新潟を拠点に活動するアイドルグループ「NGT48」メンバーの山口真帆さんの暴行事件をめぐる騒動は、未だに解決する兆しが見えない。ネットでは今村悦朗支配人(当時)の辞任を求める署名が行われ、5万人以上が賛同。その後、今村支配人に代わり、新たな支配人が就任した。14日に開かれたグループの運営会社「AKS」の会見では「騒動の責任を取ったわけではない」と否定し、“人事異動”とコメントしたが、スポーツ紙などでは「事実上の更迭」という報道が相次いだ。
この人事にファンの声が影響したのかどうかは定かではない。だが、お隣りの韓国では、ファンの抗議がアーティストや事務所を動かす事例が相次いでいる。
2018年9月には、世界中で絶大な人気を誇るK-POPボーイズグループ「BTS(防弾少年団)」の楽曲を秋元康氏が手掛けることに韓国国内のファンが猛反発。楽曲は“お蔵入り”になった。秋元氏が手掛けた過去の楽曲を引き合いに「少女を商品のように扱う」などの批判が噴出していた。
また、昨年12月には、韓国アイドルグループ「NU’EST W」が新アルバム購入者を対象にハイタッチ会、サイン会、2ショット撮影会を日本で予定していた。しかし、この発表を聞いた現地ファンから反発の声が上がり、「アーティストの人権侵害」「スケジュールがハードすぎる」といった抗議文が書かれた付箋がNU’EST Wの所属事務所の窓や壁に貼り付けられる事態となった。事務所側は公式ファンサイトにお詫びを掲載。イベントの中止が決定した。
韓国の芸能事務所がファンの声をここまで受け止めるのには理由がある。
「アイドル市場が小さい韓国では、どのアイドルも国外デビューを前提として日々練習に励んでいます。練習生の頃から歌やダンスに加えて英語はもちろん、日本語や中国語を学びます。さらに、アイドルやスターとしてのふるまいも教育されているので、『ファンあってこそ』の精神が強いのです」(韓国在住の日本人ライター)
世界進出を目指してほしいと応援するファンが、夜遅い時間にもかかわらずご飯を食べながらアイドルの練習場で“出待ち”する光景もめずらしくないという。
さらに、韓国ならではともいえる、ファンのこんな“推し”もある。
韓国の主要駅などに掲出されたアイドルの宣伝広告。楽曲リリースやコンサートなどの情報が書かれているかと思いきや、よく見ると「HAPPY BIRTHDAY」の文字が並んでいる。BTSやTWICEといった売れっ子ではなく、まだ無名のアイドルなのに、だ。いったい誰が出した広告?
「事務所やレコード会社ではなく、ファンが出しています。お祝いしたい気持ちだけでなく、世間に“売れている感”を出す目的もあるようです」(前出のライター)
この“売れている感”がポイント。韓国では、ファンがコンサート会場などに「祝い花」ならぬ「米花輪」を贈ることが多い。実はこれ、花や風船が添えられた「米俵」だ。
「会場に飾られた米花輪は児童養護施設などの福祉施設に届けられます。『この人のファンからお米をもらった』と感じてもらうことで、アーティストのイメージアップになる。それに、『この人を応援する人はこんなにもいる』という熱量を見せることもできます」(30代・韓流アイドルファンの日本人女性)
祝い花として使われるスタンド花の場合、公演が終わると花屋が撤去してしまうことも多い。それならば、少しでも役に立つ「お米を」という考えがあるようだ。なかには「練炭花輪」や「卵花輪」をプレゼントするファンもいるとか。
“売れている感”やイメージアップにつなげるためにあの手この手を使う韓国のファン。だからこそ、事務所側も自国のファンをむげにできない考えがあるようだ。
韓国のファンの声に応える流れでNU’EST Wのイベントは中止となったが、これに怒り心頭なのは日本のファンたちだ。SNSには、
<韓国で人気が出る前は日本のファンが支えていたのに>
<イベント内容に嫉妬したんじゃないのか>
<言えば何でも通ると思っているんじゃないか>
と、疑問視する声が多数上がった。
「韓国のアイドルを応援する時点で(日本とは)文化が違うことは理解しています。何かあれば一個人ではなくファンダム(熱心なファンの集まり)として抗議文を上げるので、事務所がフィードバックせざるを得なくなる。ただ、今回の騒動ではアーティスト自体のイメージも下がってしまいました」(20代・韓流アイドルファンの日本人女性)
なぜか。実は、事務所へのファンからの要望が加速したのはBTSと秋元氏の騒動を経てから、という声もある。
「BTSの一件があり、あの騒動が『強く抗議すれば要望が通る前例』になったというのがファンの見立てです」(前出のライター)
さらに、韓国在住ライターの菅野朋子さんは2017年8月に韓国政府が大統領府のホームページに国民が請願や提案できる掲示板を開設したことも、「声を上げやすい雰囲気」を国内で強めたと指摘する。
「この掲示板は、30日以内に20万人を上回る署名が集まった請願や提案に対して、政府が何らかの回答をするというものです。何でも書き込むことができるため、女優との不倫で騒がれた映画監督の逮捕を請願するといったようなバッシングや過激な投稿もありますが、実現するしないに関係なく、声をどんどん上げていこうという雰囲気が高まったと思います」
このような声を上げる文化に、売れている感を作り出す「ファンあってこそ」の精神が絡み合い、アーティスト側がファンに動かされるケースが目立つようになったのだ。SNS時代に生きるアイドルたちの苦悩もうかがえる。(AERA dot.編集部・福井しほ)