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前回は、出木増部長の奮闘が、営業部員や張木理の行動変容を導いたというお話しでしたが、今回はのそ裏話です。
前回の話を、「そんなに簡単に結果がでるの?」とか、「単に『いいね!』と笑顔だけで社員が活気付くなんてあり得ない!」などと思われた方は多いと思います。
そうです、そんなに簡単には行きません。
なので今回は、行動変容に導くコツについて説明しようと思います。
相談役の仲持が出木増に提案したの取組みの一つは、全営業部員を対象に、良い行いや前向きな発言があった社員に対して、即座に「いいね!」と言い、笑うということでした。
では、なぜそれが良い結果に結び付いたのかを、裏話を通して解説してゆきます。
二人の作戦
実は、仲持が提案した取組みを実施するに当たり、二人は数時間かけてその内容を協議しており、その結果合意したことを改善策として遂行していたのです。
行動分析学では、ある人物の行動変容を考える時に、まず標的行動を定めて、それをどの様なやり方と順序で行えば効果的であるかを、計画的に考えます。こういう行為を行動分析学では「介入手続きをデザインする」などと言います。
では、この場合の標的行動は何だったのでしょうか?良い行いや前向きな発言でしょうか?
本シリーズの②で説明したように、良い行いも前向きな発言もラベリングなので、実は標的行動ではありません。
仲持は、出木増に何を標的行動にするのかを決めるよう指示しました。
しばらく考えた末、出した答えは二つです。
一つは商品を配送車に積み込む際の「指さし確認」、そして二つ目は「周囲の人を労う言葉を言う」でした。
仲持は、前者は良いが、後者はもう少し具体的にならないかと注文を付けますが、出木増にはある考えがあったので「そこは自分の判断に任せてください。」と主張しました。
そこで仲持は、条件付きでそれを受け入れることにしたのです。その条件が、「してはいけない行為」という訳です。
つまり、他の社員の前で部下を叱ってはいけない。そして、部下の話を即座に否定してはいけない。という条件のことです。
実は、この二つの条件は、上層部が抱いていた出木増の問題行動でもあったのです。
バリバリの体育会系男子の出木増は、普段はとても面倒見が良く情に厚い男ですが、その反面一旦火が付くとどこでも構わず部下を叱り飛ばすので、営業部員からは、「怒り始めると角が出る」と恐れられており、言い訳をしようものなら真向から否定して、相手がひれ伏すまで説教が止まらないという側面もありました。
仲持は、この機会に一石二鳥を狙ったのです。
「指さし確認」改善の裏にあった出木増の苦労
出木増は、自他ともに認める負けず嫌いで、しかも「男に二言はない!」という武士のような信念を持つ男でした。
その分、仕事には全勢力を傾け人の何倍も努力して、やる気食品の業績向上に多大なる貢献をして来たので、社長も含め彼の業績に異を唱える者などいない、いわゆる絶対的存在でした。
そんな出木増だからこそ、仲持の提案には相当苦労します。
それは、指さし確認をしている社員を見つけると即座に近寄って「いいね!」と言うのはよいのですが、そうなると、今度はしていない社員に余計にイライラし始めるのです。
いつもの出木増なら、「ちゃんと確認しろ!」と一喝するところです。実際、昨日までそうしていました。
しかし、仲持との約束もあるので、当初は指さし確認をしていない社員を見つけては、一人ずつ倉庫の裏に連れて行って叱っていました。当然ながらいつもに増して社員のビビり様も半端ではありませんでした。
しかし、数日後にはわざわざ一人ずつ呼び出して叱るのも面倒くさいし、何だか後ろめたくなり一週間もしないうちに、連れ出して叱る光景はなくなりました。
作戦開始から一週間後に、仲持は出木増を呼び出して、その時の心境などを詳しく聞き出しましたが、その内容はまたお伝えするとして、結果は出木増の行動によって、指さし確認はほぼ確実に実施されるようになりました。
それどころか、社員同士でも指さし確認をする社員に対して「いいね!」と言い合うことが習慣化したのです。
行動分析学的な解説
この場合、標的行動は「指さし確認」で、好子は出木増の「いいね!」と笑顔です。
では、それがなぜ「好子出現による強化」になったのかというと、それこそ出木増のキャラクターにあります。なぜなら、社長も一目置く絶対的存在で、しかも社員から恐れられている出木増の「いいね!」は、彼が思う以上に好子としての効果があったということです。
それを見抜いていたのが仲持です。
仲持は、標的行動は出木増に決めるよう指示しましたが、好子をどうするのかは、実は最初から決めていたのです。
二人の作戦会議で、出木増は好子を昇給につながるポイントにしてはどうかと提案しましたが、仲持はそんなことをわざわざ好子にする必要はない、それはもっと後で使える好子になると言い放ち、今回は「いいね!」と笑顔だけを要求したのです。それはまさに的中しました。
そしてもう一つ、してはいけない行為というのが効いていることも重要なポイントです。
それは、「指さし確認をしない者だけが叱られる。」という、これまでのやり方では、本来の意味をなしていないからです。
このような、「~をしないと、やがて叱られる。」という行動を、専門用語では「嫌子出現の阻止による強化」と言います。
つまり、叱られるという嫌子が出現しないようにするために、指さし確認という行動をしているということになります。
あるいは、出木増が視界に入っている時だけ、指さし確認をして、出木増が視界に入らない時はしない。という社員もいることも想定できます。
そういう行動は「刺激弁別」という専門用語で説明できますが、専門的になり過ぎるので止めておきます。
現に、配送ミスの件数は減ることなく、出木増が現場に出ている時だけは、叱られまいと指さし確認をするのですが、出木増が事務所に入っている時や不在の時には、指さし確認をしていない者が増えていました。それを出木増自身も気づいていたので、今回の標的行動にしたのです。
しかし、出木増もこの現象をどう改善して良いのか、正直分からなかったので、毎日現場に出てはしていない者に「しっかり指さし確認しろ!」と叱り飛ばすしか術がなかったという訳です。
仲持は、そんな光景を毎日眺めていたので、これを絶好のチャンスと思い、指さし確認という行動が好子を出現させるトリガーになるように仕向けたのです。
つまり、嫌な事が起きないようにする行動と、良い事が起こる行動なら、誰でも後者の方が永続きするからです。
しかも、良い事が起こるのが60秒以内なら、その行動はより強化されるので、指さし確認という行動も精度が上がるという方向になりやすいという訳です。
つまり、「好子出現による強化」を使って行動変容に導くコツは、標的行動を具体的で誰にでもできる行動にすることと、効果のある好子を選ぶことです。そして何より、実施する者が決められた手続き通りに粛々と実行することです。
最後に、皆が「いいね!」を言い合うようになったのも、これまた出木増のキャラクターの効果で、彼が厳しい反面、社員に信頼されている証しでもあったのです。この効果については、後に詳しく説明したいと思います。
次回は、出木増が選んだもう一つの標的行動についての裏話です。
参考文献
杉山尚子著「行動分析学入門 ヒトの行動の思いがけない理由 」
杉山尚子・島宗理・佐藤方哉・リチャード・W・マロット共著「行動分析学」
舞田竜宣・杉山尚子共著「行動マネジメント 人と組織を変える方法論」
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