先日の12月1日の日経朝刊文化面
「母の最終講義が始まった」というタイトルで
宰相葉月さんのコラムは少し胸にきた。
「母の最終講義が始まった」というタイトルで
宰相葉月さんのコラムは少し胸にきた。
夫は、私の勧めに従ってそれを読み、宰相さんが夫と同様「成年後見人」を引き受けて、ご実家の売却のため、荷物を片付けたり、様々な手続きを執ったりされ、なおこれからお母さまの最後の看取りをされる覚悟でおられることを、彼なりに受けとめたようだった。
私は私で想いを致すところがある。
1998年12月、私は姑 とこ に付き添ってもらい、こっそりと帰省した。
実家の母たちには連絡はしなかった。祖母に会うためだった。
実家の母たちには連絡はしなかった。祖母に会うためだった。
新幹線はまだ盛岡までしか通っておらず、盛岡で小走りに移動するぐらいでないと
在来線特急電車への乗り継ぎができなかった。
とこ はこういう時、本当にしっかりとしていて頼りになる人だった。
旅慣れているのだ。
旅慣れているのだ。
とこは私の話を聞いてくれて、祖母が私たちの支えだったことをよく理解してくれた。私の祖母は、当時の言い方では
「ボケがすすんで老人ホームに入れられた」状態、だった。
会っても仕方ないかもしれない状況ではある。
その年の秋も深まったころ、連絡があり「おばあさん、もう長くないかもね」と実家の母が言た。「あっけらかんと言うなぁ」という想いが拭えず、もやもやとしていた。
私は当時妊娠中で、そんな状態ながら祖母になにかしてあげたかったにすぎない、実に子供っぽい動機での行動ではあった。
結局は後妻である実家の母に、してもらうしか自分には力がないと情けなく、悔しく思っていた。
私は当時妊娠中で、そんな状態ながら祖母になにかしてあげたかったにすぎない、実に子供っぽい動機での行動ではあった。
結局は後妻である実家の母に、してもらうしか自分には力がないと情けなく、悔しく思っていた。
とこ は私の大きく突き出た腹とその中の生まれ来る初めての孫を心配して付き添ってくれていた。
思えば、彼女こそ、夫の母は亡くなって介護の経験はないけれども、先妻との娘が二人いる家に後妻に来た立場であった。
思えば、彼女こそ、夫の母は亡くなって介護の経験はないけれども、先妻との娘が二人いる家に後妻に来た立場であった。
私は実家で、血が繋がらない母ながら、欠点がないわけではないが、確かによく世話してもらったと思っている。姑とこも、二人の娘たちには尽くしたのにと云う想いを抱えていた。遺産相続の時に、住んでいる家の土地を売却したら受け取れたはずの額はもっと相当のものになるはずだと先妻の娘たちが主張したのだ。
私も姑とこも、複雑な気持ちが、今もかすかに残っているのだ。
姑とこも、私の実家の母については「ごめんなさいね、正直会いたくないわ」と言われた。本当はきちんとご挨拶をするものだと分かっているけれども、と。
私も実家の母がなにか気分を悪くするような暴言を吐くのではないかと心配なので会わせたくもなかった。
ただ祖母が逝ってしまう前に、会いたかったのだ。
私たちの生母だけでなく、後妻の母や、父とも私たちを繋ぐ存在だった祖母に。
入院しているという祖母へ会うために、老人ホームに隣接する病院へ、私たち二人はタクシーで乗りつけた。
私の記憶と比べて一回り以上小さくなっていた祖母は、清潔なベッドへ寝かされていて、一心不乱というようなリズムで口を動かし続けていた。終わりへのカウントダウンのような。
とこがそれを撥ね退けるように精いっぱい、声を掛けてくれた。
その声に応じて目を開けた祖母は、私の顔を見て、
その目に「ああ、」という表情を浮かべた。
もう私の名前は分かっていないだろう。
それでも、私は十分だった。私の幼少期の長い時間よりも、この一瞬のほうが重かったと私は思う。
その声に応じて目を開けた祖母は、私の顔を見て、
その目に「ああ、」という表情を浮かべた。
もう私の名前は分かっていないだろう。
それでも、私は十分だった。私の幼少期の長い時間よりも、この一瞬のほうが重かったと私は思う。
姑とこはあの時、私の祖母を見てどう思っただろう。
20年後の、自分の姿と重なるとは、まさか思うまい。
私の父も、自分の母との対峙は辛いものだったようだ。
老人ホームに入所した祖母に会うと、父が来た時だけ「家さ帰る」と大騒ぎとなるので、父はいたたまれなくなってしまうようだった。
夫も、とこの唯一の息子として今や同じ「いたたまれなさ」を感じているのだ。冒頭の、宰相さんの文章がささやかな緩解をもたらしたかもしれなくても。
この「いたたまれなさ」は、「ごめんなさい」でしかないのだろうか。
「ありがとう」にはならないのだろうか。
私たちの息子も、いずれそう思うのかもしれない。
そうならないようにしたいものだ。
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