人村です!

舞台と結婚したと公言する「人村朱美」が綴る舞台生活 毎週火曜日更新・・・したいなぁ

『ザ・ダイバー』

2008年10月07日 | 舞台
 野田秀樹:作・演出『ザ・ダイバー』を観た。
 引き込まれた。

 K・ハンターら三人のイギリス俳優と野田秀樹の“4つの肉体”。そしてソファーと木の椅子二つとサイドテーブルだけの簡素な装置。それらがスライドする障子に囲まれている。
 小道具は様々な、布・扇・白い面(おもて)。布も折り皺(じわ)がついたままだったり 裂いたあとの糸屑がついたままだったり。手作り、間に合わせ感がそこはかと漂う。
 劇場も小さく、席数は200位。全体が、低予算のイギリス・フリンジ・シアターのテイスト(小劇場の味わい)だ。

 だが、修練を積んだ俳優たちの機敏なコンビネーションにより、アッという間に美しい小面の女が鬼神に変わったり、ただの紐がへその緒になったり、椅子がテレビ画面や臨月の女の腹に変わり、観客の想像力は、セットを遥かに超えた夢幻の時空へと飛翔してゆく。
 それこそが小劇場芝居の醍醐味であり、野田氏の狙い通りといえる。

 ただ一点 黒紋付きの地方(じかた)が二人、鳴り物で下手(げざ)に配されているのが目に付く豪華な点だ。
 作調(古典界での作曲の意)の田中氏(演奏も)は、終演後の楽屋でイギリス大使に、「イギリス公演では録音だったから本番には参加出来なかったが、ライブの東京公演では、俳優のアドリブ演技に合わせて音を出せるのが楽しい」と流暢な英語で語っていらした。

 古典世界の許容量の広さを垣間見た舞台。改めて、古典界には人材が多いと知った。そういえば、この舞台のプロデューサーは狂言の野村萬斎氏であったと納得。

 『源氏物語』と能の『海人(あま)』を土台に、多重人格と思わせる女の犯罪が暴かれる。果たして女の責任能力はあったのか否か。
 検察・警察と精神科医の攻防の果てに 女の原罪意識が海の底から姿を現す…。

 女の意識下につきまとう子殺しのトラウマ・・・野田氏の台本は、『源氏物語』の男女と現代の男女とを激しく交錯(こうさく)させながら、女を踏みにじる(甘える)男と、男を許し(甘やかし)子供と自分を一緒くたに犠牲にしてしまう女の性(さが)を描き出す。

 哀しく美しいエンディングで野田氏演じる精神科医は、うっすらと温かな笑みを浮かべた。その笑みが、謎のように、観客の私に残された。

 終演後、楽屋に 野田さんとキャサリンを訪ねた。
 ファンが詰め掛けているかと思いきや、イギリス大使ご夫妻ともうお一人のみ。
 振り返った野田さんがすぐに私を認知してくれてホッ。何度か一緒に仕事したとはいえ、彼にとって私はバックステージ(裏方)の人間。顔を覚えて下さっているか、やや心配だったのだ。

 野田さんは「今回もイヤホンガイドをお願いしたかったんだけど・・・」と気を遣って下さったが、観客としては、今回のような簡潔な字幕スーパーの方が、俳優の声がよく聞けるので有り難い。

 池袋のデパートで探し当てた和風の髪止めとスライド式の小さな手鏡を、キャサリンに渡した。
 10年前、彼女主演の『リア王』が来日した時、私はイヤホンガイドとして、衝撃的な女性のリア王と出会ったのだった。もちろん彼女は私を覚えていないので、へたな英語で自己紹介し、箱の中に名刺も忍ばせておいた。

 彼女はプレゼントを目の前で開けるとすぐ手にとって、とても喜んでくれた。野田さんまでが「へー、こんなのがあるんだ」と覗き込んだ。時間をかけて探した甲斐があった。

 キャサリンの、140センチくらいの、痩せた小さな体を抱きしめた時、舞台の疲労感と、えもいわれぬ優しさが伝わった。魂を直に抱いているようで、壊れるんじゃないかと少し怖かった。
 事実、過去の大きな事故の後遺症で満身創痍の彼女は、毎回壊れそうな勢いで、全身全霊でステージに立っている。

 出来れば野田さんも抱きしめたかったが・・・それは遠慮した。無念、残念!

 明くる日は、不思議人Mr.時広が衣装を手がけた舞台『東風―もう一つのシルクロード』を観た。
  
                 続きはまた明日。
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