激しく降り注ぐ雨の中、地鳴りのような「マー君コール」が背中を押した。
3点リードの9回2死一、三塁。一発浴びれば同点の場面で、楽天のエース田中将大が最後の力を振り絞って腕を振った。
142キロのスプリットに代打・矢野謙次のバットが空を切る。その瞬間にマウンドで田中が両手を突き上げると、そこに女房役の嶋基宏が
飛び込んで抱き合った。その輪に一塁から銀次が、三塁からケーシー・マギーが、そして次々にナインが飛び込んで、クリネックススタジアム仙台に歓喜の花が咲き乱れた。球団創設9年目。楽天が東日本大震災という苛烈な試練を乗り越えてきた東北に、日本一を届けた瞬間だった。
「もう最高! 東北の子供たち、全国の子供たち、被災者の皆さんにこれだけの勇気を与えた選手たちを褒めてやってください!」
選手の手で9回、仙台の夜空に舞った監督の星野仙一が絶叫した。
苦しい戦い。王手をかけ、無敗のエースで勝利を確信して臨んだ第6戦に敗れて、土壇場まで追い込まれた。
「最後にオレを泣かせてくれよ」前日のミーティングでは、星野監督が直接選手にこう語りかけた。
「オレがミーティングをやったときは必ず勝っていたんだ。だからそういう験を担ぐ意味もあった」
こうして悲願達成のためにやれることはすべてやり尽くした指揮官が、最後の“武器”として、懐に持っていたのは、一人の投手だった。
則本昂大。 星野がこの投手を“切り札”とすることを決めたのは、シリーズ開幕直前のことだった。
日本シリーズ進出に王手をかけたクライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージ第4戦。星野は万全を期して
「シリーズに向けた調整に専念したい」と申し入れていた田中をあえてクローザーで投入した。
しかし、このエース投入が日本シリーズに向けた首脳陣の青写真に狂いを生むことになった。1、5戦に先発させ6、7戦ではリリーフ待機を計算していた田中が、調整面の問題から2戦と6戦の先発を希望。首脳陣もそれを了承するしかない状況になってしまったのだった。
そしてその瞬間に、シリーズの“切り札”は田中から則本に変わったのである。
「オレは試合の最後から逆算してゲームを考える」そう語ってきた星野にとって、今の楽天の最大の悩みがリリーフ陣の層の薄さだった。
シーズン中のクローザーは青山浩二、ダレル・ラズナーに最後は斎藤隆と“使い回し”て何とか凌いできた。それでもどの投手も、日本シリーズの最後を任せるほどの絶対的な信頼には欠けるのが現実だった。 万全を期して第6戦に先発した田中が、まさかの連勝ストップで、巨人に逆王手をかけられた第7戦。もちろん星野監督が最後に頼りにしたのは、このルーキーだった。7回から好投の美馬学の後を受けて2番手でマウンドに。2回を2安打、3奪三振で抑えて無失点で田中へとバトンを渡した。一番大変なところを乗り切って、最後はこのシリーズが日本での最終登板となるとウワサされる先輩投手に花道を譲った。そう考えると、最後に球場を包んだ“マー君コール”は、このルーキー右腕の獅子奮迅の献身によって演出されたものだったのである。
「最後に3点差ではなく1点差でも田中投手を登板させましたか?」
日本一を達成した記者会見。こうたずねられた星野監督は、苦笑いを浮かべてかぶりを振った。
「いや、登板させなかったですね。そのときは則本を続投させていた」
前日に160球を投げ完投した田中の投入は、あくまでファンサービスだった。
最後の最後にチームの命運をかけて指揮官が送り出したのは、絶対エースと呼ばれた田中ではなく、実はこのルーキー右腕だったというわけである。
シリーズMVPは第3戦と7戦に先発して2勝を挙げた美馬の頭上に輝き、楽天から選ばれた優秀選手賞は田中と銀次が受賞して、則本は何の賞も手にすることはできなかった。
それでももし“影のMVP”というものがあるとすれば――それは間違いなく則本だ。
ただひたすら勝利のためにマウンドに立ち続けたこのルーキー右腕には、惜しみない拍手と祝福を送りたいと思う。
「勝てる試合をどうやって確実に取れるかが短期決戦の鉄則。そのためには誰かにムリをしてもらわなあかん」
そうして指揮官が指名したのが則本だった。
「自分は気持ちで投げるタイプ。意気に感じてマウンドに上がりたい」
そう語ってきた則本も、指揮官の過酷な要求に見事に応えてみせたのだった。
「自分が与えられた場面で頑張るだけ」
実はCSファイナルステージの第4戦で、則本も田中と同じようにリリーフ登板している。しかし、そのまま中4日で初戦の先発マウンドに立つと、この試合は巨人のエース・内海哲也と渡り合って8回124球を投げて2失点で負け投手となった。そこから中3日で第4戦はベンチ待機。そして2勝2敗で迎えた第5戦では2点をリードした6回からリリーフ登板した。
この試合では9回に同点に追いつかれはしたものの、延長10回に自ら選んだ四球を足場に銀次の中前タイムリーで勝ち越しのホームに滑り込むと、その裏まで5イニング79球を投げて勝ち投手になった。
「信頼してもらっているのが嬉しい。その期待に応えたいし、監督が一番、1勝の重みを分かっているのだと思う。その期待に応えるだけでした」
試合後にはこう語った則本は、仙台に帰った残り2試合に向けてもスタンバイ。
「行けといわれたらいくだけ。自分が与えられた場面で頑張るだけ」
こう語って6、7戦もベンチ入りした。
万全を期して第6戦に先発した田中が、まさかの連勝ストップで、巨人に逆王手をかけられた第7戦。もちろん星野監督が最後に頼りにしたのは、このルーキーだった。
7回から好投の美馬学の後を受けて2番手でマウンドに。2回を2安打、3奪三振で抑えて無失点で田中へとバトンを渡した。一番大変なところを乗り切って、最後はこのシリーズが日本での最終登板となるとウワサされる先輩投手に花道を譲った。そう考えると、最後に球場を包んだ“マー君コール”は、このルーキー右腕の獅子奮迅の献身によって演出されたものだったのである。
「最後に3点差ではなく1点差でも田中投手を登板させましたか?」
日本一を達成した記者会見。こうたずねられた星野監督は、苦笑いを浮かべてかぶりを振った。
「いや、登板させなかったですね。そのときは則本を続投させていた」
前日に160球を投げ完投した田中の投入は、あくまでファンサービスだった。
最後の最後にチームの命運をかけて指揮官が送り出したのは、絶対エースと呼ばれた田中ではなく、実はこのルーキー右腕だったというわけである。
3点リードの9回2死一、三塁。一発浴びれば同点の場面で、楽天のエース田中将大が最後の力を振り絞って腕を振った。
142キロのスプリットに代打・矢野謙次のバットが空を切る。その瞬間にマウンドで田中が両手を突き上げると、そこに女房役の嶋基宏が
飛び込んで抱き合った。その輪に一塁から銀次が、三塁からケーシー・マギーが、そして次々にナインが飛び込んで、クリネックススタジアム仙台に歓喜の花が咲き乱れた。球団創設9年目。楽天が東日本大震災という苛烈な試練を乗り越えてきた東北に、日本一を届けた瞬間だった。
「もう最高! 東北の子供たち、全国の子供たち、被災者の皆さんにこれだけの勇気を与えた選手たちを褒めてやってください!」
選手の手で9回、仙台の夜空に舞った監督の星野仙一が絶叫した。
苦しい戦い。王手をかけ、無敗のエースで勝利を確信して臨んだ第6戦に敗れて、土壇場まで追い込まれた。
「最後にオレを泣かせてくれよ」前日のミーティングでは、星野監督が直接選手にこう語りかけた。
「オレがミーティングをやったときは必ず勝っていたんだ。だからそういう験を担ぐ意味もあった」
こうして悲願達成のためにやれることはすべてやり尽くした指揮官が、最後の“武器”として、懐に持っていたのは、一人の投手だった。
則本昂大。 星野がこの投手を“切り札”とすることを決めたのは、シリーズ開幕直前のことだった。
日本シリーズ進出に王手をかけたクライマックスシリーズ(CS)のファイナルステージ第4戦。星野は万全を期して
「シリーズに向けた調整に専念したい」と申し入れていた田中をあえてクローザーで投入した。
しかし、このエース投入が日本シリーズに向けた首脳陣の青写真に狂いを生むことになった。1、5戦に先発させ6、7戦ではリリーフ待機を計算していた田中が、調整面の問題から2戦と6戦の先発を希望。首脳陣もそれを了承するしかない状況になってしまったのだった。
そしてその瞬間に、シリーズの“切り札”は田中から則本に変わったのである。
「オレは試合の最後から逆算してゲームを考える」そう語ってきた星野にとって、今の楽天の最大の悩みがリリーフ陣の層の薄さだった。
シーズン中のクローザーは青山浩二、ダレル・ラズナーに最後は斎藤隆と“使い回し”て何とか凌いできた。それでもどの投手も、日本シリーズの最後を任せるほどの絶対的な信頼には欠けるのが現実だった。 万全を期して第6戦に先発した田中が、まさかの連勝ストップで、巨人に逆王手をかけられた第7戦。もちろん星野監督が最後に頼りにしたのは、このルーキーだった。7回から好投の美馬学の後を受けて2番手でマウンドに。2回を2安打、3奪三振で抑えて無失点で田中へとバトンを渡した。一番大変なところを乗り切って、最後はこのシリーズが日本での最終登板となるとウワサされる先輩投手に花道を譲った。そう考えると、最後に球場を包んだ“マー君コール”は、このルーキー右腕の獅子奮迅の献身によって演出されたものだったのである。
「最後に3点差ではなく1点差でも田中投手を登板させましたか?」
日本一を達成した記者会見。こうたずねられた星野監督は、苦笑いを浮かべてかぶりを振った。
「いや、登板させなかったですね。そのときは則本を続投させていた」
前日に160球を投げ完投した田中の投入は、あくまでファンサービスだった。
最後の最後にチームの命運をかけて指揮官が送り出したのは、絶対エースと呼ばれた田中ではなく、実はこのルーキー右腕だったというわけである。
シリーズMVPは第3戦と7戦に先発して2勝を挙げた美馬の頭上に輝き、楽天から選ばれた優秀選手賞は田中と銀次が受賞して、則本は何の賞も手にすることはできなかった。
それでももし“影のMVP”というものがあるとすれば――それは間違いなく則本だ。
ただひたすら勝利のためにマウンドに立ち続けたこのルーキー右腕には、惜しみない拍手と祝福を送りたいと思う。
「勝てる試合をどうやって確実に取れるかが短期決戦の鉄則。そのためには誰かにムリをしてもらわなあかん」
そうして指揮官が指名したのが則本だった。
「自分は気持ちで投げるタイプ。意気に感じてマウンドに上がりたい」
そう語ってきた則本も、指揮官の過酷な要求に見事に応えてみせたのだった。
「自分が与えられた場面で頑張るだけ」
実はCSファイナルステージの第4戦で、則本も田中と同じようにリリーフ登板している。しかし、そのまま中4日で初戦の先発マウンドに立つと、この試合は巨人のエース・内海哲也と渡り合って8回124球を投げて2失点で負け投手となった。そこから中3日で第4戦はベンチ待機。そして2勝2敗で迎えた第5戦では2点をリードした6回からリリーフ登板した。
この試合では9回に同点に追いつかれはしたものの、延長10回に自ら選んだ四球を足場に銀次の中前タイムリーで勝ち越しのホームに滑り込むと、その裏まで5イニング79球を投げて勝ち投手になった。
「信頼してもらっているのが嬉しい。その期待に応えたいし、監督が一番、1勝の重みを分かっているのだと思う。その期待に応えるだけでした」
試合後にはこう語った則本は、仙台に帰った残り2試合に向けてもスタンバイ。
「行けといわれたらいくだけ。自分が与えられた場面で頑張るだけ」
こう語って6、7戦もベンチ入りした。
万全を期して第6戦に先発した田中が、まさかの連勝ストップで、巨人に逆王手をかけられた第7戦。もちろん星野監督が最後に頼りにしたのは、このルーキーだった。
7回から好投の美馬学の後を受けて2番手でマウンドに。2回を2安打、3奪三振で抑えて無失点で田中へとバトンを渡した。一番大変なところを乗り切って、最後はこのシリーズが日本での最終登板となるとウワサされる先輩投手に花道を譲った。そう考えると、最後に球場を包んだ“マー君コール”は、このルーキー右腕の獅子奮迅の献身によって演出されたものだったのである。
「最後に3点差ではなく1点差でも田中投手を登板させましたか?」
日本一を達成した記者会見。こうたずねられた星野監督は、苦笑いを浮かべてかぶりを振った。
「いや、登板させなかったですね。そのときは則本を続投させていた」
前日に160球を投げ完投した田中の投入は、あくまでファンサービスだった。
最後の最後にチームの命運をかけて指揮官が送り出したのは、絶対エースと呼ばれた田中ではなく、実はこのルーキー右腕だったというわけである。