[日韓の現場]文大統領の実像<1>「元徴用工」の利益 最優先
2000年5月、韓国の元徴用工が、第2次世界大戦中に日本の三菱重工業に強制的に働かされたとして、釜山地裁に損害賠償請求訴訟を提起した。当時の原告代理人の一人が、人権派弁護士として名をはせていた文在寅氏だった。
訴訟を持ち込まれた釜山総合法律事務所の鄭宰星弁護士(59)が事務所代表だった文在寅氏に相談すると、文氏は「良いことだから助けましょう」と快諾した。
それまで、元徴用工訴訟は日本の裁判所で敗訴が続き、三菱重工訴訟は韓国の裁判所で日本企業を相手にした初の裁判だった。
文在寅氏自身も口頭弁論に出廷し、原告や市民団体、日本の支援者の弁護士らが傍聴に訪れると、食事の席を設けて「頑張って勝訴しよう」と激励したという。
韓国大法院(最高裁)は18年11月29日、原告の主張を認め、三菱重工に対し、原告1人当たり8000万ウォン(約800万円)の賠償支払いを命じる確定判決を下した。
1965年の日韓請求権・経済協力協定は、両国間の請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記している。日本政府は判決は協定違反という立場だ。これに対し、文大統領は、原告の意向を最大限に尊重すべきだとの「被害者中心主義」を掲げている。日韓は平行線をたどり、両国間の最大の懸案となっている。
国家間の合意よりも当事者個人の言い分を優先させる文大統領の発想の背景を探ると、「人権派弁護士」の経歴に行き着く。
文大統領の外交ブレーン文正仁大統領統一外交安保特別補佐官は、「被害者中心主義は、人権派弁護士だった文大統領の信念であり、哲学だ。(他の考えを)押しつけるのは難しい」と説明する。その上で、文特別補佐官は、国家の合意を順守すべきだという日本の姿勢を「国家中心主義」と呼び、現在の日韓の対立を「国家中心主義と被害者中心主義という二つの哲学が衝突している」と表現した。
弁護士の役割は、何よりも依頼者の利益を守ることにある。一方、大統領職は、特定個人の利益に偏らずに国家・社会の利益を追求し、国家間の信義を守ることも求められる立場だ。文大統領は弁護士の思考回路から抜け出せず、大局的な判断を下せていないのではないか――。「被害者中心主義」へのこだわりは、そんな疑問を呼び起こす。
原告元代理人が「政府見解」…盧大統領側近 二足のわらじ
三菱重工業に対する「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」訴訟を引き受けた韓国の釜山総合法律事務所は、後に大統領になる盧武鉉氏と文在寅氏が1982年に設立し、共同代表を務めた。軍事政権下では、「民主化の拠点」とも言われた。
盧氏が2003年2月に大統領に就任すると、文在寅氏も側近として大統領府入りし、行政の立場で元徴用工問題に関与することになった。日本の植民地支配の「被害者」に対する救済方針を決めるため、05年3月に発足した首相の諮問機関「官民共同委員会」(21人)に、大統領の最側近ポストの一つとされる民情首席秘書官として加わったのだ。民情首席秘書官は、大統領の法律顧問ともいえる。
文正仁・大統領統一外交安保特別補佐官によると、文在寅氏の強い主張によって「被害者の委任がないまま政府間で締結した協定によって個人の請求権を消滅させることはできない」という政府見解がまとまったという。1965年の日韓請求権・経済協力協定で両国間の請求権問題は解決済みだと規定されているにもかかわらず、日本企業に賠償を命じた大法院の判決と軌を一にする理屈だ。
2005年3月14日の委員会初会合では、文在寅氏が関わった三菱重工業訴訟など、日本を相手にした訴訟が相次いでいることが紹介された。06年3月の最終会合では、日本企業を相手にした訴訟に関し、「政府が民間団体などを通じて間接的に被害者を支援する案を検討することが必要」ということまで確認された。こうした経緯は、07年発行の「国務総理室韓日修好会談文書公開等対策企画団白書」に記されている。
文在寅氏は、こうした政策決定に加わりながらも06年11月まで、少なくとも書類上は三菱重工訴訟の代理人の立場にあった。原告の利益を追求する「担当弁護士」と、大統領府の法律顧問の二足のわらじをはいているのではないかという疑問の声が、国内で上がった。
検事出身の野党・自由韓国党の郭尚道国会議員は昨年8月7日、利益相反の防止義務を定めた公職者倫理法や、公務員として職務上扱う事件の受任を制限する弁護士法に抵触する可能性があると指摘した。
大統領府関係者は本紙の取材に、「文在寅氏は公職に就いた03年2月以降、弁護士を休業した。原告代理人の解任届は弁護士事務所の業務だった」と説明し、弁護士事務所が解任届を出し忘れただけだったと語った。
だとしても、大統領として元徴用工問題に取り組むにあたり、「原告代理人」という過去の自分から脱却できているのか。
文大統領自身、盧氏から民情首席秘書官就任を依頼された時の戸惑いについて、「法律家として法律は熟知していても、国政に関しては世間知らずで頭でっかち同然だった」と自伝に記している。
野党のある国会議員は大統領府で昨年、元徴用工訴訟を巡って文大統領と意見交換した時のことに関し、「大統領は法律論ばかり繰り返していた」と明かした。
国家間の合意に無頓着な姿勢は、慰安婦問題でも貫かれている。
文政権は17年5月の発足後、保守の朴槿恵前政権下の15年末に発表された慰安婦問題を巡る日韓合意を検証した。文政権は、急進的な市民団体の支援を受ける一部の元慰安婦らが合意に反対した点に着目し、合意が元慰安婦の「意思を適切に反映していない」(康京和外相)と結論づけた。19年7月には、合意に基づいて元慰安婦を支援してきた「和解・癒やし財団」を解散させ、事実上、合意をほごにした。
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