編隊(君島大空 x 高井息吹)「都合」at 三鷹おんがくのじかん 10.Jul.2015
The Logical Song | Supertramp | Pomplamoose
湯川潮音(BAND SET)「ツバメの唄 - LIVE at 簗田寺 - 」
Sundown - One Morning In May • TopPop
(ちんちくりんNo,59)
初めまして、私は七瀬裕次郎という者です。ともかく吃驚したのは、彼が名刺を僕に差し出したことである。名刺なんて初めて貰ったし、明らかにずっと年下の僕に対して恭しく名刺を出してくるさまをみて、僕は身がすくむような気持ちで一杯になり、名刺を受け取る手も小刻みに震えてしまった。まだ、名刺を持つような身分ではありませんが、僕は神海人と申します。たったそれだけの言葉を返すのに舌がもつれそうになった。開襟シャツにノーネクタイ、タックが二つ入ったズボンに丸眼鏡。無精髭が目立つ顎。普通のサラリーマンじゃないよなあ、と思いながら名刺を見て、その肩書にまた吃驚した。
―株式会社龍生書房、代表取締役社長・・・って、どういうこと。
僕が余りにもじいっと見るものだからか、かほるの叔父さんである七瀬社長は優しく微笑みながら、まあ、ともかく座らないかと僕らを促した。七瀬社長が席に着いたのでかほるに押されて僕はテーブルを挟んで彼の向かいに座り、かほるは僕の隣に座った。衝立はないがボックス席のようになっているその席は、窓際のせいか光がより辺りを鮮明にしている。ただ、冷暖が上手く溶け合わず"だま"になったような、奇妙な空気を感じた。七瀬社長は「ここはアサリのパスタが美味いんだ、ランチはコーヒーとサラダ付き。僕はそれにするけど、君らはどうする」とメニューを渡してきた。かほるがメニューも見ずに「わたしもそれ」と言ったので、僕も「アサリが美味しそうですね」と七瀬社長に顔を向けて、メニューは脇に片した。冷水が運ばれて来て注文を終えた後、彼は少し踏み込んだ話をしてきた。
「かほるから電話をもらったよ。今日君が来てくれたのは本当に丁度よかった」
電話は御茶ノ水駅で、かほるがキヨスク横の公衆電話を使っていた。だが、ここでも「丁度よかった」とは、何処か"飛んで火にいる夏の虫"ということわざを連想させられ、余りいい気はしない。
「何か俺に話があると聞いているのですが」
こちらもそう踏み込んでみた。すると七瀬はかほるの方を見、目で合図をしてから咳払いをひとつして僕の方に向き直った。
「うちの会社のことは知ってるかな」
「ええ、ロックミュージックを中心とした雑誌を出してますよね。確かミニコミ誌から始めて今はメジャーとまでいかないまでも、評論集何かも出して全国展開を図っている・・・」
「そう、ミニコミ誌だったんだ、始まりは。もう十五年くらい前になるか、タブロイド紙に使う余り質がいいとは言えない紙を使ってね。・・・神保町の本屋に置いてもらっていた」
「その、伝統ある雑誌を出版している会社の社長さんが俺みたいな奴に、なんだか・・・」
「まあ、待て。急がなくてもいいよ、今から順序立てて話すから」
僕が拗ねたような口調で言ったためか、七瀬社長は僕の逸る心にブレーキをかけるように宥めた。
「そのときに誓っていたことがひとつあったんだよ」
何を勿体ぶってんだ、と思いながら、ふいにもしかしたらこれは僕にとって人生を左右するような話になるのではないかという予感が走った。
「・・・もし、十年過ぎて会社が軌道に乗ったら、次は文芸誌を作りたいってね」
「それが、どう俺と・・・」
おずおずと僕が訊ねると七瀬社長は一旦話を止め、胸ポケットからセブンスターの箱とライターを取り出して、箱から一本煙草を引き出して口に咥え、ライターで先端に火を点けた。旨そうに煙草の煙を吸い込み、しばらくして鼻から押し出された煙は幾つにも分れ、まるで何処に行くのか予想がつかない野球のナックルボールのような軌跡を描いて上空に昇っていった。
「いよいよ文芸編集部を立ち上げたいと思っている。君をそこの編集者として、また、出版する文芸誌の新人作家としてうちの会社に来てもらいたいと思っている」
突然の七瀬社長のこの申し出に僕は、躰の神経系統の全ての伝達物質の流れが停止したような気がした。嬉しくもない、悲しくもない、痛くもない、気持ちもよくない、怒りも欲望も一瞬にして無になった僕の脳。そこからまた徐々に流れが復旧し、一気に全ての感情が複雑に絡まり合い、それを解いていく過程で「疑問」になった。「ありがとうございます。ぜひに、と思っています。でも、でも、編集者はともかく何故作家として俺を迎えて入れていただけるのかその根拠が分からないです」
その僕の言葉にかほるが反応した。突然それまで閉じていた上下の唇を震わせ、口を開いた。
・・・ごめんなさい、海人。わたしが・・・。
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湯川潮音(BAND SET)「ツバメの唄 - LIVE at 簗田寺 - 」
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(ちんちくりんNo,59)
初めまして、私は七瀬裕次郎という者です。ともかく吃驚したのは、彼が名刺を僕に差し出したことである。名刺なんて初めて貰ったし、明らかにずっと年下の僕に対して恭しく名刺を出してくるさまをみて、僕は身がすくむような気持ちで一杯になり、名刺を受け取る手も小刻みに震えてしまった。まだ、名刺を持つような身分ではありませんが、僕は神海人と申します。たったそれだけの言葉を返すのに舌がもつれそうになった。開襟シャツにノーネクタイ、タックが二つ入ったズボンに丸眼鏡。無精髭が目立つ顎。普通のサラリーマンじゃないよなあ、と思いながら名刺を見て、その肩書にまた吃驚した。
―株式会社龍生書房、代表取締役社長・・・って、どういうこと。
僕が余りにもじいっと見るものだからか、かほるの叔父さんである七瀬社長は優しく微笑みながら、まあ、ともかく座らないかと僕らを促した。七瀬社長が席に着いたのでかほるに押されて僕はテーブルを挟んで彼の向かいに座り、かほるは僕の隣に座った。衝立はないがボックス席のようになっているその席は、窓際のせいか光がより辺りを鮮明にしている。ただ、冷暖が上手く溶け合わず"だま"になったような、奇妙な空気を感じた。七瀬社長は「ここはアサリのパスタが美味いんだ、ランチはコーヒーとサラダ付き。僕はそれにするけど、君らはどうする」とメニューを渡してきた。かほるがメニューも見ずに「わたしもそれ」と言ったので、僕も「アサリが美味しそうですね」と七瀬社長に顔を向けて、メニューは脇に片した。冷水が運ばれて来て注文を終えた後、彼は少し踏み込んだ話をしてきた。
「かほるから電話をもらったよ。今日君が来てくれたのは本当に丁度よかった」
電話は御茶ノ水駅で、かほるがキヨスク横の公衆電話を使っていた。だが、ここでも「丁度よかった」とは、何処か"飛んで火にいる夏の虫"ということわざを連想させられ、余りいい気はしない。
「何か俺に話があると聞いているのですが」
こちらもそう踏み込んでみた。すると七瀬はかほるの方を見、目で合図をしてから咳払いをひとつして僕の方に向き直った。
「うちの会社のことは知ってるかな」
「ええ、ロックミュージックを中心とした雑誌を出してますよね。確かミニコミ誌から始めて今はメジャーとまでいかないまでも、評論集何かも出して全国展開を図っている・・・」
「そう、ミニコミ誌だったんだ、始まりは。もう十五年くらい前になるか、タブロイド紙に使う余り質がいいとは言えない紙を使ってね。・・・神保町の本屋に置いてもらっていた」
「その、伝統ある雑誌を出版している会社の社長さんが俺みたいな奴に、なんだか・・・」
「まあ、待て。急がなくてもいいよ、今から順序立てて話すから」
僕が拗ねたような口調で言ったためか、七瀬社長は僕の逸る心にブレーキをかけるように宥めた。
「そのときに誓っていたことがひとつあったんだよ」
何を勿体ぶってんだ、と思いながら、ふいにもしかしたらこれは僕にとって人生を左右するような話になるのではないかという予感が走った。
「・・・もし、十年過ぎて会社が軌道に乗ったら、次は文芸誌を作りたいってね」
「それが、どう俺と・・・」
おずおずと僕が訊ねると七瀬社長は一旦話を止め、胸ポケットからセブンスターの箱とライターを取り出して、箱から一本煙草を引き出して口に咥え、ライターで先端に火を点けた。旨そうに煙草の煙を吸い込み、しばらくして鼻から押し出された煙は幾つにも分れ、まるで何処に行くのか予想がつかない野球のナックルボールのような軌跡を描いて上空に昇っていった。
「いよいよ文芸編集部を立ち上げたいと思っている。君をそこの編集者として、また、出版する文芸誌の新人作家としてうちの会社に来てもらいたいと思っている」
突然の七瀬社長のこの申し出に僕は、躰の神経系統の全ての伝達物質の流れが停止したような気がした。嬉しくもない、悲しくもない、痛くもない、気持ちもよくない、怒りも欲望も一瞬にして無になった僕の脳。そこからまた徐々に流れが復旧し、一気に全ての感情が複雑に絡まり合い、それを解いていく過程で「疑問」になった。「ありがとうございます。ぜひに、と思っています。でも、でも、編集者はともかく何故作家として俺を迎えて入れていただけるのかその根拠が分からないです」
その僕の言葉にかほるが反応した。突然それまで閉じていた上下の唇を震わせ、口を開いた。
・・・ごめんなさい、海人。わたしが・・・。