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平林たい子「自傳的交友録・實感的作家論」

1960年 文芸春秋社刊 図書館より

瀬戸内寂聴を通じて平林たい子の「林芙美子」を探すうちに、この本にぶつかった。昔「鬼子母神」「人生実験」など読んで、どこか私と似ているひとだと思った。というのは外見も文章も、女性の色香を感じさせないが、人一倍女性としての感受性を持っているからだ。この本では、さらに驚くべき読書量と、当たるを幸いズバズバ小気味良く裁断する筆致に惹かれた。

1905-1972
長野県諏訪市出身。諏訪高等女学校で国語教師だった土屋文明より間接的な影響を受ける。
アナーキズムから始まり、プロレタリア文学運動を経て、夫である文芸戦線の小堀甚ニと共に政治運動に関わっていく。戦前の警察で拘置されて病気になり、8年間闘病した。戦後、40代から溢れるように作品を発表した。彼女は私の父よりも1歳下、母よりも6歳上だが、全く違う日本を生きていたのだなあと思う。

「自傳的交友録」
下記(※)の10人を取り上げているが、時々なまの自分が顔を出すのが面白い。
一緒に仕事をした神近市子に対しては色々なトラブルを並べた上で、「神近さん、考えて下さい」で終わっている。波多野磯子が学者に似合わぬ実際的な能力を発揮し著者を助ける様は面白くて、笑ってしまった。大田洋子はただ原爆作家だとだけ知っていたが、美しい人で、台所でたい子をこき使った時代もあったとか。虫も殺さぬような楚楚とした真杉静枝の逞しさ。海外で大いに名士として振舞ったリ、後年は若さを保つために自分で腿にホルモン注射をしていた目撃談。「セメント樽の中の手紙」が有名なプロレタリア作家の葉山嘉樹の享楽的な真実の顔。林房雄の女性遍歴など・・・・・。しかし一番読み応えがあるのは里村欣三篇だ。この人物は今やすっかり埋もれてしまっている。2回も転向した無節操ぶりは頂けないし、偉いとも、感じがよいとも思わないが、歴史の荒波に翻弄されて一人で2つも3つもの人生を生きたこういう人物が日本にいたということは、知って損がないかも知れない。

(※)里村欣三 真杉静枝 林房雄 葉山嘉樹 前田河廣一郎 大田洋子 鈴木茂三郎 神近市子 伊藤好道 波多野磯子

「實感的作家論」
下記(↓)の9人を論じているが、女性が相手の時と、男性が相手の時で、ずいぶん違ってくる。
男性に対しては淡々と客観的に語る。特に三島由紀夫の章はその時点では非常に正確に観察していると思った。相手が女性だと、とかく感情的になり、正確さを欠くみたいだ。ただし、幸田文の「流れる」の論評は下記に引用したが良かった。宮本百合子については、しかし目がくらんでいるか曇っている。異常に持ち上げたり(婦人文学史上、紫式部につぐ大作家だ)つまらない箇所を捉えて云々したりしている。まあ本人も、最後に「何も言わなかったに等しい」と認めているが。
とくに最近読んだばかりなので気になったのは宇野千代の章。彼女がデザイナーとして成功していることに対して「文学で金儲けしたくない」と常々言う宇野が芸術で金儲けするのに疑念を呈している。文学がだめなら芸術もだめだろう。デザインだって芸術だろうという論法だ。しかし着物のデザインはもともと実用のもので、即芸術と言うわけではない。宇野千代が金儲けの方途を講じて何が悪い。夫に経済的に頼らないで一生を通した、彼女の生き方は見事ではないか。まあ、彼女が女としての外見や女性らしさで得をしていることに反感を覚えるというなら分る。それと、「おはん」を、内容ではなく表現で勝負しているというのは、違うと思う。内容もけっこう新しく面白いのでは?
「人形の家」のような女権小説は、1950年代にはもう古いというくだりもあるが、これはおそらく誰かの言い分を踏襲したので、両性の力関係という問題は21世紀の今でも続いている。まして60年前なら尚更だと思うが。「この問題はもう古い」という言い方には、注意すべきだと自戒をこめて思う。

  (↑)青野季吉 宮本百合子 宇野千代 中島健蔵 幸田文 
  三島由紀夫 高見順 石川達三 広津和郎

と言ったように、そこかしこで反論はあるものの、総合的にいうと、あの時代に親の反対を押し切って女学校に進み、権力に体ごと楯ついて生きて、読み、書いた平林たい子の作品と生き方は、他の女流に比べていま影が薄いと思うが、もっと認められて良いと感じる。のみならず彼女を読めば私たちの知らず、教わったこともない、昭和前半と、今は歴史の闇に消えていった当時の若々しい人々の群が甦ってくる。

関連書:
瀬戸内寂聴随筆選 2(大きな活字で読みやすい本) 伝記・反逆と情熱 リブリオ出版

筑摩書房現代日本文学全集39(1955年刊)
網野菊・佐多稲子・壺井榮・平林たい子選集[嘲る 施療室にて かういふ女 鬼子母神 私は生きる 人生実験 人の命 黒の時代]

(1月28日記)気に入った箇所を書いておこう。
★あの人はよい人間だと、誰にも愛される人間に、良い作家がゐないことは不思議なことである。現代の社会的制約の中で自己の才能をのばしてゆくことは、尋常一様の人間であっては出来ないといふことを、葉山氏の存在がをしへてゐるやうな気がする。(葉山嘉樹の思ひ出)
★「流れる」が二つも賞をとったわけがわからない。野上弥生子の「迷路」が無視されて(中略)文学に対する男の鑑賞と女の鑑賞とのちがひがあるらしい。(中略)男性批判家に評判のよい婦人作家の小説はつねに女らしい女の心情の前面に出た小説である。(中略)女が家庭で訓練されて微に入り細に入って意地悪い心情をもつやうになるのは女が家に引込んでゐる階層の情操の枯渇しはじめる中年である。この小説(「流れる」)には、その階層のそんな年齢の女のこまやかな心情が少しも損はれずに文学化されてゐる。(幸田文論)
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