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職場で活かせる行動分析学⑧「意識を変える方策」

2018-10-18 | 仕事

前回から、仲持と出木増が共に考えた「好子出現による強化」による行動変容についての裏話をしていますが、今回は出木増が選んだもう一つの標的行動についての裏話です。
それは「周囲の人を労う言葉を言う」というものでしたが、これには出木増の強い思い出が込められていました。

社員の意識を変えたい、出木増の想い

出木増は、ここ数年の取組みで、社員たちの間で「ありがとう」や「助かったよ」といった感謝やお礼の言葉が以前よりも多く聞かれるようになったとは感じていましたが、さらに社員同士の結束力を高めて、やる気食品の組織力を強化するには、互いに相手を気遣い、察する気持ちや助け合う気持ちをさらに強化する必要があると考えていました。

それは、会社の掲げる「社員の結束力を高めてサービスを向上さよう!」という営業方針に沿ったものです。例えば、自分の仕事を手伝ってくれた同僚に、「助かった。ありがとう。」とお礼を言うだけでなく、「昨日も残業で疲れているのに、手伝ってくれてありがとう。」とか、「いつも助けてほしい時に声かけてくれて助かります。」など、相手がどんな状況なのかを察しているからこそ言える言葉を期待していたのです。
そういった言葉や態度が、やがては顧客に対しても自然に出来るようになり、顧客を気遣うサービスの向上になると思っていたのです。

仲持は、その考えには賛成しましたが、気持ちや態度の強化というところが具体性に欠けるので不満でしたが、出木増がどうしても譲らないので、次のようなアドバイスをしました。

「出木増さん、貴方の気持ちは分かった。でもそれはおそらく色々な言い方(行動)があるので、社員にはその真意までは分かり難いと思う。ですから、貴方が、これは相手を労っているな~と感じるような事を部下が言ったら、即座に『いいね!』と言い、その後で、『そういう気持ちが大事なんだ』とだけ付け加えてその場を去ってください。そしてその部下が貴方の真意に気づいた時に、全力でほめてやってください。」ということでした。

早速、翌日から出木増は社内をウロウロしながら、仲持の指示通りにするつもりでしたが、いざやってみると恥ずかしさが込み上げて声にならないし、なかなかそのチャンスがありませんでした。
そして、やっと口に出せたのは二日目の午後で、その相手は現在経理部長になっている同期入社の要律子でした。彼女は直ぐに何かを察知して、その場で出木増を拘束して、昨日からの“不穏な動き”の訳を根掘り葉掘り聞き出します。
そして、要から「物調面なんかせずに、できるだけ笑顔でウロウロするように!」との指摘もあって徐々に板に付いていったという訳です。

この取組みの効果が出始めたのは、三週間ほど経過してのことです。ある数人の社員が、「部長、分かりました!相手への気遣いですよね!」と言ってくれたのです。

その後は、次々に他の社員にも広がって行きました。しかも、社員同士が「いいね!」と言いながらその理由について話し合ったり、議論をしたりする光景まで見られるようになったのです。

行動分析学的解説

では、この活動を行動分析学的に考えてみましょう。

標的行動は「周囲の人を労う言葉を言う」こと、そして好子となるのは、やはり出木増の「いいね!」と笑顔です。
しかし、出木増が本当に強化?したかったのは、言葉そのものではなく、そういう言葉を口にするようになる相手への気遣いであり、相手への興味関心を高めることでした。

この様に、行動分析学では気持ちや興味という領域を扱うことはありません。行動分析学が扱うのは、あくまでも人の行動(死人にできない行動)です。だからこそ、仲持は不満だったのです。

しかし、職場は学問を究める場ではないので、そこは出木増の想いを汲んで、「好子出現による強化」を応用して、まずは特定の言葉を強化する「部分強化」というやり方を提案したのです。
それが、「貴方が、これは相手を労っているな~と感じるような事」の部分になります。

さらに、「そういう気持ちが大事なんだ。」という言葉を言い残して去って行くことで、相手に「そういう気持ち」とはどんな気持ち?と考えて、自然に気づくきっかけを与えるという仕掛けを加えたのです。

「考える」は立派な行動です。したがって「そういう気持ちが大事なんだ。」という言葉は、考えるという行動を促進する役割を担います。この様な言葉を「言語プロンプト」と言います。
ここで重要なのが、「考えろ」という指示や、「何でしょうか?」という質問になっていないという点です。すなわち、気にしなければ考えないし気づかないかもしれませんが、何回か繰り返すことで気づくかもしれません。それが自然に自分で気づく機会を与えるという仕掛けになっていたのです。

「気づかされた」よりも、「気づいた」という方が、より自分の事として記憶に残るからです。しかも、しばらくして気遣いすることが少し薄れたと感じた社員には、わざと「そういう気持ちが大事だよね。」と言うだけで、意識を取り戻すことも期待できるのが、プロンプトの効果です。

ちなみに、プロンプトとは、ある行動に先行して与える刺激という意味で、言語プロンプトの他にも身振り、モデル、身体という4つのタイプがあります。(詳しい説明は参考文献を参照ください)

社員の意識を変える方策

皆さんもお分かりの通り、人の意識は精神論や感情論ではなかなか変わりません。
しかし、行動分析学を応用すれば、自分の取った言動について考えさせることは出来ます。
そして、考えて出した言動に対して、その直後に何か変化を加えることで、その言動を強化することも弱化することも出来るのが、職場で活かせる行動分析学です。

今回紹介した出木増の取組みも、社員の意識をさらに高めるという目的がありましたが、それを「お前たち、もっと意識を高めろ!」と怒鳴ったところで、何も変わりません。
ましてや、「皆さんに意識を高めてもらわないと会社が潰れてしまいます。」などという呼びかけは、もはや管理職失格です。

社員の意識改善は、直接何とかしようと試みても大概が失敗に終わります。
しかし、意識を変えるきっかけとなる「考える」という行動を強化させることで、個々に変化を生じさせるという手はあります。
社員の意識改善は、職場によって様々な方策はあると思いますが、この様なやり方もあるという一例でした。

次回は、出木増と張木理の質問タイムの裏話ですが、そこにも「考える」という行動を強化させる、仲持のアイデアが隠されていました。

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」