長崎市の中央部を流れる中島川は紫陽花が咲き、輝いている。何故か川に向かい頭を垂れている。
1982年7月23日から翌日24日朝方まで
長崎県長崎市を中心として、集中豪雨が発生した。その頃私は、長崎原爆病院新築工事の設計監理をやっていた。
現場は、数回の落雷があり、満潮時PM10が心配された。地下があって機器の搬入していたので、地下に雨水が乱入すると何億かの損害が発生する。
現場に緊張が走った。現場員全員で地下侵入を阻止した。昼過ぎ自宅まで徒歩で帰るしかなかった。最大雨量は1時間187mmの雨量、これは日本における歴代最高記録となっている。それを物語るような風景、災害を見ながら、私には、驚愕と涙があった。中島川を通りがかると、中島川に架かる橋は全滅であった。死者、行方不明299名。被害筆舌に難し。この大災害は百年に一度の災害と言われながら、中島川の改修に35年もの時が流れていた。