ゆうわファミリーカウンセリング新潟 (じーじ臨床心理士・赤坂正人)     

こころと暮らしの困りごと・悩みごと相談で、じーじ臨床心理士が公園カウンセリングや訪問カウンセリングなどをやっています。

下坂幸三『摂食障害治療のこつ』2001・金剛出版-摂食障害とその家族に向き合う

2024年05月15日 | 心理療法に学ぶ

 2019年5月のブログです

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 下坂幸三さんの『摂食障害治療のこつ』(2001・金剛出版)を再読しました。

 先日、同じ下坂さんの『拒食と過食の心理-治療者のまなざし』(1999・岩波書店)を再読して、かなり勉強になったので、その続きです。

 この本もかなり久しぶりの再読。

 最近は摂食障害の患者さんにお会いすることがあまりないので、つい足が遠のいてしまいました。

 本書のほうが岩波本より2年後に出た本で、出版社も精神医学関係の会社からであり、少しだけ専門的かもしれませんが、基本はぶれていません。

 今回、印象に残ったことを、一つ、二つ。

 一つめは、繰り返しになりますが、面接論で、患者さんや家族の発言をなぞるように繰り返して、要約することの大切さ。

 このことはよく言われますし、たまたま、今読んでいるサリバンさんも同じことを強調していて、本当に重要な点だと思います。

 下坂さんの場合は家族面接をされますので、それを患者さんと家族の前で実践し、同意は無理でも、それぞれに確認をすることの大切さも述べられます。

 このように、それぞれの考えをていねいに聴いて要約し、みんなで確認することの重要性を下坂さんは、前書でも協調されていますが、本当に重要な点だと思います。

 じーじも家族面接で実行してみたことがありますが、特に、家族がこれまで言えなかったことを言えた、という経験をされることが多かったように思います。

 そして、下手をすると論争の場になってしまうこのような場で、治療者が治療者として生き残ることで、患者さんや家族の不安を受けとめることにもなると述べます。

 二つめは、面接のていねいさについて。

 たとえば、ものの見方が善悪に極端に分裂してしまう患者さんに、少しの反対面を確認し、患者さんの強迫性を崩すこと。

 原因より現象をていねいに語ってもらい、生身の姿を確認することで、やはり強迫性を崩すなど、現実を見据えて、互いに確認することの治療性を説きます。

 いずれも、治療現場で下坂さんが手探りで実践してこられた方法ですが、フロイトさんをご自分なりにていねいに読み解いて、実践されてきた重みが感じられます。

 空理空論でない、現場からの誠実な声に学ぶところがたくさんあります。

 さらに勉強を続けていきたいと思います。     (2019.5 記)

 

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イザベラ・バード(高梨健吉訳)『日本奥地紀行』1973・平凡社-英国婦人による明治11年の日本紀行

2024年05月15日 | 随筆を読む

 2021年5月のブログです

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 先日、テレビを観ていたら、英国の旅行家イザベラ・バードさんの特集番組の再放送をやっていました。

 とても面白かったので、本も読もうと思い、本棚を探したところ、じーじにはめずらしく、すぐに見つかったので(?)、久しぶりに読みました。

 バードさんの『日本奥地紀行』(高梨健吉訳・1973・平凡社)。

 1878年(明治11年)にバードさんが通訳と2人で東日本を旅した時の紀行文で、横浜から関東、東北、北海道の日高地方まで旅した記録です。

 まだ道路がまったく整備されていない明治初期、人力車や馬、徒歩などによる旅行です。

 しかも、泊まる宿屋もノミや虫でひどいところが多く、さらに、外国人を初めて見る人々は、バードさんの泊まる部屋の障子にたくさんの穴を開けて(?)、興味津々と眺めます。

 そういう旅を続けて、北海道まで、3か月の旅です。

 いろんな苦労を重ねるバードさんですが、しかし、なんというか、その文章の底のほうには英国人特有というか、先日の登山家のウェストンさんもそうでしたが、ユーモアと温さがあります。

 もちろん、日本の農村の貧しさや不衛生さ、それなのに、西洋の物まねや軍事増強に走っている明治政府を痛烈に批判しますが、一方で、貧しくとも真面目で正直な庶民への視線は優しく、温かです。

 われわれが忘れがちな、昔の日本の庶民の良さをうまく描けているように思います。

 時代は日清、日露、太平洋戦争を経て、多大な犠牲の上に、ようやく日本の庶民も平和憲法を手に入れましたが、それも今日、再び、危うくなってきています。

 英国婦人を感心させた日本の庶民の良さを大切にしていきたいなと思います。    (2021.5 記)

  

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