〈飢えと寒さに皆が戦く どん底の生活 闇に戦く〉 炭坑労働者後藤謙太郎の詩
どん底の生活より
煤煙(ばいえん) 塵芥(じんかい) 漲(みなぎ)る毒瓦斯(ガス)
日光は閉され 空気が湿(しめ)り
汚物の臭ひ タールの臭ひ
さてまた機械のやみなき騒音
心は乱され 眠りは奪はる
闇の底から呻きが洩れ来る
肺病 喘息の咳が震へる
チブスに刺され コレラに悩む
どん底の生活 人生の墓場
飢じい心の声を嗄(から)して
天を恨んで盲人が芸する
雪の降る日に子供が踊る
四辻にさらされて子供が踊る
泣くよな声で唄って踊る
路傍の奴等が黙って見て行く
哀れな少女が稼ぎに出掛ける
雪の降る夜に素足で出掛ける
肉の切売り パンの一片
どん底の生活 制度の悪夢
工場を追はれ 社会を追はれ
仕事を奪われ たった一つの
健康も奪はれて穴に追はれる
百軒長屋の穴に追はれる
光も 熱も 朝の空気も
只一枚の新聞も奪われ
飢えと寒さに皆が戦く
どん底の生活 闇に戦く
採炭夫の歌
底だ 底 底 どん底だ
この世の底だ どん底だ
もしも堤防が崩れたなら
瓦斯ガスが爆発したならば
水攻め 火攻め その上に
天井がバレたら生き埋めだ
底の底なるどん底に
この世の底のどん底に
俺は炭掘る採炭夫
飽食暖衣のブルジョアの
****が見憎けりゃ
腕にゃ覚えたツルがある
汚れた世界の果までも
赤い血潮で染めてやる。
(三池炭坑時代・『労働・放浪・監獄より』後藤謙太郎1926(大正15)年4月)
雪の線路を歩いて
貧しさの為に俺は歩けり
ひとすじの道 雪の線路を俺は歩けり
貧しさの為に歩ける俺には
火を吐きて 煙を挙げて
罵る如く 汽笛を鳴らして
走りゆくあの汽車が憎し
文明の利器なれども俺には憎し
ひもじさの為に疲れて歩ける俺には
それ食えがしに汽車の窓より
殻の弁当を投げつくる人の心が憎し
とりわけて今 村を追われて歩ける俺には
スチームに温められて
安らかに旅する人の心はなお憎し
われ等が汗にてなりし
秋の収穫を取り去る代りに
彼の怖ろしき文明の病毒を運び来る
あの汽車は
毒蛇のごとくたまらなく憎し
毒蛇のごとくたまらなく憎きはあの汽車
野獣の呪いのごとく 夜も日も唸りて
若き男女の幾群を
ああ痛ましき都会の工場に送り出す
たまらなく憎きはあの汽車
(五行抹消)
貧しさの為に歩ける俺には
村を追われて歩ける俺には
ひとすじの道 雪の線路を歩ける俺には
文明の利器なれどもたまらなく憎し
(1926年4月後藤謙太郎遺稿集刊行会刊『労働・放浪・監獄より』)
スパイ
スパイ!
スパイ!
憎むべきは彼(か)のスパイ!
われ等が運動の深刻になれば
それにつれて活躍せんとする彼(か)のスパイ!
ある時はまことなる勇士のごとく
手に旗をとりて行列の先頭に立ち
またある時は群衆の中にビラを撒きて
最も熱烈なる勇士の如く振る舞ふ
貧困と欠乏の中よりなりし
われ等の新聞のことごとく押へられしも
われ等の同志の幾人が また幾十が
妻子を残して牢獄の中に呻吟するも
すべて憎むべき彼(か)のスパイの活躍
彼(か)もまたわれ等が物質的弱者なるを利して
怖るべき金銭の誘惑をも試む
あゝ吾等の同志の如何に多くが
この厭はしき陥穽(かんせい、落とし穴)に掛かりとことぞ!
同じ国 同じ人種に生まれて来て
同じ苦痛をなめながら
敵に身を売る
おゝ憎むべき彼(か)のスパイ!
(1926年4月後藤謙太郎遺稿集刊行会刊『労働・放浪・監獄より』)
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後藤謙太郎
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生年:1895(明治28)年
没年:1925(大正14)年1月20日
熊本県葦北郡日奈久町(八代市)生まれ。三井三池、松島、伊田などの炭鉱労働者。労働運動、反戦、反軍活動に奮闘した。労働社、ギロチン社にも関係。国内各地や中国東北部(満州)をまわった。獄に繋がれても、全国各地の監獄から『労働者』『小作人』『関西労働者』『労働者詩人』などに詩、短歌を寄せた。1922(大正11)年岡山、金沢などで兵隊に反軍のビラをまいた軍隊宣伝事件で2年の刑に処せられ、1925年1月20日服役中の東京巣鴨監獄で自殺?と発表されたが、友人たちは自殺を信じていない。<著作>『労働放浪監獄より』
後藤謙太郎詩歌集-労働・放浪・監獄より
http://www.kamamat.org/a-ken/book/b-pdf/gotou-ken/gotou-ken.html
どんぞこの生活より
後藤謙太郎
http://www.kamamat.org/a-ken/book/b-pdf/gotou-ken/roudou005.pdf