BB いえいえ、大体「東宮医師団」って実体はあるのですか?
大野裕の他には? 大野医師は、医師は雅子妃の妹である池田礼子氏の夫の友人で、創価と関わりのある方だと認識しているのですが、「医師団」を形成するそれ以外の医師って、いったい誰なのですか。

17年間に及ぶ治療は全く効果を見せず、その治療経過も今後の治療方針も示さず「医師団」は僭称ではないでしょうか?

12月9日、48才の誕生日を迎えられた雅子さまのご病状について、東宮職医師団が、毎年、恒例となっている見解を文書で発表した。だが今回は、どのような治療を施してきたか、今後、どういう治療をしていくかといった医学的な見地からの言及は一切なく、雅子さまの病気が治らないのは“週刊誌報道のせいだ”と一方的に責め立てる異例ともいえる内容だった。

BB 雅子妃の不調は、すべて週刊誌の雑音のせい?
宮内庁が「適応障害」と発表した当時の週刊誌も、国民の声も温かで、しかしもう17年間ですよ? 一向に治る気配もない雅子妃に、いったい「医師団」とやらがどんな治療をしているのやら、今後どうするつもりやら全く公表もされず、皇太子殿下は「プライベートなこと」として語らず、国民にはひたすら「温かく見守ってくれ」と。
17年間見守って、何も変化のない新皇后を見守れ、とは国民にはもう「諦めてくれ」と言われているようなもの。

そんななか雅子さまは、12月9日、天皇皇后両陛下に誕生日のご挨拶をされるため、おひとりで皇居・吹上御所を訪ねられた。

「雅子さまは挨拶された後、時間の許す限り、両陛下と話をされたそうです。美智子さまは、いまだ快復に至らない雅子さまのお体をとても心配されていたそうです」(宮内庁関係者)

BB 心配なさる前に、医師団の体制改革を考えられてみてはいかがでしょうか。皇后陛下は眞子さまの一件もそうですが「心配」なさるご慈愛のポジションに毎度、御自分を置かれるばかり。

そして美智子さまは、東宮職医師団の見解の内容をご存じだったのか、雅子さまに直々にこんなことを話されたという。

「美智子さまは、雅子さまに近寄られ、“心ない雑音を気にしていては、先に進めませんよ。落ちこんだり、くよくよしないように”といった旨の助言をされ、雅子さまに手を添えられたそうです。きっと報道を気にするのではなく、前を向いていきなさいという思いから、そんなことを述べられたのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)

BB 国民の声が、雑音。

振り返れば、美智子さまも1993年10月20日、59才の誕生日を迎えられた日、御所の応接室でお倒れになった。幸いに意識はすぐに戻ったが、失声症になられた。

それほどまでにお心を痛められたのは、美智子さまを皇室の“女帝”に擬した一連の“バッシング報道”に苦悩されたからだった。

BB覚醒 だって現実、強大な実権を有され皇室内にその力を振るわれていらっしゃる女帝であるのは、事実でしょうに? 
失声症へのかすかに兆した疑念は、過去に記事にしたことがありますが・・・・

現在、皇后陛下が「女帝」であられるのは衆目の一致するところ。

だが陛下をはじめ、紀宮さま(当時)、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら、ご家族の温かい励ましに支えられ、哀しみをプラスの方向に転化された美智子さまは、それから7か月後にお声を取り戻された。

BB そう、「ピュリファイされました」という、いかにもキリスト教的言語と共に、回復宣言なのでした。ピュリファイ、浄化されました、とはいったい何に汚れていらしたのか? ご自分へ向けられるまっとうは批判さえ、皇后陛下にとっては「雑音」だったのでしょうか。

巷の左翼女性誌は、皇后陛下をトップに雅子妃の美化、擁護に明け暮れているというのに。

柔和なその微笑に、いまでは“国母”の思いを重ね合わせる国民も多い美智子さま。つらく厳しい状況も、いつかは必ず日が射すことを雅子さまにお伝えになりたかったのだろう。

BB かばうばかりで、ご指導も叱責もなし。いつも「お優しい」皇后陛下の像。

英霊の皆さまを「A級戦犯」として戦争犯罪人扱いなさる、国母? ですか・・・・。

※女性セブン2012年1月1日号