今回は、仲持と出木増が共に考えた「好子出現による強化」による行動変容作戦の一つ、出木増と張木理の質問タイムについての裏話です。
張木理への期待
やる気食品は、創業67年。長年に亘り成果主義を掲げ、「一番売った者が一番偉い!」という初代社長の考え方が受け継がれて来ました。しかし、その理念は次第に真意から遠ざかり、近年は社員同士がライバルという関係性だけが徐々に色濃くなり、社内の雰囲気はどことなく殺伐としたものがありました。
そんな中、四代目社長に就任した太居原は、これからは社員同士の結束力が大事だと考え、「社員の結束力を高めてサービスを向上さよう!」という営業方針を打ち立て、3年前に成果主義を止め、能力主義をベースにした「太居原式適材適所体制」をスタートさせたのです。さらに1年ほど前から、幸福経営にも興味を持った四代目は、さらなる組織力強化を図るべく、昨年久しぶりに幹部候補生として地元の大学出身者3名を採用しました。
そのうちの一人が張木理だったのです。
そして、太居原社長の意を具現化し推進するという大役を担って部長に就任したのが出木増であり、社長と出木増の知恵袋役としてヘッドハントされたのが仲持相談役という訳です。
そんな背景もあり、張木理ら3名の新人は、社長や出木増に直々に教育されて来ました。すると3名の新人は、何かと注目を浴びる存在となり、周囲の期待は自然に高まってゆきます。しかし張木理だけは、仕事の覚えは早いものの他の二名に比べて引っ込み思案でマイペースな性格のせいか、営業成績が伸びないままだったのです。
張木理が積極的に話すようになった訳
本シリーズ⑥で触れたように、仲持が出木増に提案したのは、張木理がルート営業から帰って来た時に、短い時間でよいので顧客のことを具体的に質問して、どんな回答に対しても必ず最後に「ありがとう!」と言いながら笑うということでした。
そして、初日は上手くいかなったものの、次からは共通の話題もあって張木理の反応も良く、2週間後には張木理の方から相談をするようになったという内容でした。そして、それには続きがあったのです。
しかしなぜ、口数が少なく引っ込み思案の張木理が、たった2週間くらいで自分から相談するようになったのでしょうか?
確かなことは、出木増の「ありがとう」と笑顔が好子として作用したのと、60秒ルールを守ったということもありますが、実はそれだけではありませんでした。
その一つが、「短い時間で良いので具体的な質問をする」という仲持の提案です。
質問は、相手を強制的に特定の方向で考えさせる力を持っています。
(谷原誠著『「いい質問」が人を動かす』より)
しかし、質問が大雑把過ぎたり、威圧的だったりすると、人は考えようとしません。「特定の方向で考えさせる」とは、相手に何を知りたいのかが伝わる質問や、相手が関心を持つような質問をすることです。
良い質問は、相手に考える機会を与え、行動変容に導くほどの力を持っているのです。
それに「ありがとう」と笑顔の好子が作用すれば、「考える」という行動が強化されます。それこそが仲持の狙いだったのです。
さらにもう一つ、実は二人の質問タイムは、張木理にとって「良い注目」という好子が作用していたのです。
人は誰でも、他者に認められたい、分かってほしいという欲求があります。
それを満たしていると実感できる状況の一つに「良い注目」を浴びるということが挙げられます。つまり、張木理にとって、出木増との時間は心地の良い感覚が得られる注目を得ていたことになります。
それこそが、質問に答えるという行動を強化させ、結果的に相談をするという行動に変容させたという訳です。
そして、相談の続きというのは、「自分らしく仕事をするにはどうすれば良いか?」ということでした。
実は張木理は、本当は周囲の期待に応えたいと思っていたのです。
しかし、何かと注目されている新人としては、その期待度が大きすぎると感じてしまい、周囲に合わせないければならないというプレッシャーをいつも感じていて、それが引き金になって口数が減っていったということでした。彼はずっと、自分らしさがなかなか出せないと思いながら仕事をしていたのです。
それを知った出木増は、これまでの指導法を深く反省して張木理に謝り、「話してくれてありがとう。これからは張木理の良さを出して行こう!」と告げたのです。
「注目」の効力と使い方
行動分析学的には「注目」は、“使い方”によって好子にも嫌子にもなります。つまり良い注目なら好子になり、悪い注目なら嫌子になるという訳です。
例えば、仕事が上手く行った時に上司や同僚から称賛と共に得る注目や、プレゼンで相手の反応が良い時の注目などが分かりやすいと思います。
つまり、自分にとって心地の良い感覚が伴う注目なら、それは好子として作用するので、その前に取った行動は強化されます。
一方、悪い注目というのはその反対で、自分にとって嫌悪となる感覚が伴う注目のことです。
例えば、皆の前で不適切な発言をしたせいで、白い目で注目を浴びた時などが分かりやすいと思いますが、この様な注目は嫌子として作用するので、その前に取った行動は弱化されます。
しかし、「注目」には、もう一つ「場の雰囲気を左右する」という効力があります。
例えば、入社式で全社員の前で、いきなり上司に「未来を背負って立つ、期待の新人○○さんが挨拶します!」と紹介された後で、自己紹介をするはめになり、皆が何を言うのか興味津々で注目を浴びた時のことを想像してみてください。
その注目が心地良いと感じるなら、自己紹介も楽しくできるでしょう。しかし、その注目がプレッシャーに感じるなら、自己紹介は苦痛となるはずです。
具体的な行動で比較すると、前者なら、声のトーンが上がり、確り前を向いて表情豊かに話すようになりますが、後者なら、声が小さくなり、トーンも目線も下がり、無表情になるという訳です。
ちなみに、張木理は後者の方でした。
この様に、場の雰囲気を演出するために用いる「注目」は、ある行動の直後に起こる変化とは違います。
したがって単なる好子や嫌子という区別では説明できなくなります。
今の段階では、この場合の「注目」の説明は長くなるので控えますが、ある強化した行動をさらに強化する時や、練習して来たパフォーマンスをさらに向上させる時などに有効に使える技法となるとだけ言っておきます。
どちらにしても、「注目」を意図的に使う場合は、相手の立場になって考えることが重要です。
しかも、「注目」は大勢でなくても一人でも使える技法なので、その効力を理解すれば、行動変容に用いることが出来ます。
参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」