トランペット軍団…いまではどこの応援団に見られる光景である。
しかし発祥は・・・赤ヘル軍団の黄金期に、広島市民球場からスタートした。
そして・・・わたしは、そのとき球場にいた。
あれは忘れもしない。
昭和53年の4月。
対巨人戦・・・
先発は高橋里志であったが、初回に4点を献上され3回で降板ト。
さて次のマウンドには、三輪だろうな~と思い、アナウンスに耳を傾けた。
すると・・・「ピッチャー江夏」のコール・・・
このコールに、スタンドの観客は大いに驚いた。
そしてカープは終盤大逆転し、江夏投手が勝ち投手。(確か5イニングを投げきった)
打っても江夏投手は3本の2塁打を放ち、まさにこの試合の大立役者であった。
話が脱線したが、この試合
私はセンターのバックスクリーン横にあるスコアボード下で父と弟の3人で観戦していた。
そして、7回カープのラッキーセブン。
この回、先頭打者ギャレットがバッターボックスに入ったときである。
背後から・・・トランペットの音が聞こえた。
振り返ると、一人のお兄さんが立ち上がり、アメリカ国家の吹奏を始めた。
この光景に多くの観客は驚きながらも、吹奏が終わると大きな拍手が起こった。
(当時巨人のセンターを守っていた柴田選手も、思わず拍手をしていた)
次の日・・・テレビで観戦すると、昨日のお兄さんはいつの間にか、山本浩二ファンクラブのハッピを着て応援団の仲間入り。
その後、カープがチャンスを迎えると、コンバットマーチを奏で、また山本浩二のテーマソングも考案し、球場を大いに盛り上げてくれた。
赤ヘル軍団が黄金期を築いた裏には、トランペット軍団の躍動も大きな原動力になったものである。
確か3打席連続2塁打と記憶してます
振り返ってみると
4番王は凄かったなぁ