里山に抱かれた旧白洲邸。
白洲次郎・正子夫妻が鶴川の地に移り住んだのは、昭和18年だそうです。
昭和30年代、小学生だった私の担任はこの鶴川村の人で、
多摩川を超えて6つ目の駅の学校まで、1時間近く電車に揺られて通ってたんじゃないかしら。
春休みは「皆、お弁当を持って遊びにおいで」という先生のお誘いで
級友たちと、この里山を駆けまわって遊んだ事が思い出されます。
最後に先生のお宅へ行ったのは、先生の母上が小田急線の踏切事故で亡くなられた時。。。
クラス委員だった私は教頭先生に連れられて、
駅から続く坂道を、何故か不安な気持ちで登りました。
お葬式というものに、あの時初めて参列した。。。
先生の家も白洲邸のような茅葺屋根の農家。
縁側からそっと覗くと、暗い奥座敷で、
いつもは笑顔の先生がそっと涙を拭っていたっけ。。。
今回武相荘へ行くのに、駐車場を探しグーグルを辿ると、
「○○不動産」という看板が見えました。
先生と同じ苗字。多分ご一族。
(やっぱりあの辺りだったんだ。。。)
武相荘の展示室は写真禁止。
大きな壺の紅梅に迎えられ母屋を上がると、昔の土間はオシャレなサロン風に。
ソファー前のテーブルには、磨かれた銀器や洋食器が置かれています。
西隣は囲炉裏のある座敷、
正子さんのお眼鏡に適ったであろう漆器や陶器が並び、
隣の座敷には、染織工芸のお店を営んでいた正子さんの着物が飾られています☆
北側の座敷は棚が撓むほどの本、本、本・・・。
更に北側の小さな板の間が正子さんの書斎で、熊谷守一氏の版画が掛けられていました。
元の土間に戻るように東に進むと、昭和天皇の署名入りお写真やら、トイレットペーパー草稿の複写。
次郎氏愛用のタイプライターも。
心を奪われたのは正子さんの書かれた『家』への想い。
無駄のある家
鶴川の家を買ったのは、昭和十五年で、
移ったのは戦争がはじまってすぐのことであった。
(中略)
この辺に(少なくともその頃は)ざらにあった極くふつうの農家である。
手放すくらいだからひどく荒れており、
それから三十年かけて、少しずつ直し、今もまだ直しつづけている。
もともと住居はそういうものなので、
これでいい、と満足するときはない。
綿密な計画を立てて、設計してみた所で、
住んでみれば何かと不自由なことが出て来る。
さりとてあまり便利に、ぬけ目なく作りすぎても、
人間が建築に左右されることになり、
生まれつきだらしのない私は、そういう窮屈な生活が嫌いなのである。
俗にいわれるように、田の字に作ってある農家はその点都合がいい。
いくらでも自由がきくし、いじくり廻せる。
ひと口にいえば、自然の野山のように、無駄が多いのである。
(白洲正子『縁あって』)
「抜け目なく作りすぎる」
何度も何度も、この言葉を唱えていました。
(なんて新鮮な表現だろう・・・)
明日はまたどうなるかわからない。
そういうものが家であり、人間であり、人間の生活であるからだが・・(略)
文章はそう結ばれています☆
今日のワンコ↓
テキトーに作られた家の中で(--;)ヌクヌク中です。
※リンリンとサララは里親募集のサイトで出会った子です。
ペットブームの中で、可哀相な子が沢山います。
ペットを飼いたいと思ってる方に、
こんな選択肢もあることを知って頂きたいです。
↓犬猫の里親募集サイト
ペットショップに行く前に
※「ブログ村」の参加カテゴリーをシニアに替えました。
庭やワンコの話題は相変わらず?
宜しくお願いします。U^ェ^U ワン!
にほんブログ村
白洲次郎・正子夫妻が鶴川の地に移り住んだのは、昭和18年だそうです。
昭和30年代、小学生だった私の担任はこの鶴川村の人で、
多摩川を超えて6つ目の駅の学校まで、1時間近く電車に揺られて通ってたんじゃないかしら。
春休みは「皆、お弁当を持って遊びにおいで」という先生のお誘いで
級友たちと、この里山を駆けまわって遊んだ事が思い出されます。
最後に先生のお宅へ行ったのは、先生の母上が小田急線の踏切事故で亡くなられた時。。。
クラス委員だった私は教頭先生に連れられて、
駅から続く坂道を、何故か不安な気持ちで登りました。
お葬式というものに、あの時初めて参列した。。。
先生の家も白洲邸のような茅葺屋根の農家。
縁側からそっと覗くと、暗い奥座敷で、
いつもは笑顔の先生がそっと涙を拭っていたっけ。。。
今回武相荘へ行くのに、駐車場を探しグーグルを辿ると、
「○○不動産」という看板が見えました。
先生と同じ苗字。多分ご一族。
(やっぱりあの辺りだったんだ。。。)
武相荘の展示室は写真禁止。
大きな壺の紅梅に迎えられ母屋を上がると、昔の土間はオシャレなサロン風に。
ソファー前のテーブルには、磨かれた銀器や洋食器が置かれています。
西隣は囲炉裏のある座敷、
正子さんのお眼鏡に適ったであろう漆器や陶器が並び、
隣の座敷には、染織工芸のお店を営んでいた正子さんの着物が飾られています☆
北側の座敷は棚が撓むほどの本、本、本・・・。
更に北側の小さな板の間が正子さんの書斎で、熊谷守一氏の版画が掛けられていました。
元の土間に戻るように東に進むと、昭和天皇の署名入りお写真やら、トイレットペーパー草稿の複写。
次郎氏愛用のタイプライターも。
心を奪われたのは正子さんの書かれた『家』への想い。
無駄のある家
鶴川の家を買ったのは、昭和十五年で、
移ったのは戦争がはじまってすぐのことであった。
(中略)
この辺に(少なくともその頃は)ざらにあった極くふつうの農家である。
手放すくらいだからひどく荒れており、
それから三十年かけて、少しずつ直し、今もまだ直しつづけている。
もともと住居はそういうものなので、
これでいい、と満足するときはない。
綿密な計画を立てて、設計してみた所で、
住んでみれば何かと不自由なことが出て来る。
さりとてあまり便利に、ぬけ目なく作りすぎても、
人間が建築に左右されることになり、
生まれつきだらしのない私は、そういう窮屈な生活が嫌いなのである。
俗にいわれるように、田の字に作ってある農家はその点都合がいい。
いくらでも自由がきくし、いじくり廻せる。
ひと口にいえば、自然の野山のように、無駄が多いのである。
(白洲正子『縁あって』)
「抜け目なく作りすぎる」
何度も何度も、この言葉を唱えていました。
(なんて新鮮な表現だろう・・・)
明日はまたどうなるかわからない。
そういうものが家であり、人間であり、人間の生活であるからだが・・(略)
文章はそう結ばれています☆
今日のワンコ↓
テキトーに作られた家の中で(--;)ヌクヌク中です。
※リンリンとサララは里親募集のサイトで出会った子です。
ペットブームの中で、可哀相な子が沢山います。
ペットを飼いたいと思ってる方に、
こんな選択肢もあることを知って頂きたいです。
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