伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

歩くのは自身の足

2009-11-01 10:08:08 | 先祖供養について
私は毎朝、神祭りと先祖供養をしています。水交換の時間を除けば、手を合わせている時間は、線香三本を立てる時間も含めて1分間ほどでしょうか。とてもアッサリとしています。
先祖供養の効果と言いますのは、自分が抱える霊的ハンディの昇華です。ハンディをプラマイ0にして、それから後、生きるのは自分自身の努力です。先祖供養が自分の夢を実現させる手段では無いのです。人生を歩いて行くのは自分自身の足です。
ただ、この霊的ハンディが在るのと無いのでは、同じ日々の生活をしていても、生きる心境が全然違います。
家系の霊線の詰まりと言う霊的ハンディを抱えていますと、その反映を受けて何をしていても楽しく無いし、言葉に出来ない不安感が消えません。この状態で、生活の中で他人からのストレス刺激を受けますと、とても強いダメージを自分自身で感じてしまいます。
もし、寄り代による感謝の先祖供養3本の積み重ねにより、霊的ハンディの磁気をアース放電させていれば、同じ様なストレス刺激に対しても明るく受け流す事が出来てしまいます。
ここで勘違いをする事は、先祖供養をしていれば他人からのストレス刺激を受ける機会が来なく成るのでは「無い」のです。生きていれば、人間には色々な事が在るものです。それが人生です。
性老病死に対する悩みは、生きる限り誰にでも「在る問題」です。決して「無くなる」のでは無いのです。ただ、自分の心を痛める様なダメージ影響を受けるのか、受けないのかが人それぞれ違うのです。

家系の霊線の浄化が進み、霊的ハンディが軽減するに従って、心身ともに強く成って行きます。
自動車の運転一つにしても、心に余裕の在る安全運転が自然と出来ます。霊的ハンディを抱えていますと、運転していても他の事を考えてしまい前方周囲に集中していません。自然と速度超過にも成り、タイミングが悪ければ事故もするでしょう。霊的ハンディが大きい人ほど、心の余裕の無さ故にスピードを出すものです。
ここで事故の原因を、自分以外の霊的な物の責任にしたがる人が居ますが、原因はあくまでも自身の不注意です。自分自身の不注意を反省せずに他に霊的原因を捜す限り、その様な人は再び事故を起こすものです。ここで御祓いや除霊をして安心していれば、余計に早い時期に再度の事故をしてしまいます。注意しましょう。

ここで再度振り出しに戻る、皆さんが迷う事を書きます。
感謝を捧げるだけの神祭りと先祖供養3本を淡々と実行していますと、自分の脳内に自然とイメージできる夢は、実現し易く成ります。また、嫌な事にも遭い難く成ります。望まなくても良い事が向こうから来ます。これは、普通の事実なんです。
自然とその様に成りますが、もし悪い事が起こっても素直に受け入れる事も出来てしまいます。
しかし、これを先に望んで念頭に置き、先祖供養しては生けないだけです。 焦らずに、たんたんと行きましょう。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
    

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私の返答が無いコメントは、霊的な問題では無いと言う事です。
個人的な相談はメールでは無く、コメント欄でお願いします。

コメント (571)
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