「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」。ご存じなのはおそらく、今、還暦前後の方か。古いギターのCMで、40年以上も前、ラジオの深夜放送の合間によく流れていたっけ▼ギターでスーパースターに-。そんなばかなと思いつつ、CMに刺激され、ギターを買い求めた方もきっといる。そんな時代だった▼訃報が寂しい。その人も確か、モーリスのギターをお使いだった。シンガー・ソングライターの谷村新司さんが亡くなった。74歳は早すぎる▼名盤「アリスV」(1976年)を聴き返す。1曲目の「今はもうだれも」から音がほとばしっている。弾(はじ)けている。内省的で、やや沈鬱(ちんうつ)な当時の「4畳半フォーク」の時代から離れ、より大きな世界へと飛び出そうとする宣言のような音がある▼3曲目が「雪の音」。芝居を演じるかのように、情感を込めた谷村さんの歌唱。その後の「昴(すばる)」にもつながる叙情性に加え、米フォークロックにはない、どこか懐かしい日本の味と「涙」がある。強さと優しさをあわせ持った歌声だった。2曲目の「遠くで汽笛を聞きながら」。谷村さんが何度も歌詞を書き直し、完成したと聞く。自分の「謡」を探し求めて、もがき続けた谷村さんの若き日を思う▼本物の「スーパースター」が「昴」へと旅立った。<あなたの声が遠ざかる…>。「帰らざる日々」の歌詞がファンにはつらい。
<土曜日の公園。人々は踊っている。笑っている。アイスクリーム売りがイタリアの歌を口ずさんでいる>-▼シカゴの代表曲『サタデイ・イン・ザ・パーク』(1972年)は土曜日の陽気で穏やかな雰囲気を歌っている。ニューヨーク、セントラルパークの光景だそうだ▼<人々は話している。心から笑っている。ギター弾きがみんなのために歌っている>。イスラエルでの出来事に胸が詰まる。いつもと変わらぬはずの穏やかな土曜日。それが一瞬にして奪われた。7日土曜の朝。イスラム主義組織ハマスがイスラエルへの攻撃を始めた。数千発のロケット弾を撃ち込み、イスラエルに侵入した武装集団が市民を殺害し、あるいは人質として連れ去った▼野外音楽フェス会場では攻撃後、少なくとも260人の遺体が見つかった。なにもなければ踊り、笑い、歌っていた罪もない市民が殺された▼ハマス奇襲の背景が見えぬ。サウジアラビアとイスラエルの接近などパレスチナ解放というアラブの大義が置き去りにされつつあることへの焦りなのか。なれど、知恵と言葉だけが解決の道に近づける。暴力の先には解決はなく、待つのは報復であることがなぜ分からなかったか▼イスラエルは宣戦を布告し、戦争となった。互いの市民が既に犠牲になっている。双方の自制を強く願う。踊り、笑い、歌う市民の穏やかな日々が遠い。