平和を創り出す宮古ネット通信

宮古島の平和を願う3人の市民が始めたブログ。平和を阻む政治状況とたたかう市民の行動を載せる。美しい自然、環境問題も。

ただひとつ明るいニュース

2013-01-01 15:10:49 | インポート

Kama2013 けさ、2013年元旦の炊き出し(友人より)

 深い悲しみと怒り、2012年は暗澹たる思いの一年であった。が、個人的にただひとつ明るいニュースは、このブログにも何度か取り上げた大阪・釜ヶ崎で出会ったTさんの選挙権剥奪違法訴訟の2審判決であった。結果的には原告、被告、双方の上告を棄却というものであったが、実質的にはTさんの勝利だ。 

 1審判決でも、仮投票をさせなかったのは違法としているが、傍聴を続けてきた人から、気持ちが悪いという声が聞かれるほど、何とか被告大阪市に有利にという意図が如実に感じられた。けれど、2審判決はそれらの部分をズバリと切り捨て、比較的公正で筋の通った判決が示された。

 だが、認められて然るべき本投票の部分はやはり認められず、自分を含めて周囲の支援者からは最高裁に上告、最終的には国際人権条約に通告を考えていたが、Tさん本人は、大阪市から見ればゴキブリのごとき人間が、マンモスのような大阪市をきりきり舞いさせてやった。認められえなかった部分は裁判官も一から十とはいかんだろ。だが、ウソにウソを重ねた大阪市に、2審の判決の行間にも「嘘もいい加減にしろ」という思いがチラチラ見える。投票できなかった仲間のことも触れているし、相手が上告しなかったらこちらからはしない、と言っていた。結局、大阪市は上告せず、6月末にTさんの6年間のたたかいは一応終わった。

 命と選挙権があれば何もいらないと言っていたTさんは今回の衆議院選挙をどう思っているだろうか。過去最低の投票率、実質10%ちょっとの得票で自民党圧勝。原発推進、利益誘導型の政治に逆戻り、憲法改悪、軍靴の音も聞こえてきそうだ。

 2013年はどんな年になるのか(普)


本土「復帰」40年

2013-01-01 14:54:39 | インポート

復帰40年 基地問題に翻弄 さよなら2012年

2012年12月31日 12時00分 沖縄タイムス

 本土復帰から40周年の節目、2012年が間もなく終わる。沖縄は今年も基地問題に翻弄(ほんろう)され続けた。米軍普天間飛行場の返還をめぐり「県外・国外」への移設を訴える沖縄の総意と「名護市辺野古」を推進する日米両政府との溝は一層広がった。米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが「世界一危険」とされる同飛行場へ強行配備され、相次ぐ米兵の事件。県民の怒りは臨界点を超えた。抜本的な基地負担軽減の道筋が見えないまま、新たな年を迎える。

20121231osupurei けん引され格納庫に向かうMV22オスプレイ。収納後、駐機場にオスプレイの姿はなくなり、静けさが漂った=28日午後6時8分、宜野湾市・米軍普天間飛行場(勝浦大輔撮影

 4月にモロッコ、6月に米フロリダ州と相次いで墜落事故を起こしたオスプレイ。危険性が指摘される同機の配備は、10万1千人(主催者発表)が反対を訴えた県民大会の民意を無視して、10月1日、強行された。運用ルールを定めた日米合同委員会合意に違反し、学校や病院など人口密集地上空を飛行、さらに午後10時以降の訓練も日常化し、県民の命と生活を脅かしている。

 その2週間後には、本島中部で、2米兵による集団強姦(ごうかん)致傷事件が発生。事件を受け在日米軍は深夜の外出禁止令を出したが、効果はなく中南部で民家への侵入事件が相次いでいる。

 沖縄戦の指揮を執った第32軍司令部壕の説明板から、県が「慰安婦」や「住民虐殺」の記述を削除したことが2月、明らかになった。英文からは「捨て石」の表現が抜け落ちた。専門家は「沖縄戦の実相を覆い隠す」と反発。しかし、県は「確証が持てない」として記述は削除されたまま、説明板を首里城公園内に設置した。

 来年3月に創立30周年を迎えるのを前に、沖縄戦の資料を収集してきた「沖縄戦記録フィルム1フィートの会」が、メンバーの高齢化などから解散を発表した。

 過重な基地負担の軽減とともに、沖縄戦の悲惨な史実と記憶を、どう後世に継承していくかが、問われた一年だった。