血の上の救世主教会として知られている聖堂です。1881年3月1日、皇帝アレクサンドル2世が暗殺され、新たに即位した息子アレクサンドル3世が父の死を悼んで其処に聖堂を建てた。お伽の国?を思わせる色とりどりの葱坊主ドーム、しかしロシア正教伝統の建築です。数々の聖堂にこの葱坊主ドームがそびえている。葱坊主はどの様な意味があるのか。ロシア人ガイドに聞いてみた。火焔、蝋燭の炎、天の神に通ずるものと言う人もいれば、雪が積もってもすぐに落ちるようになど良く解らなかった。
旧ソビエト政権下では弾圧を受け、この救世主教会はじゃが芋の倉庫として使われたそうですから、良くここまで修復できたと思う。
旧ソビエト政権下では弾圧を受け、この救世主教会はじゃが芋の倉庫として使われたそうですから、良くここまで修復できたと思う。