からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

青い空3

2016-08-26 | 小説
3.

 三人の奇妙な関係は高校卒業まで続いたが、そのあとすぐ破綻した。
 高校を卒業して、俊が都内の大学へ行き、光と達也が地元の大学に残ると程なく二人は恋人どうしになったのだ。
俊だけが東京に行き離れたことで、三人の微妙なバランスが崩れたからだろう、達也と光は急接近していき、光はいつも身近にいた達也を選んだ。それは、当然の流れであり、高校時代の想いに囚われていた俊は何時しか彼らから相当の距離を置き、大学時代は一年に一回会うかどうかの間柄になっていった。
 大学を卒業と同時に二人は結婚した。俊は地元の信用金庫に就職が決まり、仕事の忙しさを言い訳にして、二人とは疎遠になり、やがて連絡を絶った。

 それから二十年年近くの歳月が経ち、俊は光と再会することになる。それは、偶然がもたらした出来事だった。一ヶ月前、俊がその日休んだ担当者の代わりに、普段は行ったことのない取引先に融資の書類を届けに行った際に、その取引先で出会ったのだ。彼女はそこで事務の正社員として働いていた。
「光か?」俊がそう言うと、彼女は高校時代と変わらぬ笑顔で、「俊ちゃん?」と彼を懐かしそうに見つめた。
「昔より、痩せたかな?」
「うん、少しね。俊ちゃんこそ、かなり痩せたみたい」
「金融機関の業務はハードだからね。中年太りしている暇がないよ」
「結婚は?」
「残念ながら独り身さ」
「そうなんだ」
「達也は?元気なのか?」
 俊がそう聞くと、光は目を伏せ「元気なんだけどね」と言った。
 意味深な光のその言葉に俊は疑問を抱き、何かあったのか、と光を問い詰めた。
 光の話によると、達也はここ二年程定職に就いていないとのことだった。長年勤めた前の会社をリストラされ、それから二年、短期間働いては辞めるということの繰り返しで、出口の見えない悪循環に陥っていた。子供がいないのがせめてもの救いだと彼女は言い、不思議そうにしている俊をみると、二人なら私の給料だけでもなんとか生活できるからね、と付け加えた。
 そんな話を聞き、俊は自分の携帯番号をメモに書きなぐり、何かあったらと、光に手渡した。自分にできることなんかたかが知れていると俊は思ったが、そうせざるをえなかった。彼女の頬の辺りには、微かに殴られたような痕があり、もしかしたらDⅤを受けているのかもしれないと彼は思った。光は一瞬驚いた顔を俊に向けたが、微かに笑みを浮かべ、機会があったら、と事務服のボケットにそのメモを潜ませ、じゃあね、と仕事に戻っていった。
 俊は光のつれない返事に、そうさな、と思い、彼女が自分に電話をかけてくることはないだろうと思っていたので、それから一ヶ月ほど経った昨日の晩に、光が彼に連絡してきたときには大いに驚いた。 
 彼女は小さくか細い声で、助けてと言い、市の体育館の前にいるから来てくれないかと震えた声で俊に懇願した。何があったんだと思いながらも十五分で行くと俊は光に伝え、電話を切ると急いで車に乗り込み、市民体育館に向かって車を走らせた。道路は空いていて、十五分もしないうちに市民体育館に着いた。俊は駐車場に車を止め、車を降りた。光はどこだと思い、辺りを見回すと、体育館へと上る階段の中腹辺りに座っている女性を見つけ、光にちがいないと、彼女のもとへと駆け寄った。
 体育館脇には街灯があり、光の姿をぼんやりと照らしていた。彼女は顔を伏せ、小刻みに身体を震わせていた。俊は隣に座り、右手で彼女の肩に触れた。光は一瞬びっくりしたような顔を彼に向けたが、相手が俊だと分かると、ほっとしたような顔になった。
「何があったんだ?」
「・・・家にはいられなくなったの」
「達也にやられたのか?」
「うん」
「酷い顔だ」
 光の髪は達也に引きずられたあとなのか乱れ、目は赤く泣き腫らし、目の下には殴られた痕があった。
「まずいとこ見せちゃったかな」
「そうかもな」
「来てくれてありがとう」
「いいや、それは気にすることはない」
「お酒を飲むとね、人が変わったように暴れだすのよ」
「達也が?」
「そうなの。・・・で、今日は特に酷くてね、まるで殺されそうな勢いだったから、逃げ出して、だけどいくとこなくて、悪いと思ったけど、俊ちゃん呼んじゃったんだ」
 光は泣き笑いのような顔を俊にむけていた。
 彼はともかくこの場所から離れるのが先決だと考え、光の手を引き、車のある駐車場まで歩いていった。
「ねえ」
「何?」
「せっかく車できたんだしドライブでもしないか?」
別にドライブをすることが目的ではなかったが、その時光を落ち着かせるには出来るだけ遠くへ離れるべきだと思ったのだ。
光は虚ろな目で俊を見ると、「うん、そうだね」と微かに言った。
 それから二人は車に乗り込み、夜のドライブに出かけた。どこにも行くあてもないので、ともかく昭和インターから中央道に入って、東京方面に車を走らせた。
中央道は暗く、夜走っていると道が永遠に続いているような錯覚を起こし、しかも退屈だった。少しは会話も弾むかと思ったが、光は疲れている様子で、外の暗い景色をずっと眺めているだけだった。 
結局、二人は何も喋らず、夜通し中央道を走らせ、朝方また元の町に舞い戻り、どこか景色のいいところへ、という光の要望に俊がこたえるかたちでこのドラゴン・パークに行き着いたのだった。




The Beatles - Don't Let Me Down
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青い空2

2016-08-25 | 小説
  

2.

「でも、一度だけあったわね」
 俊が身体を起こし、背中の芝生を叩いていると、光が急に思い出したとでもいうように言った。
「何?」
「三人揃って学校を抜け出したこと」
「・・・ジョン・レノン?」
「そう。あの日の夜、ジョンが凶弾に倒れて亡くなったことを知ったのよ。最初は達也が、ラジオを聴いててそれを知ったの。私に電話を架けてきて(ジョンが殺されたぞ)ってね。そんなばかなって思っていたら、俊ちゃんも電話をくれて・・・、本当のことなんだってやっと理解できた。次の日はぼうっとして授業どころじゃなくて、何もかも世界は終わりだ、なんて思ったりして、三人して休み時間になって学校を抜け出したのよ」
「何処にも行くあてもなくて、電車に乗ったな」
「甲府から高尾までだったかしら」
「各駅停車でね、行って帰ってきてそれでお終い」
「その間三人とも何にも喋らなかったね」
「うん、とてもそんな気分になれなかった」
 あの年、十一月にジョン・レノンは五年ぶりのアルバム、「ダブル・ファンタジー」を発表していた。五年の間、ジョンは自ら音楽業界から身を引き、俊たちにその後の消息を伝えてはくれなかった。そこへ突然の新譜の登場だ。彼らは降って沸いたようなジョンの復活に喜び、アルバムを買い求め、毎日のようにレコードをターン・テーブルに載せ、聴いた感想を互いに述べ合っていた。俊たちは彼の創作能力に感動し、そして早くも彼の次回作がどのようなものになるのかを期待していた。その矢先、米国時間で十二月八日二十二時五十分に、ジョンは精神的に病んでいた一ファンによって凶弾に倒れ、あっけなく亡くなってしまったのだった。
「あれがきっかけになってバンド組んだのよね、私達」
「光&ファンタジー、なんて今考えると恥ずかしいネーミングだよな」
「あら、でも私のボーカルとギターのテクニックは中々のものだったでしょう?」
「俺たちの演奏に比べればましだったかも」
「ほら、みなさい」
 光は目をまるくして言った。
 光の目の下の青痣は痛々しく、見ていられなかった。俊は思わず目を伏せ、そしてそれに気づいたのか光は急に無口になり、二人はしばらくの間、正面に見える富士山を眺めた。
 公園が丘の上にあるせいか、富士山はお付の山々を従えて、でんと構えているように見えた。山頂には微かに雲がかかり、まるで一枚の絵画を見ているような気がした。
 辺りを見回すと、ベンチで居眠りをしていた中年のサラリーマンは何時の間にか姿を消し、代わりに乳母車を引いていた母親が、ベンチに座っていた。乳母車は母親の手前にある。母親は乳母車の中にいるのであろう赤子に向かって何やら話しかけている様子で、時々笑顔を見せていた。ウォーキングの年寄りは、疲れたのか芝生に座り込んで足を抱えている。カップルは何やら弁当を広げ、楽しそうに談笑している。
「飲み物買ってくるよ」
 俊は立ち上がり、右手の見晴台の入口にある自動販売機の方に向かっていった。自動販売機は三台設置されていて、飲料水も何種類もあって、どれを選択すればいいのか迷ったが、結局コーラのボタンを二回押した。
 俊はコーラの350ml缶を二本持ち帰り、一本を光に差し出した。光は、ありがとう、と小さく頷き、350ml缶を左目の下にあてた。
「まだ痛むのかい?」
 俊は、光の隣に座りながら、彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょっとね」
 光は言葉を返した。
「これからどうする?」
「・・・・うん」
「光は人妻だからな。ましてや俺といることが分かったら、達也はなにをするか分かったもんじゃない」
「・・・・うん」
「まったく、達也の奴」
 俊は苦々しく思った。


The Beatles "Help" Live 1965 (Reelin' In The Years Archives)

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青い空

2016-08-25 | 小説


青い空


                       からく


 青い空に白い太陽が張り付いているように見えた。太陽の日差しは強く、まるで全てを晒さなければ罪だと言わんばかりに、その光でこの世界を余すことなく照らしている。周辺を囲む青々と繁った木々は、穏やかな風に揺られて、時々ざわざわと微かな音をたてていた。辺り一面、緑に彩られた芝生の絨毯が土を覆っている。正面には雪のない富士山が低い山脈の間からこれでもかと自己を主張しているかのように、雄大にその姿を現していた。ふと見晴らし台の時計に目を遣ると午前十一時を僅かに過ぎていた。あれから十二時間か、俊はそう思った。
「静かだな」
 と彼は隣にいる光の方を見ずに話しかけた。
「そうね」 
 彼女の声は何かに疲れ、やっと開放されたときのような声だった。
 二人は、(ドラゴン・パーク)と呼ばれる大きな市民公園の芝生の上に腰を下ろしていた。公園内は平日の午前中ということもあって、人の姿もまばらだ。乳母車を引いている母親には目を引かれたが、あとは芝生に青いシートを敷き、腰を下ろしている学生らしきカップルと、公園の内周をウォーキングしている年寄り、ベンチで居眠りをしているサラリーマンらしき中年の男がいるくらいで、特に珍しくもない光景だった。
 公園は市街の小高い丘の上にあった。公園脇には広い駐車場が完備され、眺めはよいが、周辺には人家も少なく、遊具もないことから、近隣の住民がここを訪れることはまずなかった。つまりは、ここにいる人間達の殆どが車を使い、わざわざここまで来たことになる。平和な奴らだ、俊は呟き、しかし自らもその仲間の内の一人に数えられることに思い至り、自嘲した。まったく、なんだってここに来たのやら、俊は芝生の上に両腕を枕にして寝転んだ。
「芝生が背中に付くわよ」
 光が心配そうな顔を向けて、言った。
「大丈夫、大丈夫」
 なんとなく背中にちくちくするような軽い掻痒感を感じたが、構わなかった。
 光の顔を斜め下から見ると、左目の下に青い痣の痕が残っていた。達也の奴にやられた痕だ。俊は一瞥すると、頭の位置を変えて、空を見上げた。
「会社サボったな・・・」
「ごめんなさい」
「謝ることはない。ただ、ズル休みして、ここでこうして空を見上げてるとさ、何だか愉快な気がして、高校時代に授業をサボって屋上にいったときのことを思い出したりするんだ」
「キョーシローの歌にもあったね」
「そうそう、RCのトランジスタ・ラジオって曲。ラジオはないけどね、まさにあの世界だな」
「・・・高校時代、いつも三人だったね」
「ああ、三人だった。達也に光にそれに俺、いつも三人でつるんでた」
「でも、私と達也は授業サボった憶えはないわよ」
「俺は出来の悪い劣等生だったから。気分が乗らないと一人でもなんでも授業をサボって屋上で寝そべっていた」
「そうかな。私の記憶の中では、俊ちゃんがそんなに授業抜け出していたなんて憶えないんだけどな」
「分からないようにやったのさ」
 俊は言い、半分が嘘だということを誤魔化した。
「あの頃に戻りたいね」
 光はそう言い、遠くを見つめるような目をしていた。


 あの頃、俊が高校に入ってすぐの頃、初めて言葉を交わした女生徒が光だった。高校に入ったばかりの彼はまだまだ奥手で、女の子とろくに喋ることも出来なかった。女の子に面と向かって話しかけようとすると何故か頭が逆上せ上がり、顔がかあっと赤くなって、一言二言話しかけるだけでそこから逃げ出してしまうような有様だった。そんな俊に構わず、天真爛漫に話しかけてきたのが光だ。なにがきっかけだったのかは分からない。考えられるのは、テストで光が消しゴムを落としたのを見かねた俊が、自分の消しゴムを分けてあげたことだ。席が隣どうしだったし、見過ごすには可哀想かなとつい仏心をだしたのだ。彼女は少し驚いた顔を向けたのだが割られた一方の消しゴムを手にすると、「ありがとう」と小声で言った。
 そのときから俊ちゃん俊ちゃん、と彼女はことあるごとに俊に話しかけ、デートしない?と彼を街に誘うようになった。そんな光の馴れ馴れしさに彼はどぎまぎし、最初の内は無視を決め込んでいたのだが、真っ直ぐ彼を見つめる光の一途さに、いつのまにやら心惹かれていき、やがて彼は流れのままに彼女と付き合うようになった。付き合うといってもあの頃の俊のその想いは、恋心というよりは、親愛の情といったものに近かったのではないだろうか。また彼女は中性的な性格で、それは女の子が苦手で愛だの恋だのを語るのにも照れてしまう俊にも十分対応出来る部類だった。多分、光もそれを感じていたはずで、一年の間彼らは恋だとか愛だとかは一切語らず、まるで男同士の友情のような絆で結ばれていった。
 それが変化し、二人が三人になったのが高校二年の春だった。俊と光は揃って同じ国立文系のコースを選び、同じクラスに進級していた。修学旅行がいよいよ迫った時期、二日目の京都での自由行動の班づくりに際して、俊と光とあともう一人必要になった。三人以上で行動することが自由行動の条件だったのだ。そこで、初めて達也と言葉を交わすことになった。
 達也は寡黙な人間に見られていた。二年生になって以来クラスで彼と会話を交わした者は少なかった。たまに話しかけても、うん、だとか、そう、だとか言うだけで、彼との会話を続けることは、至難の業と思われていた。そのせいか、彼はクラスで少し浮いた存在になり、その時も、彼を班づくりに誘う者は誰もいなかったし、自分からも動こうともしなかった。一人ぽつんと席に座り、何を考えているか分からない顔をして、空の一点を凝視していた。
 そんな達也に声をかけようと提案したのは光だった。俊が難色を示していると、結構良い奴かもよ、と光は言い、俊の意見もなんのその、善は急げと彼のもとに向かい、彼の机の前に両手を置くと、達也君、一緒にまわろうと笑いながら小首を傾げたのだった。
 声をかけられ、最初は不思議そうな顔をしていた達也だったが、意外にも人懐っこそうな笑顔を見せ、「いいよ」と即答した。俊はその彼の笑顔を見て、(笑うんだな)と思い、まあ、いいかとひとりごちた。
 二人の班に加わった達也は、よく気が利いた。清水寺やら金閣寺やら定番のコースを計画していると、穴場のコースがあるんだと和菓子づくりを体験出来る店を紹介してみせたり、二人の場当たり的な構想に、そうではないと、手際よく整理してみせたりもした。それに、計画の合間にときどき脱線して、思いもかけない博識ぶりを披露したりもした。彼らは楽しく笑った。二人の前にいるときの達也は決して寡黙ではなく、むしろよく喋る男だった。
 あるとき俄かに能弁になった彼は、京都市内ではないが、亀岡市にジョン・レノンとオノ・ヨーコが泊まった宿があるんだと言い、聞いてもいないのに、ビートルズのどこが凄いのかということを熱く語り始めた。 俊も光もロックミュージックが大好きだったので、そんな彼の熱き想いにおおいに触発されてしまい、いつのまにか旅行の計画もそっちのけで、ビートルズ云々について三人で大激論になってしまった。
 激論の末決着がつかず、ふと、冷静になった俊が何故こういう風に皆と接しないのかと問うと、達也は「お前らは特別だからな」と楽しそうに笑った。
 それから俊と光は、そんな彼をどちらからともなく、仲間に加えることに決め、達也もまた極自然な形で二人の間にするりと入り込み、修学旅行が終わったあとも、三人で行動を共にすることが多くなった。男二人に女一人・・・、当時としては目を引く微妙な「友人関係」だったが、俊と達也は光を挟んで、丁度良い距離とバランスを保っていた。傍から見れば、一人の女を巡って二人の男が駆け引きをしているように見えたかもしれないし、実際そう陰口を叩く連中もいたが、彼らは何処吹く風でまったく気にしていなかった。彼らは三人でいることが楽しくて仕方がなかったし、まだ色恋を感じるほど大人には毒されていなかった。 
 あの頃彼らは、男女の枠を超えた真の友情というものを育もうとしていた。それは、今思うと幼く無謀な挑戦だっなと俊は今にして思うのだった。




【ノルウェイの森】ビートルズ  The Beatles - Norwegian Wood (This Bird Has Flown)
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熊男くん

2016-08-23 | 音楽


「綺麗だねえ・・」

「うん、綺麗だぁ」

由季が思わず玉虫の色鮮やかさに、目を丸くしていると続けて”熊男くん”も声にする。

玉虫は二匹、熊男くんの手のひらに乗せられている。

先ほど墓地の隣に植えられている松の木から落ちたのだろう亡骸を、熊男くんが見つけてきたのだ。

二匹は大きさが違うことから雄と雌のカップルだろうか?

「お墓の隣に埋めて、弔ってあげましょ」

由季が提案するまでもなく、熊男くんが先祖の墓の横に木の枝で穴を掘り始め、そこに二匹を埋めてあげた。

気の利く男だ。

私がそう思って見ていると、彼はこちらを振り向き満面の笑顔を浮かべた。

やっぱり熊のような容貌だ。私は由季の恋人がまるで”くまもん”のように思えて苦笑した。



由季は二番目の兄の長女である。

美しい顔立ちを持ち、明るく朗らかな性格で、親戚中みんなに好かれている。

我が家には二十歳になってから、毎年お盆の時期になると一人で兄の代理と称して墓参りにやってくるようになった。

私達には娘がいないので、特にカミさんは自分の娘のように彼女を歓待した。

二人して何を喋ることがあるのかというくらい話の花を咲かせ、一緒に料理をしたりする。

時には、自分の母親のようにカミさんを慕い、夕飯後に肩もみをしたりする。

それは毎年変わらないお盆の光景であり、私はそれを見るたびに由季が娘だったらなぁ、と思うのである。

その由季から電話があったのは二週間前。今年で八回目のお盆来訪を告げる電話である。

「叔父さん、今年は私と、・・・あともう一人そちらにおじゃましたいなと思うんだけど」

「もう一人?」

「うん、紹介したい人がいるの」

「・・・・もしかして恋人?」

「うん、恋人」

私はそれを聞いたとき、とうとう来るべき時が来たかと思った。

由季ももう27。それに、あの顔立ちだ。恋人がいないほうがおかしい。

「それじゃ、二人でいくから」

電話が終わり、カミさんにそのことを伝えると、大変だ大変だと二週間後にもかかわらず、部屋を掃除しはじめた。

私が今から慌ててどうすると言うと、「だって居ても立ってもいられないんだもの。まるで娘の結婚相手を紹介されるような気持ちよ」とのたまう。

私はどんな男が由季の心を射止めたのか興味深々だった。


そして、それから二週間後の今日、本日現れた由季の恋人は見事な”熊さん”だった。

上下黒のスーツに黒い顔、立派な体躯で腹が少々出ている。身長は恐らく190㎝はあろうかと思われた。

「鷲尾です」確かそう挨拶されたように思うが、私たちは揃って「熊男」だと密かに囁きあった。

熊男くんは、とりあえず休んでからという私たちの提案を断って、早速墓参りに行きましょうと言った。

私たちはともかく必要なものだけを取り揃えて、彼が運転する車に乗り、小高い山の上にある墓地まで来た。

墓地の周りは草がところどころ生えていた。思ったほどではないが、さりとてほうっておくのはちょっとというレベルである。

私が草を取り始めると、熊男くんも大きな体を丸めて草を取り始めた。

彼は一生懸命に草を取り除いている。

その様子を見て、私はちょっと彼に意地悪な質問をしてみようと考えた。

「・・・どちらが先に声を掛けたのかな」

「はい?」

「いやね、私が言うのもなんだが、由季はあのとおりきれいな顔立ちの娘だろ?多分誰もがほっとかないと思うんだ。何故君なのかって思うんだ」

「・・・・・・」

「気に障ったら謝る。ただ、不思議に思ったんだ」

「いや、いいんです。・・・そう思うのは当然でしょうから」

熊男くんはそう言うと、ニカッと歯を見せ笑顔をこちらに向けた。

「・・・由季さんとは、兄貴の子供を送り迎えに行くときに出会ったんです」

由季は保育園の保母さんをしていた。その意味では独身の男性と会うのは困難な職業である。

「・・それで、何度か兄貴の子供を送り向かいする内に、親しくなって・・・」

「君が誘った?」

「はい」

「ははは、やけにきっぱり言うね。じゃあ、君は由季のどこが気に入ったのかな?」

私は、きっと彼はありきたりな答えを出すだろうなと思っていた。どうせ明るく朗らかでだとかいうに違いない。

「・・・泣いてくれると思ったんです」

「えっ?」

「私が辛いとき、悲しいとき、でも泣いてはいけないとき、彼女はきっと私の代わりに泣くことのできる女性だと思ったんです」

意外な答えが返ってきた。

「自分勝手な理由ですかね。・・・でも、これが本音です」

熊男くんは、真っ赤になりながら俯き、また草取りにと勤しんだ。

私は由季が彼を選んだ理由がおぼろげながら分かったような気がした。

きっと由季は彼女の本質を見抜いた彼だからこそ、彼についていく決心をしたのだろう。

「ねえ、そろそろお花を飾って、手を合わせない?」

由季が怒った風にして私たちの前に立った。

いけね、聞こえたか。

私たちは立ちあがり、墓の前へと集合した。




「綺麗だったわよねぇ」

墓参りが終わり、熊男くんの運転する車の中で、彼らは先ほどの玉虫のことを話題にしていた。

カミさんは妙に無口でムスッとしている。

後席で一緒に座っている私は、そのカミさんの様子が気になり、どうしたんだいと聞いてみた。

「何でもないわよ」

カミさんはやはりムスッとして言う。

「何でもないことないんじゃない?」

私が尋ねると彼女は、顔を近づけてきて小声で言った。

「・・・・ねえ、熊男くん、どう思う?」

「どうってさっき話したけどなかなか良い青年じゃないか」

「良い青年ねえ。それは私もそう思うんだけど・・・」

「だけど?」

「・・・・ねえ、熊男くん幾つだと思う?」

「結構年上に見えるけど、30前後ってところだろう?老けて見えるけどね」

私はカミさんがどうして年齢に拘るのか分からなかった。

「・・・さっき由季ちゃんに聞いたんだけどね・・・」

「うん」

「・・・熊男くんまだ大学生なんだって」

「えっ」

「だから、まだ大学生。今年、20になるんですってよ」

カミさんの言っていることが私には理解できなかった。

彼が大学生?どう見ても由季よりも年上に見える。

あの黒い顔、体躯、それにあの考え方。

それが7つも年下だなんて・・・・。

私は慌てて、前につんのめり車を運転している熊男くんに聞いてみた。

「きみは幾つになるんだい?」

「ああ、言ってなかったでしたっけ。今年、20になりますよ、10月で」

私は目の前が暗くなるような思いがした。

ふと、由季の方を見ると口端を上げて笑っている。

叔父さん、父さんと母さんには反対されてるの。応援よろしくね。

ああ、そういうことなのね。

やれやれ、とんだ大役を仰せつかったもんだ。

私はこれからのことを思い、そして途方に暮れた。


年下の男の子☆



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"Celluloid Heroes" w/Lyrics- The Kinks

2016-08-15 | 音楽
"Celluloid Heroes" w/Lyrics- The Kinks


急にキンクスが聴きたくなって、youtubeで聴いています。

やはりキンクスは良いなあ。

コメント (2)
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