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職場で活かせる行動分析学⑨「注目」の使い方

2018-10-25 | 仕事

今回は、仲持と出木増が共に考えた「好子出現による強化」による行動変容作戦の一つ、出木増と張木理の質問タイムについての裏話です。

張木理への期待

やる気食品は、創業67年。長年に亘り成果主義を掲げ、「一番売った者が一番偉い!」という初代社長の考え方が受け継がれて来ました。しかし、その理念は次第に真意から遠ざかり、近年は社員同士がライバルという関係性だけが徐々に色濃くなり、社内の雰囲気はどことなく殺伐としたものがありました。

そんな中、四代目社長に就任した太居原は、これからは社員同士の結束力が大事だと考え、「社員の結束力を高めてサービスを向上さよう!」という営業方針を打ち立て、3年前に成果主義を止め、能力主義をベースにした「太居原式適材適所体制」をスタートさせたのです。さらに1年ほど前から、幸福経営にも興味を持った四代目は、さらなる組織力強化を図るべく、昨年久しぶりに幹部候補生として地元の大学出身者3名を採用しました。

そのうちの一人が張木理だったのです。

そして、太居原社長の意を具現化し推進するという大役を担って部長に就任したのが出木増であり、社長と出木増の知恵袋役としてヘッドハントされたのが仲持相談役という訳です。

そんな背景もあり、張木理ら3名の新人は、社長や出木増に直々に教育されて来ました。すると3名の新人は、何かと注目を浴びる存在となり、周囲の期待は自然に高まってゆきます。しかし張木理だけは、仕事の覚えは早いものの他の二名に比べて引っ込み思案でマイペースな性格のせいか、営業成績が伸びないままだったのです。

張木理が積極的に話すようになった訳

本シリーズ⑥で触れたように、仲持が出木増に提案したのは、張木理がルート営業から帰って来た時に、短い時間でよいので顧客のことを具体的に質問して、どんな回答に対しても必ず最後に「ありがとう!」と言いながら笑うということでした。

そして、初日は上手くいかなったものの、次からは共通の話題もあって張木理の反応も良く、2週間後には張木理の方から相談をするようになったという内容でした。そして、それには続きがあったのです。

しかしなぜ、口数が少なく引っ込み思案の張木理が、たった2週間くらいで自分から相談するようになったのでしょうか?
確かなことは、出木増の「ありがとう」と笑顔が好子として作用したのと、60秒ルールを守ったということもありますが、実はそれだけではありませんでした。

その一つが、「短い時間で良いので具体的な質問をする」という仲持の提案です。

質問は、相手を強制的に特定の方向で考えさせる力を持っています。
(谷原誠著『「いい質問」が人を動かす』より)

しかし、質問が大雑把過ぎたり、威圧的だったりすると、人は考えようとしません。「特定の方向で考えさせる」とは、相手に何を知りたいのかが伝わる質問や、相手が関心を持つような質問をすることです。

良い質問は、相手に考える機会を与え、行動変容に導くほどの力を持っているのです。
それに「ありがとう」と笑顔の好子が作用すれば、「考える」という行動が強化されます。それこそが仲持の狙いだったのです。

さらにもう一つ、実は二人の質問タイムは、張木理にとって「良い注目」という好子が作用していたのです。

人は誰でも、他者に認められたい、分かってほしいという欲求があります。

それを満たしていると実感できる状況の一つに「良い注目」を浴びるということが挙げられます。つまり、張木理にとって、出木増との時間は心地の良い感覚が得られる注目を得ていたことになります。
それこそが、質問に答えるという行動を強化させ、結果的に相談をするという行動に変容させたという訳です。

そして、相談の続きというのは、「自分らしく仕事をするにはどうすれば良いか?」ということでした。
実は張木理は、本当は周囲の期待に応えたいと思っていたのです。
しかし、何かと注目されている新人としては、その期待度が大きすぎると感じてしまい、周囲に合わせないければならないというプレッシャーをいつも感じていて、それが引き金になって口数が減っていったということでした。彼はずっと、自分らしさがなかなか出せないと思いながら仕事をしていたのです。

それを知った出木増は、これまでの指導法を深く反省して張木理に謝り、「話してくれてありがとう。これからは張木理の良さを出して行こう!」と告げたのです。

「注目」の効力と使い方

行動分析学的には「注目」は、“使い方”によって好子にも嫌子にもなります。つまり良い注目なら好子になり、悪い注目なら嫌子になるという訳です。

例えば、仕事が上手く行った時に上司や同僚から称賛と共に得る注目や、プレゼンで相手の反応が良い時の注目などが分かりやすいと思います。
つまり、自分にとって心地の良い感覚が伴う注目なら、それは好子として作用するので、その前に取った行動は強化されます。

一方、悪い注目というのはその反対で、自分にとって嫌悪となる感覚が伴う注目のことです。
例えば、皆の前で不適切な発言をしたせいで、白い目で注目を浴びた時などが分かりやすいと思いますが、この様な注目は嫌子として作用するので、その前に取った行動は弱化されます。

しかし、「注目」には、もう一つ「場の雰囲気を左右する」という効力があります。

例えば、入社式で全社員の前で、いきなり上司に「未来を背負って立つ、期待の新人○○さんが挨拶します!」と紹介された後で、自己紹介をするはめになり、皆が何を言うのか興味津々で注目を浴びた時のことを想像してみてください。

その注目が心地良いと感じるなら、自己紹介も楽しくできるでしょう。しかし、その注目がプレッシャーに感じるなら、自己紹介は苦痛となるはずです。

具体的な行動で比較すると、前者なら、声のトーンが上がり、確り前を向いて表情豊かに話すようになりますが、後者なら、声が小さくなり、トーンも目線も下がり、無表情になるという訳です。
ちなみに、張木理は後者の方でした。

この様に、場の雰囲気を演出するために用いる「注目」は、ある行動の直後に起こる変化とは違います。
したがって単なる好子や嫌子という区別では説明できなくなります。

今の段階では、この場合の「注目」の説明は長くなるので控えますが、ある強化した行動をさらに強化する時や、練習して来たパフォーマンスをさらに向上させる時などに有効に使える技法となるとだけ言っておきます。

どちらにしても、「注目」を意図的に使う場合は、相手の立場になって考えることが重要です。
しかも、「注目」は大勢でなくても一人でも使える技法なので、その効力を理解すれば、行動変容に用いることが出来ます。

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」


職場で活かせる行動分析学⑧「意識を変える方策」

2018-10-18 | 仕事

前回から、仲持と出木増が共に考えた「好子出現による強化」による行動変容についての裏話をしていますが、今回は出木増が選んだもう一つの標的行動についての裏話です。
それは「周囲の人を労う言葉を言う」というものでしたが、これには出木増の強い思い出が込められていました。

社員の意識を変えたい、出木増の想い

出木増は、ここ数年の取組みで、社員たちの間で「ありがとう」や「助かったよ」といった感謝やお礼の言葉が以前よりも多く聞かれるようになったとは感じていましたが、さらに社員同士の結束力を高めて、やる気食品の組織力を強化するには、互いに相手を気遣い、察する気持ちや助け合う気持ちをさらに強化する必要があると考えていました。

それは、会社の掲げる「社員の結束力を高めてサービスを向上さよう!」という営業方針に沿ったものです。例えば、自分の仕事を手伝ってくれた同僚に、「助かった。ありがとう。」とお礼を言うだけでなく、「昨日も残業で疲れているのに、手伝ってくれてありがとう。」とか、「いつも助けてほしい時に声かけてくれて助かります。」など、相手がどんな状況なのかを察しているからこそ言える言葉を期待していたのです。
そういった言葉や態度が、やがては顧客に対しても自然に出来るようになり、顧客を気遣うサービスの向上になると思っていたのです。

仲持は、その考えには賛成しましたが、気持ちや態度の強化というところが具体性に欠けるので不満でしたが、出木増がどうしても譲らないので、次のようなアドバイスをしました。

「出木増さん、貴方の気持ちは分かった。でもそれはおそらく色々な言い方(行動)があるので、社員にはその真意までは分かり難いと思う。ですから、貴方が、これは相手を労っているな~と感じるような事を部下が言ったら、即座に『いいね!』と言い、その後で、『そういう気持ちが大事なんだ』とだけ付け加えてその場を去ってください。そしてその部下が貴方の真意に気づいた時に、全力でほめてやってください。」ということでした。

早速、翌日から出木増は社内をウロウロしながら、仲持の指示通りにするつもりでしたが、いざやってみると恥ずかしさが込み上げて声にならないし、なかなかそのチャンスがありませんでした。
そして、やっと口に出せたのは二日目の午後で、その相手は現在経理部長になっている同期入社の要律子でした。彼女は直ぐに何かを察知して、その場で出木増を拘束して、昨日からの“不穏な動き”の訳を根掘り葉掘り聞き出します。
そして、要から「物調面なんかせずに、できるだけ笑顔でウロウロするように!」との指摘もあって徐々に板に付いていったという訳です。

この取組みの効果が出始めたのは、三週間ほど経過してのことです。ある数人の社員が、「部長、分かりました!相手への気遣いですよね!」と言ってくれたのです。

その後は、次々に他の社員にも広がって行きました。しかも、社員同士が「いいね!」と言いながらその理由について話し合ったり、議論をしたりする光景まで見られるようになったのです。

行動分析学的解説

では、この活動を行動分析学的に考えてみましょう。

標的行動は「周囲の人を労う言葉を言う」こと、そして好子となるのは、やはり出木増の「いいね!」と笑顔です。
しかし、出木増が本当に強化?したかったのは、言葉そのものではなく、そういう言葉を口にするようになる相手への気遣いであり、相手への興味関心を高めることでした。

この様に、行動分析学では気持ちや興味という領域を扱うことはありません。行動分析学が扱うのは、あくまでも人の行動(死人にできない行動)です。だからこそ、仲持は不満だったのです。

しかし、職場は学問を究める場ではないので、そこは出木増の想いを汲んで、「好子出現による強化」を応用して、まずは特定の言葉を強化する「部分強化」というやり方を提案したのです。
それが、「貴方が、これは相手を労っているな~と感じるような事」の部分になります。

さらに、「そういう気持ちが大事なんだ。」という言葉を言い残して去って行くことで、相手に「そういう気持ち」とはどんな気持ち?と考えて、自然に気づくきっかけを与えるという仕掛けを加えたのです。

「考える」は立派な行動です。したがって「そういう気持ちが大事なんだ。」という言葉は、考えるという行動を促進する役割を担います。この様な言葉を「言語プロンプト」と言います。
ここで重要なのが、「考えろ」という指示や、「何でしょうか?」という質問になっていないという点です。すなわち、気にしなければ考えないし気づかないかもしれませんが、何回か繰り返すことで気づくかもしれません。それが自然に自分で気づく機会を与えるという仕掛けになっていたのです。

「気づかされた」よりも、「気づいた」という方が、より自分の事として記憶に残るからです。しかも、しばらくして気遣いすることが少し薄れたと感じた社員には、わざと「そういう気持ちが大事だよね。」と言うだけで、意識を取り戻すことも期待できるのが、プロンプトの効果です。

ちなみに、プロンプトとは、ある行動に先行して与える刺激という意味で、言語プロンプトの他にも身振り、モデル、身体という4つのタイプがあります。(詳しい説明は参考文献を参照ください)

社員の意識を変える方策

皆さんもお分かりの通り、人の意識は精神論や感情論ではなかなか変わりません。
しかし、行動分析学を応用すれば、自分の取った言動について考えさせることは出来ます。
そして、考えて出した言動に対して、その直後に何か変化を加えることで、その言動を強化することも弱化することも出来るのが、職場で活かせる行動分析学です。

今回紹介した出木増の取組みも、社員の意識をさらに高めるという目的がありましたが、それを「お前たち、もっと意識を高めろ!」と怒鳴ったところで、何も変わりません。
ましてや、「皆さんに意識を高めてもらわないと会社が潰れてしまいます。」などという呼びかけは、もはや管理職失格です。

社員の意識改善は、直接何とかしようと試みても大概が失敗に終わります。
しかし、意識を変えるきっかけとなる「考える」という行動を強化させることで、個々に変化を生じさせるという手はあります。
社員の意識改善は、職場によって様々な方策はあると思いますが、この様なやり方もあるという一例でした。

次回は、出木増と張木理の質問タイムの裏話ですが、そこにも「考える」という行動を強化させる、仲持のアイデアが隠されていました。

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」


職場で活かせる行動分析学⑦「行動変容に導くコツ」

2018-10-14 | 仕事

前回は、出木増部長の奮闘が、営業部員や張木理の行動変容を導いたというお話しでしたが、今回はのそ裏話です。

前回の話を、「そんなに簡単に結果がでるの?」とか、「単に『いいね!』と笑顔だけで社員が活気付くなんてあり得ない!」などと思われた方は多いと思います。

そうです、そんなに簡単には行きません。

なので今回は、行動変容に導くコツについて説明しようと思います。

相談役の仲持が出木増に提案したの取組みの一つは、全営業部員を対象に、良い行いや前向きな発言があった社員に対して、即座に「いいね!」と言い、笑うということでした。
では、なぜそれが良い結果に結び付いたのかを、裏話を通して解説してゆきます。

二人の作戦

実は、仲持が提案した取組みを実施するに当たり、二人は数時間かけてその内容を協議しており、その結果合意したことを改善策として遂行していたのです。

行動分析学では、ある人物の行動変容を考える時に、まず標的行動を定めて、それをどの様なやり方と順序で行えば効果的であるかを、計画的に考えます。こういう行為を行動分析学では「介入手続きをデザインする」などと言います。
では、この場合の標的行動は何だったのでしょうか?良い行いや前向きな発言でしょうか?

本シリーズの②で説明したように、良い行いも前向きな発言もラベリングなので、実は標的行動ではありません。
仲持は、出木増に何を標的行動にするのかを決めるよう指示しました。
しばらく考えた末、出した答えは二つです。
一つは商品を配送車に積み込む際の「指さし確認」、そして二つ目は「周囲の人を労う言葉を言う」でした。

仲持は、前者は良いが、後者はもう少し具体的にならないかと注文を付けますが、出木増にはある考えがあったので「そこは自分の判断に任せてください。」と主張しました。
そこで仲持は、条件付きでそれを受け入れることにしたのです。その条件が、「してはいけない行為」という訳です。
つまり、他の社員の前で部下を叱ってはいけない。そして、部下の話を即座に否定してはいけない。という条件のことです。

実は、この二つの条件は、上層部が抱いていた出木増の問題行動でもあったのです。
バリバリの体育会系男子の出木増は、普段はとても面倒見が良く情に厚い男ですが、その反面一旦火が付くとどこでも構わず部下を叱り飛ばすので、営業部員からは、「怒り始めると角が出る」と恐れられており、言い訳をしようものなら真向から否定して、相手がひれ伏すまで説教が止まらないという側面もありました。
仲持は、この機会に一石二鳥を狙ったのです。

「指さし確認」改善の裏にあった出木増の苦労

出木増は、自他ともに認める負けず嫌いで、しかも「男に二言はない!」という武士のような信念を持つ男でした。
その分、仕事には全勢力を傾け人の何倍も努力して、やる気食品の業績向上に多大なる貢献をして来たので、社長も含め彼の業績に異を唱える者などいない、いわゆる絶対的存在でした。

そんな出木増だからこそ、仲持の提案には相当苦労します。

それは、指さし確認をしている社員を見つけると即座に近寄って「いいね!」と言うのはよいのですが、そうなると、今度はしていない社員に余計にイライラし始めるのです。
いつもの出木増なら、「ちゃんと確認しろ!」と一喝するところです。実際、昨日までそうしていました。
しかし、仲持との約束もあるので、当初は指さし確認をしていない社員を見つけては、一人ずつ倉庫の裏に連れて行って叱っていました。当然ながらいつもに増して社員のビビり様も半端ではありませんでした。
しかし、数日後にはわざわざ一人ずつ呼び出して叱るのも面倒くさいし、何だか後ろめたくなり一週間もしないうちに、連れ出して叱る光景はなくなりました。

作戦開始から一週間後に、仲持は出木増を呼び出して、その時の心境などを詳しく聞き出しましたが、その内容はまたお伝えするとして、結果は出木増の行動によって、指さし確認はほぼ確実に実施されるようになりました。
それどころか、社員同士でも指さし確認をする社員に対して「いいね!」と言い合うことが習慣化したのです。

行動分析学的な解説

この場合、標的行動は「指さし確認」で、好子は出木増の「いいね!」と笑顔です。

では、それがなぜ「好子出現による強化」になったのかというと、それこそ出木増のキャラクターにあります。なぜなら、社長も一目置く絶対的存在で、しかも社員から恐れられている出木増の「いいね!」は、彼が思う以上に好子としての効果があったということです。

それを見抜いていたのが仲持です。
仲持は、標的行動は出木増に決めるよう指示しましたが、好子をどうするのかは、実は最初から決めていたのです。
二人の作戦会議で、出木増は好子を昇給につながるポイントにしてはどうかと提案しましたが、仲持はそんなことをわざわざ好子にする必要はない、それはもっと後で使える好子になると言い放ち、今回は「いいね!」と笑顔だけを要求したのです。それはまさに的中しました。

そしてもう一つ、してはいけない行為というのが効いていることも重要なポイントです。

それは、「指さし確認をしない者だけが叱られる。」という、これまでのやり方では、本来の意味をなしていないからです。
このような、「~をしないと、やがて叱られる。」という行動を、専門用語では「嫌子出現の阻止による強化」と言います。
つまり、叱られるという嫌子が出現しないようにするために、指さし確認という行動をしているということになります。

あるいは、出木増が視界に入っている時だけ、指さし確認をして、出木増が視界に入らない時はしない。という社員もいることも想定できます。
そういう行動は「刺激弁別」という専門用語で説明できますが、専門的になり過ぎるので止めておきます。

現に、配送ミスの件数は減ることなく、出木増が現場に出ている時だけは、叱られまいと指さし確認をするのですが、出木増が事務所に入っている時や不在の時には、指さし確認をしていない者が増えていました。それを出木増自身も気づいていたので、今回の標的行動にしたのです。
しかし、出木増もこの現象をどう改善して良いのか、正直分からなかったので、毎日現場に出てはしていない者に「しっかり指さし確認しろ!」と叱り飛ばすしか術がなかったという訳です。

仲持は、そんな光景を毎日眺めていたので、これを絶好のチャンスと思い、指さし確認という行動が好子を出現させるトリガーになるように仕向けたのです。
つまり、嫌な事が起きないようにする行動と、良い事が起こる行動なら、誰でも後者の方が永続きするからです。
しかも、良い事が起こるのが60秒以内なら、その行動はより強化されるので、指さし確認という行動も精度が上がるという方向になりやすいという訳です。

つまり、「好子出現による強化」を使って行動変容に導くコツは、標的行動を具体的で誰にでもできる行動にすることと、効果のある好子を選ぶことです。そして何より、実施する者が決められた手続き通りに粛々と実行することです。

最後に、皆が「いいね!」を言い合うようになったのも、これまた出木増のキャラクターの効果で、彼が厳しい反面、社員に信頼されている証しでもあったのです。この効果については、後に詳しく説明したいと思います。

次回は、出木増が選んだもう一つの標的行動についての裏話です。

 

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」


職場で活かせる行動分析学⑥「好子出現による強化」

2018-10-12 | 仕事

今回の登場人物は3人です。

一人目は、やる気食品一筋、バリバリの体育会系で知られる出木増営業部長。二人目は、大手食品メーカーからヘッドハントされ、社長室次長で切れ者の異名を持つ仲持相談役。そして3人目は、入社2年目の張木理君です。

「好子出現による強化」を使った行動変容

張木理君の変化

やる気食品の営業部では、4年ぶりに新人を3人採用しましたが、その中でも張木理は他の二人に比べると大人しく、いつも一歩下がって遠慮している様子で、自分から発言することはありません。
仕事は真面目に黙々とするタイプで失敗はほとんどしないので、顧客からの信頼は高い方です。しかし、張木理の営業成績は研修後に担当を持つようになってほぼ横ばい状態が続いています。同期入社の他の二人は順調に成績を伸ばしているにも関わらず、本人はマイペースで然程気にしていない様子なので、出木増はそんな張木理に少々不満を感じていました。

或る日、出木増は相談役の仲持に、張木理の育成指導についてアドバイスを求めたところ、仲持は出木増に対して、二つの取組みを実施するよう提案し、早速翌日から実行することになりました。

それから2か月後、張木理の成績はわずかながら前の月を上回る傾向が見られるようになり、同僚や先輩も彼の最近の働きぶりに驚いています。そして何より変わったのは、張木理の表情でした。
入社以来、飲み会の席でも感情をあまり出さないので、何を考えているのか分からない張木理でしたが、最近は表情が豊かになり声も大きくなったことに、同期の二人が最も驚いていました。

そこにはもう、出木増が不満に感じた張木理はいません。
この2か月の間に、張木理に一体何が起こったのでしょうか。

出木増の苦闘と努力が変化をもたらす

仲持が出木増に提案したのは二つの取組みでした。
一つ目は、全営業部員を対象に、良い行いや前向きな発言があった社員に対して、即座に「いいね!」と声を出して笑うということ、二つ目は、できるだけ毎日、張木理がルート営業から帰って来た時に、短い時間でよいので顧客のことを具体的に質問して、どんな回答に対しても必ず最後に「ありがとう!」と言いながら笑うということでした。

出木増は、早速翌日から始めてみましたが、「いいね!」と笑顔が、いざ意識すると恥ずかしさが込み上げて、言葉が出ないし、明らかに作り笑顔になる事が分かるので、意外に難しいことを痛感します。
それでも、仲持と約束した手前、「やっぱりできません」とも言えず、ひきつった笑顔でも、声だけは出そうと頑張った結果、一週間も経つとすっかり慣れて、出木増の「いいね!」と笑顔は、徐々に職場に浸透して行きました。
営業部員の間でも「最近、部長がやたら俺たちの様子を見てるよね。」とか、「部長、いつも笑ってるよね。」などと話題になり、自然に部員同士でも「いいね!」と声をかけ合う光景が見られるようになりました。

そして、張木理への質問タイムですが、これも初日は「今日はどうだった?」といった感じで、なかなか具体的な質問が出来ず、張木理も「あ~、いつもと一緒ですかね~。」との返事に、とても「ありがとう!」とは言えず、そのままフェードアウトするという結果に終わってしましました。
出木増は反省し、早速張木理の顧客リストと翌日の納品先をチェックします。
そして、次の日には「一番食堂の吉村店長は、相変わらず商品チェックに超時間をかけてるの?」と聞くと、張木理はちょっと驚いて「えっ、部長何でご存知なんですか?そうなんですよ、あそこに行く時は次の納品に余裕を持たないといけないんですよ。」という返事が返ってきました。
そこから、かつては出木増の顧客だったという話になり、しばらく「一番食堂あるある話」が盛り上がりました。そして最後に出木増は「ありがとう!」と、とても自然な笑顔で告げると、張木理も珍しく笑顔で会釈しました。

それからほぼ毎日、出木増は張木理が帰ってくると、顧客の様子を具体的に質問するようになり、必ず最後は「ありがとう!」と笑顔で告げることを意識的に続けました。
すると、2週間後には、張木理の方から報告するようになり、さらに出木増にアドバイスを求めるようになりました。
「やすらぎカフェから、ランチメニューを増やしたいが、何か話題になるような良い食材はないかと聞かれました。部長、どう思われますか?」といった感じです。
ちょっとぎこちない感じですが、出木増は思いもかけない相談に感動すら覚えます。
その日から、出木増と張木理の質問タイムは、顧客に提案したことがどうなったかという共通のテーマに変わってゆきました。

その後も、出木増と張木理の時間は続き、その間彼は見る見る変わって行くのです。
そして、2か月が経過して以降、出木増はほぼ全ての営業部員に積極的に質問するようになるのです。

仲持からの3つ目の提案

仲持が出木増に提案したのは、実はもう一つ、絶対にしてはいけない行為というのがありました。
それは、他の社員の前で部下を叱ってはいけない。そして、張木理だけでなく、部下の話を即座に否定してはいけない。ということでした。
実は、出木増にとってこれが最も辛い提案でしたが、この3つ目は仲持が最も強く要求したことでもあったのです。

その訳は次回に説明します。

行動分析学的解説

もうお分かりだと思いますが、出木増は「好子出現による強化」と「60秒ルール」を利用して、職場の環境を変えると同時に、張木理の行動を変えたということです。

この場合の「好子」は、「いいね!」や「ありがとう!」という言葉と、出木増の笑顔です。しかし、その裏で効果を上げていたのは、仲持が強く要求した「してはいけない行為」でした。

そしてもう一つ重要な点は、仲持の提案は、決して張木理の育成指導に対するアドバイスではなかったという点です。しかし、結果的には張木理の行動変容につながったのも事実です。

行動分析学を用いる時に最も肝心なのは、対象となる相手に気づかれない(気づかせない)とうことです。
その分、それを使う側の出木増には、普段以上の気遣いと配慮、それに観察力や傾聴力という能力が求められます。

今回の張木理の行動変容で、一番努力したのは出木増に違いありません。
しかし、出木増が頑張れたのは、彼自身にも同じ様に「好子出現による強化」がはたらいていたからです。
それは、張木理をはじめとする部下の反応です。
「いいね!」と言うと、部下は「ありがとうございます!」と返答してくれたり、笑顔で話すと、相手も笑顔になるという事が、出木増にとっての「好子」となった訳です。
さらに、張木理からの相談などは、言葉や笑顔以上に強力な好子になっていたということです。

その後も出木増は、「いいね!」と質問タイムを意識的に続け、営業部全体の成績も上がってゆくことになるのです。

つづく

参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」