伊勢物語 第六十九段 狩の使
伊勢神宮に仕える斎宮と、
職務で都からやって来た貴公子の
禁断の恋、ただ一夜の逢瀬。
次の夜、また二人だけで逢おうとしても
もはや状況がそれを許さなかった。
伊勢物語・狩の使い
二人は歌のやり取りに
思いの丈のすべてを込める。
女「きみや来し われや行きけむ おぼおえず
夢が現か 寝てかさめてか」
昨夜はあなたがいらっしゃったのでしょうか、
私が訪ねたのでしょうか、夢うつつでした。
男「かきくらす 心の闇に まどひにき
夢うつつとは こよひ定めよ」
私の心も乱れて、
きのうのことは夢のようにしか思えません。
でも、夢なのか現実なのか、
今宵逢って確かめましょう。
だが男は
つきあいの酒宴につかまってしまい、
身動きが取れない。
明け方近く、さかづきを載せる皿に
女が密かに書いて届けた歌は、上の句のみで、
女「かちびとの 渡れど濡れぬ えにしあれば・・・」
浅いご縁なので・・・
男は傍にあった松明の消え残りの炭で
下の句を書いて返した。
男「また逢坂の 関は越えなむ」
また逢坂の関を越えて来ます、
逢いましょう
そのうちに夜が明け、
男は秘かに血の涙を流しながら
次の任地の尾張へと発っていった。
斎宮(さいぐう・いつきのみや)
伊勢神宮に仕えた未婚の内親王,皇女。
天皇の即位のはじめごとに一人選ばれる。