<暗闇の赤児よ/もう夜も明けた/おまえは何故に泣く/おまえは何故に叫ぶ>-。古代バビロニアの粘土板に刻まれた文字を解読したところ、こんな文句があったそうだ▼これが世界最古の「子守歌」という。約4千年も前から人類は泣く子をなだめることに知恵を絞っていたのか。<おまえは何故>。泣く子に苦労する歌詞に古代の親が身近に思えてくる▼「何故」をもう一度探り、なんとしても「泣く子」を減らしたい。いじめの問題である。文部科学省の調査の概要によると昨年度の全国の小中高校などで認知された、いじめの数は前年度から約10・8%増え、約68万件。過去最多である▼2013年のいじめ防止対策推進法の施行から10年が経過した。いじめの根絶に向けて各分野で取り組みを続けてきたはずだが、ゴールが見えないどころか、遠ざかる▼いじめを認知した学校は全体の8割に及び、いじめのない学校の方がまれという現実。認知件数が増えるのは以前なら見過ごされていたようないじめも把握しているためとはよく聞く。信じたいのだが、理由は本当にそれだけか▼小中高校での暴力も増えている。同じ調査で不登校の児童生徒数もやはり過去最多の約29万人となったが、いじめ、暴力の増える学校を思えば、登校に二の足を踏むのは当然だろう。泣く子を減らす「子守歌」となる有効な手だてがほしい。
「ミート・キュート」。直訳すれば「かわいい出会い」となるが、映画用語である。ロマンチック・コメディー作品などでカップルが初めて出会う場面をいう▼観客を物語に引き込むため、いかに魅力的な「出会い」を用意できるか。脚本家の腕の見せどころで、『ローマの休日』なら、道端で眠っている王女に新聞記者が心配して声を掛けるシーン。しゃれているのが『青髭(あおひげ)八人目の妻』。衣料店でパジャマの上だけほしいという男とパジャマの下だけほしいという女性が出会う▼この物語の「ミート・キュート」もおもしろい。主演は今年のノーベル生理学・医学賞に選ばれた米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授である▼二人の出会いはコピー機の前。コピー機の順番を待っていて、言葉をかわしたことが、共同研究のきっかけになる▼メッセンジャーRNAと呼ばれる遺伝情報を伝える物質をワクチンに利用するカリコさんのアイデア。そこにエイズウイルスのワクチンを研究していたワイスマンさんの知見が加わって、一組の「パジャマ」となったのだろう。その成果が新型コロナワクチン開発につながり、困難にあった人類を救った▼異なる研究が出会うことで新たな道を開く。カリコさんの言葉はあながち冗談ではなかろう。出会いのため「大学はもっとコピー機を置くべきね」。
ディンガー、テーター、ディンドン、ジョンロン、ビッグ・フライ…。並べると何かのおまじないのようだが、すべて同じ意味で、米国で使われる「本塁打」の表現である▼日本語では本塁打やホームラン、一発、○○弾がせいぜいか。野球発祥の国では20を超える呼び方があるというから驚く。理由は分からぬが、米国には本塁打に格別の思いがあるのは確かだろう。大空に向かう美しい打球。そこに野球というゲームの本質を見ているようなところもあるか▼1934(昭和9)年に来日した大リーグ選抜のベーブ・ルースは全日本チームと対戦した感想をこう語った。「スラッガーを求めよ」。全日本は16試合で全敗。強打者がいなければ好投手がいても守備をどんなに鍛えても勝てない。ルースはそう教えてくれた▼89年後。日本生まれのスラッガーの快挙をルースもほめるだろう。エンゼルスの大谷翔平選手。日本人選手として初めて、アメリカン・リーグ本塁打王に輝いた▼無論、日本の野球の歴史の中には世界に誇る大勢の強打者がいる。イチロー選手は大リーグで首位打者を2度獲得した。されど、体力、体格で分が悪いとされた日本人選手が本塁打王の称号を米国で手にする日が来ることを、誰が予想できたか▼数々の「偉業」にこの人を称賛する言葉がもはや思いつかない。子どもたちは憧れるのをやめられまい。