tokyoonsen(件の映画と日々のこと)

主に映画鑑賞の記録を書いています。

『行き止まりの世界に生まれて』…僕らが出来ることは、ジャッジを減らし愛することを増やすこと。

2023-04-29 23:59:37 | 映画-あ行

 『行き止まりの世界に生まれて』、ビン・リュー監督、2018年、93分、アメリカ。原題は、『Minding the Gap』。

 第91回アカデミー賞/長編ドキュメンタリー部門、第71回エミー賞/ドキュメンタリー&ノンフィクション特別番組賞、ノミネート。オバマ元大統領が2018年の年間ベストムービーに選出。

 

 

 アメリカ、イリノイ州ロックフォード。

 ラストベルト(錆びついた工業地帯)に位置するこの町で生まれ育った青年、キアーとザック。二人を追うビン・リュー監督もロックフォード育ち。三人の共通点はスケートボードだ。

 自由そのもののようなスケートビデオから始まるこのドキュメンタリーは、キアーへのインタヴューと、ザックへの視線を通して、彼ら自身を取り囲む問題、主に家庭内暴力とその連鎖をあぶり出す。

 「初めて撮ったのは14歳の時」という仲間達のスケートビデオに始まり、12年の歳月が、約1時間半の作品に収められている。

 

 カメラの前で青年達は打ち解けている。「この撮影をどう思う?」と尋ねられたキアーは、笑って「無料セラピーだ」と答える。

 対して、中々本心を見せなかったザックは、完成した作品を見て、涙したという。

 「ザックは、人生で生まれて初めて自分自身をしっかり`見てもらえた’と感じたと思う」と監督は言う。

 

 自分自身や、自分の好きなことを、受け入れられたと感じる経験を持たなかったザックだが、撮影を通して、また完成した作品に、その孤独を共有する他者を見た。それは、自分に向けられたカメラであり、同じような孤独を語る友人の姿であり、そしてまた作品を観る自分自身だったかもしれない。

 

 自らも継父の気まぐれな暴力にさらされ、「世界を因果関係に欠けるものとして認識していた」と語る監督は、仲間の青年達が(年齢的に)大人になる段階において、つまづき、薬物の犠牲になり、刑務所行きになり、または「それ以上のひどいこと」になってしまう現実を、無視できなかったと語る。

 

 物言わず、仲間に寄り添っていたカメラは、後半、ザックの暴力問題から動揺を見せ始める。監督自身を捉え、家族を捉え、これまで語られることのなかった自らの家族内の暴力について、切り込んで行く。

 このドキュメンタリーは、監督を含めた三人の青年の、心の歪みを解きほぐす作業そのものである。

 それはまた観る者の心を解きほぐす。身体的、心理的な暴力とその負の連鎖は、ロックフォードという町だけで起きるわけではない。

 

 (暴力をなくすために)「個人レベルでは、暴力が起きた時に、それをきっちりと指摘するということ。全体としては、ただ暴力を罰するのではなく、暴力が起きる前に止める方法を見つけていかなければいけないと思います。その唯一の方法は、そもそも社会の中で暴力が生まれるきっかけが何なのかを見つめていくこと。(略)」

 (リュー監督インタヴューより抜粋)

 

 少なくともこの作品は、蒙昧な世界に風穴を空け、世界が「行き止まり」ではないことを証明した。仲間を撮った個人的なドキュメンタリーであると共に、社会の問題、人間の心理に深く光を差し込んだドキュメンタリーだった。

 

****

 生き生きとしたスケートビデオでもあり、また幾つもの社会問題、課題を内包する本作。リュー監督の明晰で柔らかい言葉で、様々な問題についての考察から、本作制作のきっかけや、撮影方法、編集、ご自身について等、興味深く読ませてもらいました。

 映画配給会社ビターズ・エンドさんの「note」より、オンライントーク全文のリンクを自分への備忘録として。

https://note.com/bittersend/n/ne2ad829654b0?magazine_key=mfae213ec899e

(2020.9.6 新宿シネマカリテ)

https://note.com/bittersend/n/nc44e51ea6a84?magazine_key=mfae213ec899e

(2020.9.12 ヒューマントラストシネマ渋谷)

 

 

左から、キアー、リュー監督、ザック↓「スケーター仲間は僕にとっての家族だった。」

This device cures heartache.(このデバイスは心の傷を癒やしてくれる。)↓キアーがボードの裏に書いた言葉。

米中西部。古くから製造業、重工業の中心的役割を担うが、1970年代以降主要産業が衰退。町には廃墟となった建物も。

 

 

 

 


『幻滅』…密度、密度、密度、もはや爽快。

2023-04-23 02:45:09 | 映画-か行

 『幻滅』、グザヴィエ・ジャノリ監督、2021年、149分、フランス。原題は、『Illusions perdues』。

 バンジャマン・ボワザン、セシル・ドゥ・フランス、バンサン・ラコスト、グザヴィエ・ドラン。

 原作は、19世紀の文豪バルザックの小説。小説群「人間喜劇」のうち『幻滅_メディア戦記』(1843年)の映画化。

 

 

 爽快。そして降参、ひれ伏すのだった(笑) 観たのは少し前だけど、その密度を思い出すだけでワクワクする。

 

 ストーリー自体は、爽快という言葉はあまり相応しくない。

 田舎の詩を志す文学青年が、支持者であり不倫関係にあった伯爵夫人と共にパリへ上京。花の都パリで揉まれに揉まれる。ジェットコースターばりのスピード感は、脚色の勝利だ。

 貴族階級の虚飾に、言論の欺瞞、大衆の空虚。19世紀前半、フランス復古王政の頃の若干戯画的な話ではあるが、200年経った今に通じる普遍的なリアリティは笑うに笑えない。

 

 印象的なのは、印刷技術の発展と共に現れた、新興新聞社の描写だ。それまで王室はじめ貴族階級が独占していた「言論・マスメディア」という力が、庶民の手に渡ることにより、良く言えば躍動感を得、率直に言えば、金にまみれた謀略の手段として使われて行く。その小悪党の仲間となる主人公リュシアンだが、文才のあったリュシアンはみるみる間に、批評欄筆者として名を上げる。

 リュシアンという人物も興味深い。

 そう特別には思えない。野心や自負心があるとは言え、普通の若者の範疇だろう。しかし貴族階級への反発と憧憬が彼を駆り立てる。また稼がないと食べては行けない。文学への理想を忘れ、欲望に踊らされ、世間のコマとなって行く様子は、そう遠い出来事ではなく胸に刺さる。

 

 社会風刺のストーリーだが、そこには思いつく限りの人間の感情が、総出で埋め込まれていた。

 物語が見事な織物のように広がって行く。いや、もう、びっくり。社会・世間に向ける観察眼と共に、人間への深い洞察は、普遍性をもって心に染みる。ストーリーテラーであるのは勿論のこと。密度、密度、密度。

 

 幻滅とは__「幻想からさめること。美しく心に描いていた事が、現実には幻に過ぎないと悟らされること。」(Google:Oxford Languages)

 

 文豪バルザックはやはり天才なのか。ただの酒飲みで大食いのおっさんではなかった(失礼)。私は目の前のリュシアンの運命よりも、繰り広げられる物語のダイナミックさと緻密さにすっかり心を奪われてしまった。

 149分の長尺だが、後味はもはや爽快、かつ見事な「幻滅」。

 

 

 ちなみに終始ナレーションが付いており、時代背景や激しい状況変化に混乱することはなかった。ナレーションは構造上必要で(ラストに明かされる)、温かく、しかし距離を保ってリュシアンとパリを見つめる目を観客に与える効果があった。

 バルザック先生にすっかり敬服しながらも、原作は未読。読みたい気もするけど腰の引けてる自分がここにいる。すみません…。

 

 余談だが、私の好きなジャン=フランソワ・ステヴナンが結構重要な役で出ていて、パンフレットにもクレジットされており、お元気で活躍されていることも嬉しい。(追記※)

 グザヴィエ・ジャノリ監督は、文学部の学生だった時に、この小説の映画化を夢見たそう。約30年の歳月とその思いは、複雑さをとても分かりやすい形で見せることに成功した。私を、私達を楽しませてくれたことに深く感謝したい!

 セザール賞(2022年)で最優秀作品賞、最優秀助演男優賞(ヴァンサン・ラコスト)、有望新人男優賞(バンジャマン・ボワザン)など7部門を受賞。

 第78回ベネチア国際映画祭(2021年)、コンペティション部門出品作。

 

 

※追記・・ステヴナン氏は、2021年7月27日に享年77歳で亡くなっていました。この『幻滅』が遺作となってしまいました。全く知りませんでした。私達を大らかに啓発し刺激し、楽しませてくれたステヴナン氏に感謝します!どうぞ安らかに。

同年11月12月に行われた追悼特集上映とステヴナン氏について書かれた「NOBODY」誌のエッセイ(坂本安美氏)を貼っておきます。

https://www.nobodymag.com/report/n/abi/2021/11/post-10.html

 

 

ギラギラと活気のある野党系新聞社。批評は金で買われ、大衆は追随する↓

衣装、美術も素晴らしく見応えがありました↓セシル・ドゥ・フランスとグザヴィエ・ドラン。気品ある貴族役。

↓「このパリでは、悪質な人間ほど高い席に座る。」by 文豪バルザック

 

 面白かった!

 


『好きにならずにいられない』…フーシという男

2023-04-10 01:55:56 | 映画-さ行

 『好きにならずにいられない』、ダーグル・カウリ監督、脚本。2015年、94分。アイスランド・デンマーク合作。原題は、『Fusi』。

 

 主人公フーシを演じるのは、グンナル・ヨンソン。

 脚本は、俳優ヨンソンを念頭に書かれたそう。あんなにシャイではない、とヨンソン氏はインタヴューで言っているけど。

 

 「フーシ」には、不思議な魅力がある。

 いざとなれば行動力もあるし、真面目で、暮らしていく術もこころえ、手先も器用、自分の感情も把握していて、俯瞰で見る客観性も備えており、腕力もあるし、友達もいる。
 そんな何の問題もなさそうな男が、優しさ故に周囲のちょっかいを受けている。

 周りの世界のちょっかいに取り合わずに生きてきたフーシが、「恋」によって揺れ動き、新たな世界に一歩を踏み出す…。

 そんな話だ。

 

 あちこちに手を出しては引っ込める、周りの人物達のせわしなさも描かれる。妙にリアルな(身に覚えのある)落ち着きのなさが、フーシの魅力を引き立てる。

 容姿コンプレックスから自分の世界に閉じこもる男。いや、違う。出来る男「フーシ」は、上昇志向を持たない。

 高く高く空を飛びたいとは思わない。

 空港で働いていても、飛行機に乗りたいとは思わない。

 可視化された「ただ存在することの安心感」、とでも言えばいいのだろうか。せわしない判断を放棄して、「ただ在る」事を、その大きな体と重みで正に「体現」しているようにも見える。

 

 この新しい「ヒーロー像」が、北緯63度から66度に位置する北の国アイスランドから届けられた。

 「北欧インテリア風」なポップでかわいいラブコメかと思うと、全く違う。

 あまりに暗い音楽と、薄曇りの空と吹雪の夜が印象的な、世間から一つ突き抜けた、「ニューヒーロー」を描いた話である。

 「ニューヒーロー」の誕生。監督の意図をもし探るのなら、私ならそう結論しよう。

 

 

 フーシ、君のような人が増えたなら、世界はもっと幸せになれるのにー
 (by フランシス・フォード・コッポラ)

 

 

趣味はジオラマ(第二次世界大戦の戦闘を再現すること)↓親友も夢中。

さて、恋の行方は?↓続編も観たい!

ジャケ写詐欺と言われても仕方ないくらいのポップ加工(笑)↓でも作品自体は面白かった。

 


『マッシブ・タレント』…類いまれなる才能よ。

2023-04-02 18:56:02 | 映画-ま行

 『マッシブ・タレント』、トム・ゴーミガン監督、2022年、107分、アメリカ。ニコラス・ケイジ、ペドロ・パスカル、シャロン・ホーガン。

 原題は、『The Unbearable Weight of Massive Talent 』(類いまれなる才能の耐え難き重さ、の意)。

 

 重層的、分裂的に、ニコラス・ケイジがほぼ本人ニック・ケイジを演じる、アクション・コメディ。

 まあとにかく、面白かった。劇場で声を出して笑ったのは久しぶり。

 

 いわゆるバディもの(男同士の友情)と家族の物語、そしてスパイ・ストーリーが重層的に展開する。そして「ニコラス・ケイジ・トリビュート」が全編に。その散りばめられ方が可笑しいのなんの。

 でも、ニコケイ映画を全く観たことなくても、問題なく楽しめる。昔観たものを結構忘れている私も、全然関係なく楽しめたので。

 それもこれも、本人以上の本人ファンが全部説明してくれるから。っていうのもまた可笑しい。大ファンであり大富豪のペドロ・パスカルの表情がまたふつふつと笑いを誘う。

 

 ニコラス・ケイジが多額の負債の返済と、実母の高額な介護施設代金を支払い続ける為に、自己破産をせず、B級映画に出演する道を選んだことは、知られている。

「1年に4本の映画を立て続けにこなしていたときも、全力を尽くせるだけの何かを見つけていた。すべての作品がうまくいったというわけじゃない。『マンディ 地獄のロード・ウォーリアー』のようにうまくいったものもあるが、うまくいかなかったものもある。だが、いい加減な仕事をやったことは一度もない。もし、私に関する誤解があるとすれば、この点だ。ただ仕事をこなしていて、こだわりをもっていないという……。私はこだわりをもって仕事をしていた」

(映画.com 記事より抜粋 https://eiga.com/news/20220325/8/ )

 

 

 …私の望みはただ二つ。(二つ?)

 一つは、ニコラス・ケイジが長生きすること。もう一つは、クリント・イーストウッド監督、主演ニコラス・ケイジの映画を観ること。

 微々たるものとは言え、その「類いまれなる才能の耐え難き重さ」(原題訳)に、この「全人類分の一」の期待がまた上乗せされるわけだけど、ニコラス・ケイジが今後とも、その才能に果敢に立ち向かうだろうことは、容易に予想できる。

 

 ※「全人類」は本編からの借用です。

 

 

一筋縄ではいかないバディもの。↓崖ジャンプは怖そうだけど気持ち良い!?

元妻と一人娘。↓そして斜陽のスター、ニック。

右下の「うさぎのぬいぐるみ」は『コン・エアー』(1997年)↓