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【映画】母(かあ)べえ

2007年 日本 132分 監督・脚本 山田洋次 出演 吉永小百合 浅野忠信 阪東三津五郎 原作 野上照代 鑑賞@松江SATY


「母べえ」というタイトルが変だと思うが、始まるとすぐに由来が分かる。

「母べえ」と言うタイトルは、お母さんをそんな風に呼んだ、極めて知的な家庭にある独特のユーモアが、作品全体にあふれた感じの映画になればいいなぁと。そのユーモアで、大声を上げて笑ったり、涙ぐんだりしながら、日本の大きな歴史的転換期についてふと思いを馳せることが出来る、そんな映画に出来るといいなぁと思っています」という山田監督のコメントですべてが語りつくされている。

原作者の野上照代さんは長いこと黒澤作品のスクリプターを勤めた女性。幼児期の思い出を綴った「父へのレクイエム」をもとに山田洋次が脚色しているが、この原作と脚本とに、成功の半分以上いや7割は帰することが出来る。あとは二人の子役と浅野忠信がよい。吉永小百合は好演しているが、別に彼女でなくても出来る役ではないかと思った。ここは山田洋次の彼女への思いいれが決めた配役だろう。

1940年2月未明、ドイツ文学者の野上滋が突然逮捕される所から始まる。8歳と12歳の少女二人を抱えた妻の生き抜く姿を、天真爛漫な次女の目から描いたもの。

この家庭では父の提案で、「父ベエ」「母ベエ」「初ベエ」「照ベエ」と呼び合っていた。つまり、男女とか親子とかの間に上下関係を作りたくないという意志が働いていたので、(それがいいか悪いかはべつとして)よく考えると、天皇を頂点とした天皇制の秩序(つまり家庭では男が頂点)とは対極にある精神状態であるとも思える。

原題は「父へのレクイエム」、少女期に別れた父への慕情が基調だが、脚本では母性讃歌のように置き換えられた。これは山田洋次の女性観に基づいたものか、「母」に弱い日本人に訴えたとも思われる。

私は「母」という字にアレルギーがあるので、このタイトルは好きでない。それに、山田洋次のファンでもないし、吉永小百合の信者(サユリスト)の気持なんて全く分からない。けれど、実に良くできた素晴しい映画であり、「ご覧なさい」と人に薦められる作品に久々に出会ったような気がする。特に「硫黄島からの手紙」に描かれた銃後の世界に違和感を覚えた人、そして庭先に鶏小屋のあるような、あの時代の住宅に郷愁を覚える世代の人には見て欲しいと思う。

「男はつらいよ」シリーズでは、寅さんが、必ず片思いのあげく失恋する。この映画でも、吉永小百合がマドンナ、浅野忠信が寅の立場にあるとも思える。ただし、寅は遠くの旅の空から絵葉書をよこすのに、そして又帰ってくるのに、現実はそうならない。現実は、静かに人が一人ひとり、消えていく。そのあっけなさが、ほんのりとしたさびしさとして心に沈む。なんともいえない味わいである。

追記(2月21日)
ベルリン映画祭での受賞ならずは当然の結果だろう。
何も世界に認められなくても、日本人に見てもらえればいいではないか。いや、山田洋次が一生で撮りたかった作品を仕上げたということ自体が、彼への褒美である。戦争中の日本女性の姿は色々描かれた。黒澤の「わが青春に悔いなし」木下恵介の「陸軍」「二十四の瞳」そのどれでもない、ただ出征する生徒や息子を思い嘆き哀しむだけの庶民でもない、知的であり、戦争に反対する夫を支え、でも原節子扮する良家の娘のように肩肘張ってはいない姿をスクリーンにとどめたことは大きい。山田洋次は庶民を描いた寅さんシリーズより、この方が体質にあっているような気がする。 
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
思ったよりよさそうですね。 (JT)
2008-02-03 17:49:57
「母べえ」、よかったみたいですね。
小学生程の子供の母親役に、どうして吉永さんがと思って、サユリストのための映画なんだろうなと勝手に思い込み、触手が伸びませんでした。
でも、辛い中にも、家庭の温かさを感じさせてくれるような作品のようですね。しかも、子供の視点から観た作品とのこと。
原作者の野上さんの話によると、原作は彼女のお父さんが治安維持法で検挙されたときの家族の話だとのことで…ちょっと、観てみたくなりました。はい。
 
 
 
Unknown (Bianca)
2008-02-04 11:14:16
JTさんお早うございます!
そうなんです、掘り出し物でした。「徹子の部屋」で野上照代さんを見て、見る気が固まったのです。でも、都会にいたら、後回しにしていたかもしれません。他に見るものがない文化的僻地にいるせいで見たようなもの。でも、山田洋次といい吉永小百合といい、これまでの仕事だけで判断してはいけないなと思いました。何といっても、一時は世界に誇る黄金時代を築いたわが国の映画界の末裔ですものね。でも吉永小百合はお母さん役より、女性アナーキストで、大逆事件で死刑になった菅野スガなどが似合いの役だと思いますが。ベルリンで主演男優賞にノミネートされ授賞を逸したた浅野忠信がこれまた大物のようです。
 
 
 
TBありがとうございました (ミチ)
2008-04-26 20:04:59
こんにちは♪
吉永小百合と子供たち、浅野さんとの実年齢差をあまりとやかく言うと、この映画の本質が見えなくなる気がします。
戦時中にあれほど高潔に生きた人たちもいたということが伝わってきました。
 
 
 
Unknown (Bianca)
2008-04-26 23:04:18
TB&コメント有難うございます。
そうですね、そういうことは私も全然気になりませんでした。あのやんちゃな次女が父亡き後も立派に育って、黒澤監督の元で長く働き、やがて書いたお父さんの思い出が、山田洋次監督を感動させ、この映画が作られるるに至った、この人生の過程を支えているのが、父母の築いた堅実な家族という背骨なんでしょうね。
 
 
 
初めましてm(__)m (ひきばっち)
2008-11-13 18:55:40
まさに、大声で叫ばなくても、戦場を描かなくても、ひしひしと伝わる反戦のメッセージ!!
山田洋次監督がこれほどメッセージ色を前面に出したのは初めてではないでしょうか・・。

浅野忠信も好演!役作りが上手いです!
ラストは涙を禁じ得ませんでした・・。

山田洋次監督作品で一番好きな映画になりました。
 
 
 
ひきばっち様 (Bianca)
2008-11-13 22:42:25
ようこそ当ブログにおいで下さいました。

浅野忠信についても、山田洋次監督についても
不思議にも、貴方とまったく同じ意見です。
見ないと、これほど良いとは想像つきませんね。
先入観抜きで、一度見てほしいです。
 
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