かっこいい男性を指して言う「イケメン」が広く使われるようになったのは2000年前後らしい。今もよく聞くから流行語の類いにしては息が長い▼あくまで言葉の印象なのだが、この「イケメン」、どうも軽い。俗語辞典によるとイケメンの「メン」とは面と「MEN」をかけたもの。と、なると顔の良さや外見だけを評価した言葉であって性格や態度は関係ないか。小欄、言われたことはないが、「イケメン」が上っ面なほめ言葉に聞こえるのはそのせいかもしれない▼悲しみ、孤独。複雑な味わいを持つこの役者を二枚目、色男と呼んでも「イケメン」という軽い言葉は似合わない。俳優、アラン・ドロンさんが亡くなった。その名は二枚目の代名詞であった▼映画『太陽がいっぱい』でドロンさん演じるトム・リプリーが殺した友になりすますためサインを何度も練習する場面を思い出す▼恐るべき犯罪者なのだが、見ているとリプリーを応援したくなるのはドロンさんの顔の良さのせいではあるまい。野望とかなわぬ思い。そんな苦しい役柄がよく似合い、大衆の心をつかんだ▼「ダーバン・セ・レレガンス・ドゥ・ロム・モデルン(ダーバンは現代の男のエレガンス)」。出演した紳士服の古いCM。「フランスでCMに出るのは人気のない俳優」と最初は断ったそうだ。気位の高さも往年の二枚目スターにふさわしい。
レールが壊れているのを鉄道の線路番が見つける。列車がやってくれば脱線する。どうするか。ロシアの作家、ガルシンの短編『信号』である▼すぐに列車を止めなければならないが、方法がない。線路番は決断した。自分の腕に小刀を突き立て、血で旗を染め、その旗で列車に危機を伝えた▼壊れたレールへと向かう自民党という列車。ご自分が身を引けば、救えると考えたか。岸田首相。次の党総裁選に出馬せず、首相を退任する意向を表明した▼自分がやめることで自民党が変わることを示したかったとおっしゃった。おやめになる首相にあまり皮肉なことは申し上げたくないが、コラム書きの性分で「美談」にはどうも眉につばをつけたくなる。総裁選に出馬したところで、岸田さん、果たして当選できたかどうか▼出馬をあきらめるのならば党にとって最も役立つ方法でというのが本当のところかもしれない。なるほど「人情芝居」なら危機にある党のため、すべての責任を背負って静かに退くという筋書きは悪くない。この手の話に弱いという方もいるか。首相の退任と総裁選の盛り上がりが不振にあえぐ党の潮目を大きく変える可能性はある▼会見で今後も一兵卒として経済政策などに取り組むとしきりに強調していた。この人、いつかはもう一度首相にという夢を捨てていないのでは…。そこまで、疑っては気の毒か。
イソップにヒツジを襲わないオオカミの話がある。オオカミがヒツジの群れの後ろをついて歩いている▼最初、羊飼いはオオカミに目を光らせていたが、悪さをしないオオカミを見て、ヒツジの見張り役になるのではと考えた。ある日、羊飼いはヒツジをオオカミのところに残したまま町へ出かけた。オオカミは好機到来とばかりにヒツジを襲った。それはそうだろうて▼大地震というオオカミを目の前にしている気になる。巨大地震への注意を呼びかける南海トラフ地震の臨時情報から14日で6日となった▼幸い、南海トラフ地震の想定震源域周辺で巨大地震につながるプレート異常などは今のところ確認されていない。このまま地殻の大きな変化がなければ、15日で臨時情報の注意の呼びかけは終了になるという。オオカミがこのまま「悪さ」をしないまま立ち去ることを願う▼地震臨時情報によって巨大地震を現実のものとして意識したとき、日ごろの備えがいかに不十分だったかを気づかされたという方は多いはずだ。残念ながらSNS上には「○日に地震が起きる」などの根拠のない偽情報や気分の悪いデマも流れている。非常時にこの手の流言飛語が混乱と不安をあおることを思えばこれにも効果ある対策が必要だろう▼この数日間が教えた備えの不足や対策の穴を急いで埋めたい。オオカミはいつかヒツジを襲ってくる。
「ふうせん持った子がそばにいて、/私が持ってるようでした」。パリ五輪の閉幕に、金子みすゞの「ふうせん」を思い出した▼お祭りの日の光景だろうか。「ふうせん」を持っている子を見れば、自分までも「ふうせん」を持っているような気がして、そのうれしさが伝わってくるというのだろう▼五輪の選手たちが手にしているそれぞれの「ふうせん」を空想する。ふくらませているのは競技への熱や努力か。家族や幼き日の記憶、夢も詰まっているはずだ。選手それぞれの「ふうせん」を見て、こちらの心も高鳴る。同じ「ふうせん」を持っている気になり、声を上げる。がんばれ。負けるなと▼世界中から集まったつわものたちが政治もむごい現実も無関係にただ、目の前の試合に集中し競い合う。そして笑い、泣く。異論もあろうが、やはり五輪は続いてほしい。どこの国の人間も同じ「ふうせん」を持つ同じ人間であることをこれほど教えてくれる祭りはあるまい▼「ぴい、とどこぞで笛が鳴る、/まつりのあとの裏どおり」。幸運にも「ふうせん」の中にメダルを入れて帰る人もいる。君のには入ってない? 気にすることはない。メダルの代わりに入っている後悔や反省もまた「ふうせん」を大きくする▼「ふうせん持った子が行っちゃって、/すこしさびしくなりました」-。次はパラリンピック。28日開幕である。