お酒の発明に関する、こんな説がある。人類が小麦などの穀物を栽培するようになったのはパンを作るためではなく、ビールを造るためだったのではないかというのである▼穀物の種子を発酵させてビールを造る方が製粉や製パンよりも容易だったはず-というのがビール説の根拠という。あくまで一つの説だが、おなかを満たすパンより悲しいことを忘れさせてくれるお酒の方が先かもというのは人間くさい▼<憂(うれい)あり新酒の酔(よい)に托(たく)すべく>夏目漱石。いやなことがあれば飲み、良いことがあればやっぱり飲む。遠い昔からこの国の人の心と体を慰めてきた「良き友」への朗報である。日本酒や本格焼酎などの「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録される見通しとなった。祝い酒がほしくなる▼<とろりとろりと今する酛(もと)は酒に造りて江戸へ出す>。米と麴(こうじ)をかき回す工程で、蔵人が歌う「酛すり唄」。酒造りの各工程では歌が欠かせなかったそうだ▼作業を鼓舞するほか、歌でその工程に必要な時間を正確に計っていたという。日本の酒造りは複雑な上に繊細。科学とは無縁な大昔から試行錯誤と舌で酒造りをここまで磨いてきたのだろう。その伝統と知恵が評価された▼世界は日本の酒に注目し、輸出も上向くが、国内での消費量は減っている。今回の登録が「憂いを払う玉箒(たまははき)」となるか。