Eric Clapton - Black Magic Woman | The Lady In The Balcony: Lockdown Sessions
椿屋四重奏 - いばらのみち
Pink Sweat$ - Honesty [Official Music Video]
The Birthday - ブラックバードカタルシス
(ちんちくりんNo,58)
かほるも(多分)僕も互いを幽霊を見ているように目を見開き、ほんの十数秒のことだが、まるで時間が止まったが如く瞬きさえも出来なかった。咄嗟のことで、僕は何か言わなくてはと思ったのだが、声が出ない。かほるも同じようだ。そんな中で、「かほる、もう出かけるのか」じいさんがそう声をかけた。するとかほるは、はっと僕から目を離し、じいさんに向かって「うん、予定が早くなったの」と妙に裏返った声で言い、すうっと僕の手首を掴んだ。何やら僕に目配せしながら、「じゃあ、行ってきます」僕は手を引かれ、そのままかほると共に店を出た。出る前にじいさんの方を振り返って声を出さずに、ま・た・く・る、と大きく口を動かしたが、じいさんは判ってくれただろうか。
「丁度良かった」
店を出て百メートル程進んだところで立ち止まり、かほるは僕に笑いかけた。何が・・・だ。僕は何よりもかほるのことが心配だっただけに、かほるのこの行動には少々承服しかねるところがあった。何が丁度良かったというのか、俺たちがどんなに心配したことか・・・。僕がかほるを睨むと、すぐに彼女は僕の心の内を読んだのだろう、急速に神妙な面持ちになり「ごめんなさい」と謝ってきた。
「風邪ひいてたんだって」
「うん。熱が出て。連絡しようと思っていたんだけど、気持ちの方もどうしても冴えなかった」
「気持ち・・・。もしかしてだけど、何か悩んでいることがあるのか?」
「・・・うん・・・」
「それは俺にも言い難いこと?」
「そうね。出来たらずっと隠していたい。・・・でももう言わなきゃって思ってる」
「そう」
「明日、大学で、・・・でいい?」
「ああ」
「だから、今日は私に付き合って下さい」
「分かった」
御茶ノ水駅へかほると向かった。明大の前を通り過ぎたときにかほるに「何処へ」と訊くと「浅草線蔵前駅から、そうね、歩いて五分位のカフェ。ランチしに、ある人と」と彼女は返事をする。ある人・・・。何故そこへ、ある人とかほるとのランチなのに、僕が付き合うことが「丁度良かった」ということになるのか分からなかった。そこで、もう一つ質問してみた。「ある人って誰。まさか俺の知ってる人なんてことないよな」するとかほるはまた道の途中で一旦止まり、ショルダーバックを前にしてその上に両手を重ね、極まり悪そうに僕を見て「初対面。実は私の叔父さんなの。母の弟よ。海人に是非叔父さんの話を訊いて欲しいの。海人にとって悪い話じゃないと私は思うんだけど、でも・・・もしかしたら、海人は怒るかもね」
怒る、というところが気になったが、まあいい。僕は今日、彼女に付き合うと言ってしまったのだから。しかしかほるの叔父さん、一体何の話があるのやら。
蔵前駅は総武線から地下鉄浅草線へ乗り換える、浅草橋駅のひとつ先にある。僕は蔵前のイメージを「下町情緒の溢れる」なんて勝手に思っていたものだから、地上に出て目前に広がっていたのが連綿と続くビル群だったのには、少々気分が萎えた。ただビル自体はそれ程高層のものはなく、一階は雑貨屋だとかコンビニ、飲み屋、玩具屋、文具屋などがテナントとして入っているところが多く見受けられた。恐らくビルが出来る前から営業している店もいくらかあるのではなかろうか。
目的の店は墨田川沿い、蔵橋へ向かう途中にあった。店の名前はリーヴァ。イタリアン・カフェということで、六階建てのビルの一二階を占めていて、店構えはイタリアンというには飾りがなく質素に感じたが、入ってみると意外にフロアは広く、二十程ある白色のテーブル、そこに設置された席は、ほぼ満杯だった。かほるが「二階の窓際の席だから」というので階段を上って顔を上げると暖色系の光でフロア内が満たされ、さりとて暑くも寒くもない、ゆったりとした空気が漂っていた。大きな丸テーブルが適度に並べられている。奥は縦に長く大きなガラス窓が続き、途中でガラス戸が開放されている。その先はテラスになっていて席が設けられていた。「行こ」かほるが窓際角の席の方に手を挙げた。こちらに向かって手を振っている丸眼鏡の中年男・・・。あれがかほるの叔父さんか、と思った。
椿屋四重奏 - いばらのみち
Pink Sweat$ - Honesty [Official Music Video]
The Birthday - ブラックバードカタルシス
(ちんちくりんNo,58)
かほるも(多分)僕も互いを幽霊を見ているように目を見開き、ほんの十数秒のことだが、まるで時間が止まったが如く瞬きさえも出来なかった。咄嗟のことで、僕は何か言わなくてはと思ったのだが、声が出ない。かほるも同じようだ。そんな中で、「かほる、もう出かけるのか」じいさんがそう声をかけた。するとかほるは、はっと僕から目を離し、じいさんに向かって「うん、予定が早くなったの」と妙に裏返った声で言い、すうっと僕の手首を掴んだ。何やら僕に目配せしながら、「じゃあ、行ってきます」僕は手を引かれ、そのままかほると共に店を出た。出る前にじいさんの方を振り返って声を出さずに、ま・た・く・る、と大きく口を動かしたが、じいさんは判ってくれただろうか。
「丁度良かった」
店を出て百メートル程進んだところで立ち止まり、かほるは僕に笑いかけた。何が・・・だ。僕は何よりもかほるのことが心配だっただけに、かほるのこの行動には少々承服しかねるところがあった。何が丁度良かったというのか、俺たちがどんなに心配したことか・・・。僕がかほるを睨むと、すぐに彼女は僕の心の内を読んだのだろう、急速に神妙な面持ちになり「ごめんなさい」と謝ってきた。
「風邪ひいてたんだって」
「うん。熱が出て。連絡しようと思っていたんだけど、気持ちの方もどうしても冴えなかった」
「気持ち・・・。もしかしてだけど、何か悩んでいることがあるのか?」
「・・・うん・・・」
「それは俺にも言い難いこと?」
「そうね。出来たらずっと隠していたい。・・・でももう言わなきゃって思ってる」
「そう」
「明日、大学で、・・・でいい?」
「ああ」
「だから、今日は私に付き合って下さい」
「分かった」
御茶ノ水駅へかほると向かった。明大の前を通り過ぎたときにかほるに「何処へ」と訊くと「浅草線蔵前駅から、そうね、歩いて五分位のカフェ。ランチしに、ある人と」と彼女は返事をする。ある人・・・。何故そこへ、ある人とかほるとのランチなのに、僕が付き合うことが「丁度良かった」ということになるのか分からなかった。そこで、もう一つ質問してみた。「ある人って誰。まさか俺の知ってる人なんてことないよな」するとかほるはまた道の途中で一旦止まり、ショルダーバックを前にしてその上に両手を重ね、極まり悪そうに僕を見て「初対面。実は私の叔父さんなの。母の弟よ。海人に是非叔父さんの話を訊いて欲しいの。海人にとって悪い話じゃないと私は思うんだけど、でも・・・もしかしたら、海人は怒るかもね」
怒る、というところが気になったが、まあいい。僕は今日、彼女に付き合うと言ってしまったのだから。しかしかほるの叔父さん、一体何の話があるのやら。
蔵前駅は総武線から地下鉄浅草線へ乗り換える、浅草橋駅のひとつ先にある。僕は蔵前のイメージを「下町情緒の溢れる」なんて勝手に思っていたものだから、地上に出て目前に広がっていたのが連綿と続くビル群だったのには、少々気分が萎えた。ただビル自体はそれ程高層のものはなく、一階は雑貨屋だとかコンビニ、飲み屋、玩具屋、文具屋などがテナントとして入っているところが多く見受けられた。恐らくビルが出来る前から営業している店もいくらかあるのではなかろうか。
目的の店は墨田川沿い、蔵橋へ向かう途中にあった。店の名前はリーヴァ。イタリアン・カフェということで、六階建てのビルの一二階を占めていて、店構えはイタリアンというには飾りがなく質素に感じたが、入ってみると意外にフロアは広く、二十程ある白色のテーブル、そこに設置された席は、ほぼ満杯だった。かほるが「二階の窓際の席だから」というので階段を上って顔を上げると暖色系の光でフロア内が満たされ、さりとて暑くも寒くもない、ゆったりとした空気が漂っていた。大きな丸テーブルが適度に並べられている。奥は縦に長く大きなガラス窓が続き、途中でガラス戸が開放されている。その先はテラスになっていて席が設けられていた。「行こ」かほるが窓際角の席の方に手を挙げた。こちらに向かって手を振っている丸眼鏡の中年男・・・。あれがかほるの叔父さんか、と思った。