真の動物福祉牧場を目指して

心の力 (三)

 このタイトルは旅に出る前に書いた「Thought Energy (二)」の続きで、(一)(二)と前置きをしてから(三)で「Sunの物語」に入る予定でした。
 
 途中で旅に出たので随分と物語から離れてしまいましたが、前回に地球と惑星「萌」のトゥルクどうしが心を響鳴させて数百光年の空間的隔たりを超え、「本末究竟等」の果報を引き継ぐと物語りましたので、ここでそれを可能にした「心の力」につなげます。

 その前にまた前置きをさせて貰いますと、仏教には「唯識」という「唯心論」の考え方があり、これは神も社会も自然すら、わたし達の心によって現されているとする思想で、そこでは出来るだけ「心」を善くしておけば、それだけ神も社会も自然も善くなると教え愉します。

 ここで「心」が「神」を作っているとする思想について考察してみますと、それはつまり「心」の数だけ「神」がいると仮定するコトになり、それ故に全ての命はすべて等しく神聖だとする「大平等観」が成り立ちます。
 これは仏教の1番根幹的な教えと思え、「心」を発達させた動物を神格化するヒンドゥー教も深い思想に支えられているコトが伺われます。

 次に「心」が「社会」を作っているとするのは、わりと楽に納得して頂けるかと思います。
 その社会は地球では専ら人間の「心」によって作られていますが、惑星「萌」では動物達の「心」を理解し尊重する気運が高まって、より「動物福祉」の進んだ社会に成っているとします。

 この相手の「心」を理解する力、すなわち共感力は女性の方が強いとされ、それは右脳のイマジネーションと左脳の理智とをつなぐ脳幹が太く進化しているからとされますが、こうした物理的な観察だけで「心」をすべて理解できるとする「唯物論」はもう時代遅れのような気もします。

 続いて「心」と「自然」について考察しますと、すべての芸術はこの2つが融合して生まれるかと思えます。
 「心」は「自然」という対象を得て初めて芸術を遺そうと思い、その「心」に遺った特別な「自然」が芸術となります。
 もちろん芸術には架空のフィクションもありますが、それらも元は「自然」の中で育った「心」が生んだモノであり、「唯物論」でも自然と心は一体の物理現象としています。

 「自然」にはもちろん宇宙も含まれ、「唯識」に依れば宇宙は純粋な「心」の現れなので、そこでは「心の力」が発揮され易く、その力によって空間を超えた「コンタクト」も可能とされています。
 
 
 
 

 
 

 

 
 

 

コメント一覧

南無妙法蓮華経
飯村行雄さんの行動力に敬意。
価値あるブログに、幸あれ。
南無妙法蓮華経
お金は大切。
心は、もっと大切。

やりたい事を経験するのは大切。
生きてる意味は自分自身で見つけるもの。
yukioiimura986
海外青年協力隊については、43歳になりましたがまだ「青年」で通用するかも知れませんね。 今度一度チャレンジしてみます!
yukioiimura986
日本の生活保護をインドで受けられれば、確かにマハラジャ暮らしが出来るでしょう。
しかし日本の役所まで毎月もらいに行かなけれぼならないとので、誰か代理人を立てる必要がえるでしょう。
南無妙法蓮華経
心は法華経の真髄。
生活保護と精神障害年金を受給しています
日本では生活保護受給者は徹底的に差別されます。前科者や精神障碍者も人権蹂躙されています。インドに行って生活保護費と精神障害年金で豊かな暮らしがしたいです。所で貴殿は青年海外協力隊で働かないのですか。農業の経験と39歳の若さがあるので採用されると思うのですが?
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