からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

Turtle Dove  Tia Blake

2022-01-03 | 小説
Turtle Dove  Tia Blake



The Songbards - 太陽の憂鬱 (Official Video)



In Between Blink of the Sun   Luca · Guará



Daddy's Car: a song composed with Artificial Intelligence - in the style of the Beatles👉AIが作ったビートルズ曲だそうです。結構聴ける。



The Veils - Pan // Live 2014 // A38 Vibes




(ちんちくりんNo,66)


 夕飯の声がかかったのは午後6時半だった。僕はかほるの後に付いて階段を下りて、キッチンと食堂を兼ねる場へ通された。奥にキッチン、手前にダイニングテーブル。入ってすぐお皿を並べているかほるの母親、ヒロコさん(かほるはそう呼んでいるようだ)と目が合ったので、すかさず腰を折り曲げて型通りの挨拶をした。古本屋のじいさんは長方形のテーブル、僕から見れば向かいの左の席に座っていた。そちらは見知った顔なので軽く「お招きありがとうございます」と言うに止めた。それにしても、この人が薫りいこか、と思ったらやはり緊張が先に来てしまった。それに対してヒロコさんはそれこそ満面の笑顔を浮かべながら「いいのよ、挨拶なんて。嬉しいのはこちら。来ていただいてありがとうございます」と白いエプロンの前に両手を並べて挨拶を返してくれた。つまりあの流行作家の薫りいこが、だ。薫りいこは、僕の描いていたイメージと全くと言っていいほど異なっていた。僕はあの文庫のカバーなんかによくある著者近影のように、眉間に皺を寄せたようなそういう仏頂面を想像していたのだが、予想に反して彼女は丸眼鏡に髪を束ねたちょっと上品だがそれ以外は、朗らかで優しそうな近所のおばちゃん、という風情の人に思えた。
 挨拶が終わったところで促されて、僕はじいさんと対角線上に、かほるは僕の左に座った。食事の支度を終えたヒロコさんは、僕の向かいだ。普段料理は私かおじいちゃんがするの、僕はそうかほるからそう事前情報を得ていたので、実は料理に関してあまり期待はしていなかった。しかし、テーブル上に並べられていた料理は美味で、エビチリにハンバーグ、ボウル一杯の野菜サラダに和風スープなど、どれをとってみても僕にとっては完璧な味だった。ご飯はガーリックライスだったけどその美味しさったらなかった。ヒロコさんは僕の食事の様子が面白かったらしく、「へえ、その年頃の男の子って結構たべるのねえ」とコロコロ笑った。
 途中でヒロコさんは、龍生書房の新しい文芸雑誌についての話をした。「私、あの文芸誌の為の小説今書いてるんだけど、君の小説も載るんでしょ?なら同業者ね。一緒に頑張って盛り上げていきましょう」と言われた日には僕は天にも昇る気持ちになった。一通り僕との会話が済んだ後、話は段々かほるのアメリカ行きの話に移った。ヒロコさんは何を持って行った方が良いだとか、向こうへ行ったら荷物は必ず体から離すなとか、かほるにアドバイスした。それから朝、叔父さんが車で空港へ送ってくれるという話になったとき、僕は何処か他人事のような空気を感じて「あれ?」と思った。

「お二人は空港へお見送りに行かないのですか」

 思わず口に出てしまった僕の言葉に「俺はいこ・・・」とじいさんが応えようとしたが、それを遮るようにヒロコさんの方が即答した。「行きません」
 え。いや、しかし、それならと思った僕は「じゃあ、家の前でお見送りするということで」と次のヒロコさんの返事で話が終わりになるように仕掛けたが、ヒロコさんは僕が期待していたのとはまるっきり逆の返事を用意していたのだった。

「全ては私の弟、かほるの叔父ね、―が送るということで話はついています。空港まで行ってくれれば後は飛行機に乗るだけ。向こうではかほるの父と姉が出迎えてくれるから心配はないわよ。だから私が見送る必要はないわよね」

 ヒロコさんはそのように朗らかで優しそうな表情で応えた。違う。そうじゃない、と僕は思った。かほるは遊びに行くわけではない。アメリカへは心臓の手術を受けるために行くのだ。もしかしたらヒロコさんだってもう二度と会えなくなる可能性だってある。それにかほるはそっと教えてくれた。手術が終わってもそのまま向こうに移住することになるだろうと。それなのに何故そのようなことをいうのだろうか。理解に苦しむ。かほるがこちらを心配そうに見ている。何かを伝えたいところを我慢しているような表情だ。僕は溜息をつきそうになったがそれは飲み込み、その気持ちは想像の世界に落とし込むだけに留めた。
 幾分か沈黙の時間があったが、「今日は海人さんが初めて我が家に来てくれた歓迎会みたいなものだから」というヒロコさんの一言でまた会話が始まり、食事が終わった後にもそれは弾んで、僕は楽しい夜を過ごした。でもこれだけは一点、決して僕の頭の中からは消えることはなかった。・・・最初で最後のかほるの家でのかほると過ごす時間。

コメント
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