文在寅、支持率急落のピンチ…慰安婦問題、“第2の徴用工裁判”化の兆しも
文春オンライン / 2020年12月9日 11時30分
尹錫悦検事総長 ©️時事通信社
文在寅大統領の支持率が37.4%に急落。岩盤といわれた40%を割り込んだ(世論調査会社「リアルメーター」12月3、7日)。
不動産政策での失敗で低空飛行を続けていたが、さらに追い打ちをかけたのは、秋美愛法相と尹錫悦検事総長の熾烈なバトルだ。
事態は、「尹検事総長、懲戒か否か」という最大のヤマ場を迎えている。
秋法相vs尹検事総長に見えたが、実は……
秋法相と尹検事総長の対立は、子女の入試疑惑などで辞任した曺国前法相の後任として秋法相が今年1月に就任して以来、ずっと続いてきた( 1月17日掲載記事 参照)。
尹検事総長の側近らを人事異動で左遷し、政府関係者が損失を出したファンドへの関与疑惑の捜査では捜査指揮権を剥奪するなど、秋法相の一連の動きは野党などからは「露骨ともいえる尹検事総長追い出し」と批判されたが、与党からは「検察改革の一環」と擁護されてきた。
そして、11月24日。秋法相が尹検事総長へ懲戒請求を起こし、「職務執行停止」を命じると、事態は急展開へ。
刻々と状況が変わる中あぶり出されたのは、文大統領VS尹検事総長という構図だった。流れをざっと整理してみよう。
“文大統領”VS“尹検事総長”までの流れ
11月24日 秋法相が尹検事総長へ懲戒請求をおこし、「職務執行停止」を命じる。韓国憲政史上初めてのことだった。
11月26日 尹検事総長が行政裁判所に「職務執行停止の停止を求める」仮処分を申請。秋法相は検察へ尹検事総長の捜査を依頼。
12月1日 行政裁判所は尹検事総長の申請を認容し、尹検事総長は職務に復帰。
この日行われた法務省の検察監察委員会は、「法相の懲戒請求、職務停止、捜査依頼はすべて不適切」とする結果を発表。満場一致の決定と伝えられた。法務省の検事懲戒委員会の委員長を務めるはずだった法務省次官が「自分には(懲戒委員長は)できない」と突然、辞表を提出。2日に行われる予定だった検事懲戒委員会は4日に延期に。
12月2日 文大統領が異例ともいえる速さで新しい法務省次官を任命する。
12月3日 文大統領の支持率が前回から6.4ポイント下がり37.4%に。与党「共に民主党」の支持率も第一野党「国民の力」にわずかだが逆転される。沈黙を保っていた文大統領が懲戒委員会の運営について「その手続きが正当であり、公正であることが重要だ」と発言したと青瓦台が発表。
12月4日 検事懲戒委員会が10日に再び延期される。
身内ではなかった尹検事総長
文大統領の意志が図らずも表れたのは12月2日。通常なら時間をかけるはずの法務省次官任命が異例の速さで行われ、しかも、その人物が政府にかけられた疑惑事件の被告(政府側)の弁護人だったことだ。中道系紙記者は言う。
「李明博・朴槿恵政権時の積弊清算を次々と行った尹検事総長を身内と思って任命したが、曺国前法相への強硬な捜査を見てようやく、文大統領も与党も彼が身内ではないことに気がついた。
検事総長の任期は2年で来年7月まで。このままでは文大統領悲願の検察改革に後れが出るだけでなく、文政権に不都合なさまざまな疑惑にも捜査が入ってしまうと戦々恐々となった結果が、今回の尹検事総長への懲戒請求という無理筋につながっている。
韓国の検察は、他国には見られない絶大なる権力を握っていて、なにより『政治検察』といわれるように、時の政権に与して動くという悪習がある。ですから、検察改革は必ず行わなければなりませんが、今回の政権の動きは検察改革なんていう崇高なものではない」
そもそも、「職務執行停止」の理由として挙げられていた6つの疑惑には、「政治的中立を疑わせるような、退任後に政治家に転身するような発言をした」という荒唐無稽なものもあり、唯一取り沙汰され、抗議声明が採択されるのではといわれた「判事への違法な査察」も裁判官会議では案件にすらならなかった。
検察内からは当然、反発の声が上がり、韓国全国の地方検察庁などに所属する平検事全員が秋法相の決定に反対する声明を出し、世論調査でも56.3%が「秋法相の懲戒請求は間違っている」と回答した(リアルメーター、11月26日)。
こうした状況をみると、秋法相は四面楚歌なのだが。
文政権、3つの疑惑
現在、文政権に燻っている主な疑惑は3つある。2018年の蔚山市長選挙への青瓦台介入疑惑や、多大な損失が出た2つのファンドに青瓦台や政府機関の一部が関与していたという疑惑。そして、尹検事総長が30日、職務復帰後、すぐに捜査の速度を上げるよう指示した、原子力発電所「月城一号機」に関する文書破棄疑惑事件がある。
文政権は政権発足から「原発ゼロ」を掲げていて、2019年12月には、「月城1号機」(1983年から稼働)を閉鎖させることが最終決定された。その根拠のひとつとなったのが、利用率の低さなどからの「経済性の低さ」だったが、故意的に低く見積もられ、関連文書が破棄された疑惑が浮上し、最近、検察の捜査が入っていた。文書を破棄したとされる産業通商資源省の公務員3人は取り調べを受け、2人が逮捕されている。
現在、捜査の焦点は、文書破棄はあったのか、あったとすれば誰の指示によるものだったのかだ。
取り調べを受けたひとりは、「月城1号機はあと2年6カ月は稼働させる必要がある」と書いた報告書を当時の産業通商資源相に提出した際、「お前は死にたいのか?」といわれたと供述しており、また、文書を破棄したとされるひとりは、「(指示はなかった)私に神が降臨した(それで破棄することになった)」と話したと伝えられ、さらなる波紋を呼んでいる。
いずれにしても文政権は負け戦
文政権は12月4日、雰囲気刷新の狙いもあったのか、大臣クラスの人事を行った。不動産政策で批判があつまっていた国交相などが交代となったが、秋法相は続投となり、「10日の検事懲戒委員会で尹検事総長の懲戒の可能性が高くなった」と囁かれる。
では、文大統領が懲戒、解任の裁可をすれば、尹検事総長は解任されるのか。前出記者が続ける。
「そうなっても、尹検事総長は行政裁判所にこの結果を不服とした仮処分申請をだすでしょう。そこで、もし、行政裁判所が尹検事総長の訴えを認容すれば、文大統領の求心力は低下するどころの話ではなくなる。また、もし、懲戒委員会が処分なしという結論を出せば、今までの騒動はなんだったのかと世論の反発は必至で、いずれにしても文政権にとっては負け戦です。
このまま支持率を落とし、来春のソウル市、釜山市長選挙で負ければ、『今後20年は進歩政権』と豪語していた次の大統領選挙も与党にとっては危うい」
加えて、対日関係にも懸案
こんな騒動のさ中、こっそり予定が変更されたものがあった。
元慰安婦ハルモニ12人が日本政府を相手に起こしていた裁判の判決が12月11日に出る予定だったが、来年1月8日に突然、延期された。2013年に提起され、裁判が始まったのは、2015年12月に結ばれた「慰安婦合意」の翌2016年1月末から。「だまされたり暴力により慰安婦として連れて行かれた」として、ひとりにつき1億ウォン(約960万円)の損害賠償を求めている。
この判決期日の延期の背景を巡っては、「裁判所が日本に融和モードの韓国政府に忖度した」「新しい判例(この裁判での日本の主権国家免除を認めない)となるため準備が必要となった」などの憶測が飛んでいる。ちなみに、他の元慰安婦ハルモニ20人が日本政府を相手に起こしている同様の裁判もあり、その判決は来年1月13日が予定されている。
文政権は「慰安婦合意」を事実上破棄しているが、慰安婦問題では日本にはこれ以上話し合いを求めないとしている。しかし、もし日本政府へ損害賠償を求める判決がでれば、徴用工問題と同じ構造となる。文政権はどう対処するのだろうか。
(菅野 朋子)
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