶ月前、アパート暮らしを決意して、
家具家電付きの物件を見つけ、契約に行くと、
子供達の保険証や、車の車検証等提出を求められました。
転職を繰り返す元夫と世帯主を交代し、子供達を私の扶養に入れておいて良かった。
ローンを組めない元夫に代わって車も私名義にしておいて良かった。
全て私の単独で事が足りてしまった。
アイツ、、要らんやん。確信してしまった。
元夫が居ない間に、コッソリ引越しをし、
小さなキッチンに小さな冷蔵庫。
小さなテレビ、小さなユニットバスに、
2部屋の和室。
布団を敷いて川の字になって寝る。
何よりも、「安心して寝る事ができる」
これから始まるアパート暮らし、子供達3人の為に、闘うぞ!
時は2011年、ちょうど12年前の春の出来事です。
見出し画像は自宅の庭に、”主なしとて”綺麗に咲いてくれていたオールドローズたち。
鬼の居ぬ間に失敬しました。
疲れている時のピンクは癒されますね。
今朝の新聞記事の気になる見出し…
児童虐待 最多11万5000人
心理的虐待73%
心が痛みます。
相談件数は増えているというので、問題意識を持っている方も増えているとしたら、、、
お子さんの為に立ち上がりましょう!!
必ず誰かが助けてくれます!