琴音 − 翼をください
【PV】Life is beautiful feat. キヨサク from MONGOL800, Salyu. SHOCK EYE from 湘南乃風
Chantal Kreviazuk - Leaving On A Jet Plane (Video)
R.E.M. - The One I Love (Official Music Video)
Like A Fable / Shintaro Sakamoto (Official Music Video)
(ちんちくりんNo,81)
それから半年を過ぎた頃には、その試みはある程度形になっていた。ワードの打ち込みに関しては、病気になる前と比すれば書く速度は半分以下だが、小説を創作するにはそれほどの負担にはならないと感じた。そもそもワープロさえ触ったことのない僕が、いきなりパソコンのワードをそれなりに使えるようになったことは、新鮮な驚きでもあった。これで何とかいける、と思ったものだ。ただし、問題がないわけではなくて、キーボードの左右に待機した手、その指が震えた。その震えは微かなものであったが、指をキーボードの文字キーに落とす際にどうしてもズレが生じ、打ち間違いが多々あった。僕はイライラしてその都度打ち直していたのだが、パソコンにも堪能な診療心理士は、「書けなかった頃に比べたら大した進歩よ。そんなのは後で直せばいいのよ」と僕を嗜めた。僕は診療心理士の指示通りに気にしないように努め、それよりもキーボードに打ち込む速度を上げることに専念することにした。
そのような状況下、娘の薫子が肺炎で入院したのだった。丁度その二か月程前から、裕子が結婚時に退職した龍生書房に、契約社員として再雇用され、将来の生活の見通しも明るいものに変わってきていたので、僕は〝娘の大病゛という人生の大事に大いにうろたえ、なのにあとになって、頭の中では青天の霹靂とはこういうことをいうのだろうか、と呑気な風に反芻していた。
一方で裕子の方は、夜中に薫子の異変に気付いた後、すぐさま救急に電話して救急車が来るまでの間に着替えを済ませ、事前に入院することが分かっていたがごとくテキパキと薫子の着替えやら保険証、財布やらをバックに詰め込んで、あとは呼吸さえ止めているのかと思う程静かに、寝ている薫子の枕元で正座して待機していた。彼女は救急救命士が到着するとすかさず家に招き入れ、薫子の状態を確認していた救命士の質問に落ち着いて答えた。二人の救命士が薫子を担架に乗せ、玄関から運び出すと彼女もすぐ後に付いていき、僕も続いたのだった。
裕子が「肺炎。このまま入院することになった」と電話してきたのは、夜明け間近の時刻だった。彼女が薫子の付き添いで救急車に乗り込み、僕が家で待機していたのだが、電話が来るまで生きた心地がしなかった。薫子が担ぎ込まれた病院は、墨田区外にある総合病院だったが、それでももっと早く何処の病院かくらいは電話をしてくれてもいいのに、と言いかけた。その後、僕も家の戸締りをしてから病院に向かった。病院に着くと裏にまわって救急入口を入り、脇にある夜間担当窓口で薫子のことを訊ねたあと、その先を行き、行き止まりの左を曲がったところにある診察処置室の前にたどり着いた。少し離れた待合椅子に裕子が座っていた。ふと目が合った。なんて疲れた目だ。ああ、言わなくて良かった。背中にある感覚を感じた。随分久しぶりの感覚。…〝かほる″か。でも僕は後ろを振り向かずに裕子に近づき、それから彼女の隣に寄り添った。
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(ちんちくりんNo,81)
それから半年を過ぎた頃には、その試みはある程度形になっていた。ワードの打ち込みに関しては、病気になる前と比すれば書く速度は半分以下だが、小説を創作するにはそれほどの負担にはならないと感じた。そもそもワープロさえ触ったことのない僕が、いきなりパソコンのワードをそれなりに使えるようになったことは、新鮮な驚きでもあった。これで何とかいける、と思ったものだ。ただし、問題がないわけではなくて、キーボードの左右に待機した手、その指が震えた。その震えは微かなものであったが、指をキーボードの文字キーに落とす際にどうしてもズレが生じ、打ち間違いが多々あった。僕はイライラしてその都度打ち直していたのだが、パソコンにも堪能な診療心理士は、「書けなかった頃に比べたら大した進歩よ。そんなのは後で直せばいいのよ」と僕を嗜めた。僕は診療心理士の指示通りに気にしないように努め、それよりもキーボードに打ち込む速度を上げることに専念することにした。
そのような状況下、娘の薫子が肺炎で入院したのだった。丁度その二か月程前から、裕子が結婚時に退職した龍生書房に、契約社員として再雇用され、将来の生活の見通しも明るいものに変わってきていたので、僕は〝娘の大病゛という人生の大事に大いにうろたえ、なのにあとになって、頭の中では青天の霹靂とはこういうことをいうのだろうか、と呑気な風に反芻していた。
一方で裕子の方は、夜中に薫子の異変に気付いた後、すぐさま救急に電話して救急車が来るまでの間に着替えを済ませ、事前に入院することが分かっていたがごとくテキパキと薫子の着替えやら保険証、財布やらをバックに詰め込んで、あとは呼吸さえ止めているのかと思う程静かに、寝ている薫子の枕元で正座して待機していた。彼女は救急救命士が到着するとすかさず家に招き入れ、薫子の状態を確認していた救命士の質問に落ち着いて答えた。二人の救命士が薫子を担架に乗せ、玄関から運び出すと彼女もすぐ後に付いていき、僕も続いたのだった。
裕子が「肺炎。このまま入院することになった」と電話してきたのは、夜明け間近の時刻だった。彼女が薫子の付き添いで救急車に乗り込み、僕が家で待機していたのだが、電話が来るまで生きた心地がしなかった。薫子が担ぎ込まれた病院は、墨田区外にある総合病院だったが、それでももっと早く何処の病院かくらいは電話をしてくれてもいいのに、と言いかけた。その後、僕も家の戸締りをしてから病院に向かった。病院に着くと裏にまわって救急入口を入り、脇にある夜間担当窓口で薫子のことを訊ねたあと、その先を行き、行き止まりの左を曲がったところにある診察処置室の前にたどり着いた。少し離れた待合椅子に裕子が座っていた。ふと目が合った。なんて疲れた目だ。ああ、言わなくて良かった。背中にある感覚を感じた。随分久しぶりの感覚。…〝かほる″か。でも僕は後ろを振り向かずに裕子に近づき、それから彼女の隣に寄り添った。