真の動物福祉牧場を目指して

小乗仏教と気功について

前回、小乗仏教と大乗仏教を統合する目的で一乗の仏教が生まれた事を書きました。(時代背景などは「反逆の宗教」に譲ります)
今回は当時(1948)まだ生きていた中国の仏教について述べたいと思います。

五台山には300もの寺院が林立していたといいますが、それ程中国で仏教は多様な発展と分裂を遂げて、それが日本に伝えられました。
しかし幾らなんでもこれは分裂しすぎで、大乗仏教はドイツの観念哲学みたいに専門用語をやたらと多く作って、現実離れした空論に陥ってる観があるのでここでは無視します。

やはり仏教はブッタの教えであり、ブッタは観念論よりも実践を重んじたので、小乗仏教(原始仏教)の方が正当派だと言えます。
小乗仏教も日本に部分的には伝えられ、それが禅宗になっておりますが、些か狭い範囲に閉じこもってしまってる観があります。
東南アジアで主流の小乗仏教はもっと広い教えで、それはインドのヨーガの伝統(ブッタもこれを修行した)を引き継いでおります。

上記のコラムでは主に、プラーナ(気)を取り込む事に焦点が当てられてますが、それが仏教の知足の根本であり、現代でもブレサリアン(超小食主義者)らによって実践されております。

一乗の教えではこうしたブッタのヨーガにキチンと敬意を払い、その上で観念的な大乗を一つのマントラ(南無妙法蓮華経)に纏めました。
これはブッタが末法の衆生の為に用意したマントラとされ、彼は自分の死後二千年が経ったら、「私の教えはこの一つのマントラに要約されるだろう」と預言したとされてます。

この預言を信じて中国(満洲)で布教を始めたのが日本山妙法寺で、もちろん日蓮宗もこの理念で一乗を広めようとしますが、この宗門は既に古い因縁から分裂していて純粋な活動力を失っていました。

行善が行雄師から伝えられたのはこうした一乗の教えですが、この少年は中国人なので自然に中国仏教にも親しみます。
ここでは特に小乗的な宗派で、気功を発展させた少林寺をフィーチャーしようかと思いますが、彼の場合は武術に応用される内気功ではなく、ヒーラー部門の外気功で素質を発揮させます。
これは慎語と被り「外気功の素質」で前に詳しく書いたので端折りますが、相手の気と自分の気を同調させる技で「共感の技法」とも呼ばれてます。

行雄師は日本人なので漢族の僧達からはしばしば敵対視されますが、チベット仏教と日本山は相性が良く、一緒に平和行進も行っております。
チベット寺院は子僧も多いので、行善も同い年の友達が出来てチベット人と仲良くなり、言葉も片言ながら話せるようになります。

五台山の物語はひとまず此処までとして、次回はヒマラヤの山国に飛びます。


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