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〔本〕岸壁の母

著者:端野いせ
1976年 新人物往来社
(図書館より)

作者は明治32年(1899年)生まれで当時75歳。
女学校をようやく卒業しただけで、その後は生活苦のため教養を
積むひまがなかった。その素朴な語り口は時に浪曲調の感傷に陥る
が不思議に魅力がある。
ひとりも証人が登場しない、本人だけのとつとつとした述懐は、
日本文学の私小説の伝統を引き継いでいるようにも見える。

白けるようだが、客観的に見ると、20歳にならぬうちに志願して
満州に渡り、関東軍に入隊した息子は、母親から逃げ出した
ような感じを受ける。

これは昭和50年(1975年)に彼女が得た情報だが、あれほど
母が帰国を待ち焦がれていることを知りながら、息子は中国に
住み着いてしまったようだ。

また、もしほかの人であれば、別の選択をしただろう機会に、彼女は
何回も遭っている。しかし、そのたびに、彼女の持ち前の傾向
が、困難な途を選ばせた。

その傾向が養われた背景には、留守勝ちの父(外国航路の船員)
とそりの合わない継母に挟まれて育ち、しかも一人娘だった
という事情ー彼女は対人関係が苦手だったーがある。

同名の映画の原作「未帰還兵の母」(1974年)は、この本と殆んど
同じ内容だが、表紙が、しわを深く刻んだ彼女の顔の絵(ゴーリキー
の「母」のような)だったのが、こちらの本では波頭きらめく青い
日本海の写真に変わっている。より一般受けすることをねらったのか。
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