お日様の顔を見ることができず寒い一日となりました。
そんな中、定例の演劇鑑賞会に出かけました。
今回は文学座の「女の一生」

明治末期から昭和の終戦の頃までを生きた女性の生き様を描いた作品です。
母親は亡く、父親も戦争で亡くした不遇な<けい>が、不思議な縁で裕福な貿易商の家に引き取られる。
その性格や資質をみこまれ長男の嫁になり、夫にかわって家業の中心として働くようになる。
<けい>が家業に没頭すればするほど夫や一人娘との距離が開き、孤独になっていく。
と、こんな内容です。詳しくは↑
「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出したみちですもの」という、<けい>の台詞がいちばんのウリになっています。
いい言葉ですね。舞台に引き込まれて2時間45分が経ちました。
終演後、友人たちと会食をする予定でしたが、雪がちらついてきたので予定を取りやめて帰ることにしました。
楽しみだったのに残念です。
「ほんならね」帰り際に言われた言葉。この地方の方言です。
「じゃあね」「そしたらね」ってこと。後に続く「またね」「さようなら」を含んでいるんです。
文学座の役者さん達の透き通る声で美しい日本語を聞いた後のこと。
妙齢なる女性達が「ほんならね」「ほなね」と掛け合う地言葉は、降ってくる雪を溶かすような暖かさを感じる別の日本語でありました。
そんな中、定例の演劇鑑賞会に出かけました。
今回は文学座の「女の一生」

明治末期から昭和の終戦の頃までを生きた女性の生き様を描いた作品です。
母親は亡く、父親も戦争で亡くした不遇な<けい>が、不思議な縁で裕福な貿易商の家に引き取られる。
その性格や資質をみこまれ長男の嫁になり、夫にかわって家業の中心として働くようになる。
<けい>が家業に没頭すればするほど夫や一人娘との距離が開き、孤独になっていく。
と、こんな内容です。詳しくは↑
「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出したみちですもの」という、<けい>の台詞がいちばんのウリになっています。
いい言葉ですね。舞台に引き込まれて2時間45分が経ちました。
終演後、友人たちと会食をする予定でしたが、雪がちらついてきたので予定を取りやめて帰ることにしました。
楽しみだったのに残念です。
「ほんならね」帰り際に言われた言葉。この地方の方言です。
「じゃあね」「そしたらね」ってこと。後に続く「またね」「さようなら」を含んでいるんです。
文学座の役者さん達の透き通る声で美しい日本語を聞いた後のこと。
妙齢なる女性達が「ほんならね」「ほなね」と掛け合う地言葉は、降ってくる雪を溶かすような暖かさを感じる別の日本語でありました。