柔らかく差す夕日。長い坂を上っていく。
15時少し前に駅について、穴子寿司や海鮮太巻き、フルーツゼリーにポカリスウェットを買い込む。バス停の冷たいベンチでしばし待つ。
駅から伸びる歩道の下にあるロータリー。覗く空を見上げていると、鳩が一羽また一羽と滑空していく。
15時15分には病院の受付で入館カードをもらう。
病室には新しく入院した人か、しつこくずっと誰かを呼びつけている声。
姑 とこ が入院して1年8か月、平成から令和になった。
とこは今日点滴をしていなかったが、とても眠そう。
小さくなった目が同室者の声の方をみている。
「何もしなくていいから」
と小声で言った。
久しぶりの訪問を詫びた。
●●はどうしたの、と自分の息子のことを尋ねてきた。夫は一昨日訪問したが、寝ていて起きそうになかったから、持参したプリンを食べて帰路に着いたと、若干疲れた様子だった。とこにしてみれば、息子が随分と来ていないと思っているのかも。
本当は二人で来ればいいのだろうけれど、夫はここに来るとだいぶん消耗するので、ここのところ、別々に訪問となってしまっている。
同室者の大きな呼びつける声はずっと続いていた。
タツキさーん、タツキさん、お願い、タツキさんタツキさん、タツキさーん、ヤナギサワさん、ヤナギサワさん、シロヤナギさん、シロヤナギさーん、とだんだん呼ぶ名が変化していく。
パイプ椅子を持ってきてくれた看護師さんが、「どうしたのー?」と声をかけると、「よく見て、そこに赤ちゃんが落ちてるから」という。「大丈夫だよう、何にもいないからぁ。ねぇ、名前もう忘れちゃったの?」と明るく答える。
「そう?良かったー、私見間違えたのか」
…小説みたいだ。声の女性は身動きしていない様子だったが、何かが見えるのだろう。看護師さんが去ると、「おかあさん、ごめんね、でも何かあったら絶対私、守るから」と繰り返した。向かいのベッドの人がかすれた声で精いっぱいこれに応える。「良かったねぇ、大丈夫だったんだねぇ…有り難いねー」。二人は時折会話が成立している。が、しばらくするとまた呼びつける声が繰り返される。
私はパイプ椅子をセットして、周囲のカーテンを引き、首も上げられないとこのベッドを起こした。買ってきたものをビニール袋に入れたままベッドの端に置くと、手を伸ばしてカサカサと袋を手繰り寄せている。
いつもなら病院で出されたもの以外食べちゃいけないの、監視されているのよ、と言って慌てた様子で隠してくれ、仕舞ってくれと言われるのだが、今日は「そこに入れておいて」と棚へ目をやる。ただ「貴女が食べてね」と元気ない様子にも思える。
ポカリスウェットを2度に分けて、ほんの数センチ、ストローから飲んでくれた。
いつものとおり、孫の●●はどうしてるの、とか、貴女仕事どうなの、と気遣う。
あとは「帰りのバスあるの」、「暗くなる前に帰った方がいい」という。
「ここは夕食の後も何もやることはないの」とも。
いずれも私に迷惑をかけまいとし、また来てくれたのだからもてなさなければとの気遣いからの言葉と思う。
結局は「ねてもいい? 貴女がいると気になって眠れない」と目をつぶっていたい様子だった。ごめんね、もうちょっとしたら帰るよ。
夫の虚しく思う気持ちもわかる。
私は嫁という立場なので、むしろ、面倒かけさせまい、とする姑の意気が感じられるというか、ちょっとやそっとで引けないのだ。夫は母親の突き放す言葉にショックを受けるのだろうけれど。
気の利かぬ、使えぬ嫁だろうに、こうして入院した今も気遣いして。
16時半になって病室をでる。
外はもう薄暗く、長い坂を下って16時50分ごろのバスに乗るため、せっせと歩く。
坂を下り切ったところに、見事な菊が2~3鉢飾られていた。庄屋を再現した地域交流館の木造の立派な門のところである。
秋の花だものな。
穴子は一人で遅いお昼としてバスの中で食べた。
17時15分には駅に着き、電車に乗る。太巻きは家へのお土産になった。
15時少し前に駅について、穴子寿司や海鮮太巻き、フルーツゼリーにポカリスウェットを買い込む。バス停の冷たいベンチでしばし待つ。
駅から伸びる歩道の下にあるロータリー。覗く空を見上げていると、鳩が一羽また一羽と滑空していく。
15時15分には病院の受付で入館カードをもらう。
病室には新しく入院した人か、しつこくずっと誰かを呼びつけている声。
姑 とこ が入院して1年8か月、平成から令和になった。
とこは今日点滴をしていなかったが、とても眠そう。
小さくなった目が同室者の声の方をみている。
「何もしなくていいから」
と小声で言った。
久しぶりの訪問を詫びた。
●●はどうしたの、と自分の息子のことを尋ねてきた。夫は一昨日訪問したが、寝ていて起きそうになかったから、持参したプリンを食べて帰路に着いたと、若干疲れた様子だった。とこにしてみれば、息子が随分と来ていないと思っているのかも。
本当は二人で来ればいいのだろうけれど、夫はここに来るとだいぶん消耗するので、ここのところ、別々に訪問となってしまっている。
同室者の大きな呼びつける声はずっと続いていた。
タツキさーん、タツキさん、お願い、タツキさんタツキさん、タツキさーん、ヤナギサワさん、ヤナギサワさん、シロヤナギさん、シロヤナギさーん、とだんだん呼ぶ名が変化していく。
パイプ椅子を持ってきてくれた看護師さんが、「どうしたのー?」と声をかけると、「よく見て、そこに赤ちゃんが落ちてるから」という。「大丈夫だよう、何にもいないからぁ。ねぇ、名前もう忘れちゃったの?」と明るく答える。
「そう?良かったー、私見間違えたのか」
…小説みたいだ。声の女性は身動きしていない様子だったが、何かが見えるのだろう。看護師さんが去ると、「おかあさん、ごめんね、でも何かあったら絶対私、守るから」と繰り返した。向かいのベッドの人がかすれた声で精いっぱいこれに応える。「良かったねぇ、大丈夫だったんだねぇ…有り難いねー」。二人は時折会話が成立している。が、しばらくするとまた呼びつける声が繰り返される。
私はパイプ椅子をセットして、周囲のカーテンを引き、首も上げられないとこのベッドを起こした。買ってきたものをビニール袋に入れたままベッドの端に置くと、手を伸ばしてカサカサと袋を手繰り寄せている。
いつもなら病院で出されたもの以外食べちゃいけないの、監視されているのよ、と言って慌てた様子で隠してくれ、仕舞ってくれと言われるのだが、今日は「そこに入れておいて」と棚へ目をやる。ただ「貴女が食べてね」と元気ない様子にも思える。
ポカリスウェットを2度に分けて、ほんの数センチ、ストローから飲んでくれた。
いつものとおり、孫の●●はどうしてるの、とか、貴女仕事どうなの、と気遣う。
あとは「帰りのバスあるの」、「暗くなる前に帰った方がいい」という。
「ここは夕食の後も何もやることはないの」とも。
いずれも私に迷惑をかけまいとし、また来てくれたのだからもてなさなければとの気遣いからの言葉と思う。
結局は「ねてもいい? 貴女がいると気になって眠れない」と目をつぶっていたい様子だった。ごめんね、もうちょっとしたら帰るよ。
夫の虚しく思う気持ちもわかる。
私は嫁という立場なので、むしろ、面倒かけさせまい、とする姑の意気が感じられるというか、ちょっとやそっとで引けないのだ。夫は母親の突き放す言葉にショックを受けるのだろうけれど。
気の利かぬ、使えぬ嫁だろうに、こうして入院した今も気遣いして。
16時半になって病室をでる。
外はもう薄暗く、長い坂を下って16時50分ごろのバスに乗るため、せっせと歩く。
坂を下り切ったところに、見事な菊が2~3鉢飾られていた。庄屋を再現した地域交流館の木造の立派な門のところである。
秋の花だものな。
穴子は一人で遅いお昼としてバスの中で食べた。
17時15分には駅に着き、電車に乗る。太巻きは家へのお土産になった。
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