先日の新聞に
大阪府の公立高校で卒業式の日に
校長命令で国家斉唱の際
起立して声を出して歌っているか
教員の口元を確認したとありました。
この記事を見て
おもしろいことをするなと
呆れた感情にも似た感覚に襲われました。
卒業式と言えば
学生にとっては高校最後の日
思い出の日・・・。
昔でいえば
学ランの第二ボタンとか
ちゅーするでとか・・・。
ずっと好きでしたとか・・・。
いろんな思い出の締めくくりの日になるはずです。
この事件に学校の教師はどう思っているのでしょう。
反発しているのでしょうか。
教育委員会のエライさんは
常軌を逸しているとコメントしているようです。
私の思い出の中には
大西先生や桧垣先生、忠海先生など
今でも恩師だと尊敬している先生がいる一方
半分以上の先生は
どうしょうもないアホという感覚しかありません。
一番アホだと思ったのは
生徒指導の名のもと
月曜日の毎朝校門前でやっていた服装チェックでした。
校則違反だとかなんとかで
“スカートの丈が5cm長い”
“前髪が1cm長い”
“学ランが長すぎる”
“ズボンが縦ポケだ”
“靴下が白で無い”
“学ランの下がTシャツだ”
“きんちゃく袋は校則違反”
“学ランの襟のツメを外している”
数えれば切りがないほど
いちゃもんをつけられて
多くの学生が正座させられた。
あまりにむかつくから
1回何故靴下が白でないとダメなのか
前髪が1cm長いとなぜダメなのか
理由を生徒指導の前田先生に聞いたら
「校則で決まっている」からだとか・・・。
“前髪が1cm長い”と
校則違反って?
1cm長いと何が悪いのか
私にはさっぱりわからなかった。
こんなことやってて
教師を尊敬できるわけがない。
ずっと学生時代そう思ってました。
でも・・・
正座するのが嫌で言いなりになっていました。
結局私には
今回の卒業式での口元確認にしても
校門前での生徒指導にしても
「校則」、「条例(規則)」で決まっているからと
同じようなことをやっているように見える。
そんなことを取り上げるより
もっと学生にとって
大事なことがあるように思えてならない。
教職員なら
もっと人生において学業を通して
学生から憧れられる存在であってもらいたい。
何故なら
親以外で
一番身近で
日常生活において
接する時間が極端に長い大人だからです。
子供は大人の真似をします。
だからこそ良い手本であってほしいのです。
私のように
アホかこいつ・・・
そう思って生活していたのでは
尊敬も憧れも生まれません。
大人に対する失望だけが残るのです。
教職員も自己の考えや主義主張はあるでしょう。
だからと言って
卒業式で
校長が部下の教員に対し
口元確認しなければならないほど
「信頼関係」が存在しないということを露呈させて良いのでしょうか。
信用してない上司と部下の関係・・・
信頼が無い
そんな学校組織で教えられている学生とは何なのでしょうか。
可哀そうでなりません。
主役を無視したそんな態度が
私を呆れかえらせたのでした。
。。。。
大阪府の公立高校で卒業式の日に
校長命令で国家斉唱の際
起立して声を出して歌っているか
教員の口元を確認したとありました。
この記事を見て
おもしろいことをするなと
呆れた感情にも似た感覚に襲われました。
卒業式と言えば
学生にとっては高校最後の日
思い出の日・・・。
昔でいえば
学ランの第二ボタンとか
ちゅーするでとか・・・。
ずっと好きでしたとか・・・。
いろんな思い出の締めくくりの日になるはずです。
この事件に学校の教師はどう思っているのでしょう。
反発しているのでしょうか。
教育委員会のエライさんは
常軌を逸しているとコメントしているようです。
私の思い出の中には
大西先生や桧垣先生、忠海先生など
今でも恩師だと尊敬している先生がいる一方
半分以上の先生は
どうしょうもないアホという感覚しかありません。
一番アホだと思ったのは
生徒指導の名のもと
月曜日の毎朝校門前でやっていた服装チェックでした。
校則違反だとかなんとかで
“スカートの丈が5cm長い”
“前髪が1cm長い”
“学ランが長すぎる”
“ズボンが縦ポケだ”
“靴下が白で無い”
“学ランの下がTシャツだ”
“きんちゃく袋は校則違反”
“学ランの襟のツメを外している”
数えれば切りがないほど
いちゃもんをつけられて
多くの学生が正座させられた。
あまりにむかつくから
1回何故靴下が白でないとダメなのか
前髪が1cm長いとなぜダメなのか
理由を生徒指導の前田先生に聞いたら
「校則で決まっている」からだとか・・・。
“前髪が1cm長い”と
校則違反って?
1cm長いと何が悪いのか
私にはさっぱりわからなかった。
こんなことやってて
教師を尊敬できるわけがない。
ずっと学生時代そう思ってました。
でも・・・
正座するのが嫌で言いなりになっていました。
結局私には
今回の卒業式での口元確認にしても
校門前での生徒指導にしても
「校則」、「条例(規則)」で決まっているからと
同じようなことをやっているように見える。
そんなことを取り上げるより
もっと学生にとって
大事なことがあるように思えてならない。
教職員なら
もっと人生において学業を通して
学生から憧れられる存在であってもらいたい。
何故なら
親以外で
一番身近で
日常生活において
接する時間が極端に長い大人だからです。
子供は大人の真似をします。
だからこそ良い手本であってほしいのです。
私のように
アホかこいつ・・・
そう思って生活していたのでは
尊敬も憧れも生まれません。
大人に対する失望だけが残るのです。
教職員も自己の考えや主義主張はあるでしょう。
だからと言って
卒業式で
校長が部下の教員に対し
口元確認しなければならないほど
「信頼関係」が存在しないということを露呈させて良いのでしょうか。
信用してない上司と部下の関係・・・
信頼が無い
そんな学校組織で教えられている学生とは何なのでしょうか。
可哀そうでなりません。
主役を無視したそんな態度が
私を呆れかえらせたのでした。
。。。。