家族のお誕生日は、その人の好きなものを、食べに行く。
今回は、わたし。
家で食べたかった。
毎日3食作るのは、わたしである。
作りたくない。
作ってくれるような家族もいない。
で。
テイクアウトのお寿司を、買ってきた。
わたしの水彩スケッチの仕方は、ペンで、全くの下書きナシ。
これは、今通っているスケッチ教室のやり方である。
これが、ものすごくわたしにとって、描きたいと言う気持ちを、掻き立てる。
女性の指導者も、わたしより、かなりお若いが、
なんともいえない味のある絵を、描かれる。
その時の感動が、下書きをしないということで、そのまま絵に表れるのではないかと思う。
しかしながら、まだまだのわたしの場合、描きあがったものを見ると、
ずいぶん可笑しいことも、多々ある。
この寿司の場合は、実際は、寿司4分の3くらい描いたつもり。
しかし、どうみても、この3倍くらいの寿司が、寿司桶にあるように見えてしまう。
感動を、そのまま絵にするのはステキだが、
わたしの水彩スケッチ修行は、これから、これから、まだまだである。
今回は、わたし。
家で食べたかった。
毎日3食作るのは、わたしである。
作りたくない。
作ってくれるような家族もいない。
で。
テイクアウトのお寿司を、買ってきた。
わたしの水彩スケッチの仕方は、ペンで、全くの下書きナシ。
これは、今通っているスケッチ教室のやり方である。
これが、ものすごくわたしにとって、描きたいと言う気持ちを、掻き立てる。
女性の指導者も、わたしより、かなりお若いが、
なんともいえない味のある絵を、描かれる。
その時の感動が、下書きをしないということで、そのまま絵に表れるのではないかと思う。
しかしながら、まだまだのわたしの場合、描きあがったものを見ると、
ずいぶん可笑しいことも、多々ある。
この寿司の場合は、実際は、寿司4分の3くらい描いたつもり。
しかし、どうみても、この3倍くらいの寿司が、寿司桶にあるように見えてしまう。
感動を、そのまま絵にするのはステキだが、
わたしの水彩スケッチ修行は、これから、これから、まだまだである。