からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

Angel (2012 Remaster) Everything But The Girl

2022-06-27 | 小説
Angel (2012 Remaster) Everything But The Girl



OMY 僕に胸キュソ Boku ni mune kyuso.



Hollyn - i wasn't enough for you (acoustic)



ザ・コレクターズ / 明るい未来を



Julian Lennon Performs 'IMAGINE' for Global Citizen's Stand Up For Ukraine w/Nuno Bettencourt



(ちんちくりんNo,84)



 そうなると、なおのこと一日の中での二人一緒の時間が少なくなっていくのだが、別に互いに嫌いになってそうなったわけではなし、かえって「楽」のように感じて「時間」や「空間」を自分の自由に使えることは僕にとっては喜ばしいことであった。しかし、物事には正の部分もあれば負の部分もあるわけで、年月を経るうちに僕は裕子が何を考えているのか僕に何をして欲しいのか分からなくなっていた。当然といえば当然の結果なのだが、それは僕にとって「不安」でしかなく、彼女のちょっとした言動に、僕は恐れ、不安になった。
 何故そうなったのか、理由は明白だった。2011年3月31日、裕子の祖父が亡くなった。そう、かほるの祖父でもある古書店の主人、あの″アルムのおんじ〝だ。
 その日の夜、僕ら家族はキッチンで夕食をとりながらテレビの画面を注視していた。画面には八戸や陸前高田等各地の家々が広範囲に津波にのみこまれていく様子が映し出されていた。屋上や屋根に上って助けを待つ人々、形を保ちながらも流され、徐々に崩されていく家屋、救援に向かう自衛隊のボート。一転画面が切り替わると、今度は個人の携帯で撮影されたとみられる、陸を越えて迫りくる波から高台へと必死に逃げていく老若男女の荒々しい映像が流れた。3月11日の大震災以来、それらの映像と福島第一原発の水蒸気爆発の瞬間の映像は連日テレビで流れない日はなかった。そういったテレビ映像に正直飽き飽きしながらも、どうしても目を離せずにいたのだった。
 ″アルムのおんじ″の訃報はそういった夕食の一コマの中で、突然の電話という手段によって裕子の神保町の実家からもたらされた。席を立って受話器を手にとり耳に当てた裕子は、母である薫りいこからの電話だとわかると、とたんに和らいだ表情になったが、その後、十数秒もしないうちに顔色が変わった。―悪いほうに。電話を終えた裕子はしばらくの間、ぼうっとしていた。僕はどうしたのだろうと彼女の方を見ていた。……が、彼女はやがて食卓テーブルの席に戻り、青ざめた顔をして、僕の目を見ながらこう口にしたのだった。「おじいちゃん、死んだんだって。何故……」
 彼女が疑問を呈したのも当然だった。″アルムのおんじ″はその頃にはもう百歳近くになっていたが、いたって健康で足腰もしっかりしていて、毎日早朝に近所の公園まで往復3kmの散歩をするほどで、3月11日の地震のあとに電話をして、「大丈夫だ」と元気な声を聴いたばかりだったから。「眠っているうちに心臓が止まったんだって」裕子は自身でそう付け加えても、なおその事実を認めたくなかったようだ。「何故?」ともう一度あとで呟いた。
 ″アルムのおんじ”の葬儀も終わり、四十九日を終えてから裕子の表情から明るさのようなものが戻って来た。僕は安堵し、それからはいつものようにまるでルーティンのような代り映えのしない毎日が続いた。僕は居間で寝起きし、朝七時には家を出て学校へ向かう。裕子は朝10時に家を出て新聞社へ。中学生になっていた薫子はバスケットボール部に入部したらしく、家に帰宅する時間が僕と同じくらいになることが多くなったが、それもまた続けばいつもの日常の中に組み入られるようになった。ただ、そういった「日常」がまた始まった中で、裕子がふと漏らした言葉が僕には気にかかっていた。四十九日が終わってから少し後だったと思う。よく晴れた日曜日で珍しく裕子も休日で、縁側に座って庭を眺めていた僕のところに裕子が緑茶を持ってやってきた。「はいお茶」裕子は緑茶を僕に手渡したあと、僕の隣に座した。

「ねえ」

「何」

「かほるがね、言うの」

「かほる?」

「そう。あなたはいつ私のことを書いてくれるの、って……」

「かほる?かほるはもういないだろ。書こうとは思っている。でも……。ああ、それは君の気持ちということかい?」

「違うわ。かほるが私に言ったの」

「言った?じゃあ、かほるは何処に?何処にもいないだろ」

 そう僕が反論すると、裕子は自分の右耳、すぐ上の側頭部を右人差し指でさして小首を傾げた。「此処よ」

 僕は裕子がおかしくなったと一気に血が引くような思いが込み上げてきたが、その僕の表情を見た彼女は急に可笑しそうに笑いだし、「よく考えておいてね」といってその場を去っていった。
 その後、彼女がおかしなことをいうことはなかったが、僕の中では彼女に対する不安感が頭をもたげるようになった。―よく考えておいてね、って何だ。ならいつまで経っても書かなかったら?その後の普段と変わらぬ生活の中で、見えない時限爆弾が仕掛けられたような気がした。
コメント
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