また岡村課長が呼んでいる。
「山崎、上ノ国は商品にはならないみたいだな。
代わりを考えているか?」
「そうですね、奄美大島はどうでしょう。」
「ふむ。いいかも知れない
見てきてくれ」
また出張だ。
今回は智美を連れずに行こう。
悪い予感がする。
航空会社に予約を入れ、いつものように早退し、準備にかかった。
そこに智美がやってきた。
「どこ行くの?また出張でしょう。どうして私を連れて行ってくれないの」
「うん、今回は誰も連れて行くなと念を押されてるんだ」
「ふうん、どこへ行くの?」
「奄美大島」
「じゃあ、気をつけていってね」
やけにあっさり引き下がった。何を考えているんだろう
翌日奄美大島の空港に立って驚いた。
智美が笑って立っていた。
「同じ便で来たのかい?
でも、どうして?」
「山崎さんの行くところにはどこでも一緒にいたいのよ」
「まいったなあ・・でも、来てしまったものはしょうがない」
僕は予約してあったレンタカー会社を探した。
すぐ見つかった。
レンタカー会社の車で、空港の目の前の事務所まで送ってもらった。
借りたのは1.300ccの3ドアハッチバック。
すぐ乗り込んで出発した。
今日はもう夕方近いから、ホテルに直行だ。
綺麗なリゾートホテルだった。
昼食がまだだったので、ホテルで軽食を取った。
部屋の窓を開けると真っ青なプールが目に入った。
「ねえ、山崎さん、泳ぎましょうよ。水着持ってきてるんでしょう?」
持ってきていた。
夕食までまだ時間がある。
泳ぐことにした。
水の中はとても気持ちよく連続出張の疲れがとれるようだった。
水の中で智美が戯れてくる。
水をかけて追っ払う。
まるで新婚旅行だ。
ひとしきり泳いだ後、海を見に行った。
海流が早いため水泳禁止だが蒼い蒼い美しい海だった。
シャワーを浴びて部屋に戻った。
夕食の時間だ。
今日はバーベキューを注文して置いた。
美味しい美味しい、と智美はご満悦だった。
確かに美味しかった
夕陽が沈み空が暗くなると、カシオペア座が顔を出した。
この星座は見方によれば蛾に見えないことはない。
奄美大島は大島紬で有名。蚕をおもいださずにはいられなかった。
智美のリクエストで夜のプールを楽しむことにした。
潜ったり飛び込んだりしている智美の上に、
カシオペア座が輝いていた。
今回の旅は蚕がキーワードだな、と漠然と思った。
するとどこからともなく大きな蛾が飛んできて、
プールサイドにとまった。
まるで何かを訴えているかのように、ぼくをじーっと見つめていた。
プールから上がってシャワーを浴び、バーでカクテルを飲んだ。
さあ、明日から大島紬探索だ。
朝食はバイキングだった。智美は山ほど皿に盛ってきた。
残さず食べれるのか心配だったが、綺麗にたいらげた。
車に乗り、「大島紬の里」を訪れた。
そこでは大島紬の染めから織りまでの実演を見ることが出来た。
昔は蚕の繭から糸を紡ぎだしていたのだが、今では県外から糸を取り寄せているらしい。
僕はふと蚕の気持になった。せっかく繭を作りだしたのに人間がそれを取り上げてしまう。
そしてまたせっせと繭をこしらえる。
哀れに思った。
しかし、その糸をなんども染め、織り、大変な作業で作り上げた、大島紬。
江戸時代はすべて薩摩藩に取られてしまったらしい。
薩摩藩と言えば、西郷隆盛が流されたのもここ奄美大島だった。
奄美大島は色んな怨念が詰まった場所なのだろう。
園の出口付近の森で綺麗な鳥に出逢った。聞けばルリカケスだという。
出口で智美が言いだした。大島紬を織ってみたいという。
もちろん観客用の体験で用意されているものである。
「じゃあ、僕は取材があるので一人でやってなさい。
後で迎えに来るから」と言い、僕らは別れた。
その時僕は台風15号が近づいていることを知らなかった。
西郷隆盛の暮らした村を取材し、大島紬村に戻ったのは夕方だった。
雨風が強くなってきている。
受付で聞くと、智美は既にバスで出発したとのことだった。
どこに行ったのか分からない。
心配だ。台風が来てるのに。
とりあえずホテルにとって返した。
しかし、やはり智美は帰っていなかった。
いったいどこに行ったのか。
僕は待つことにした。
他にしようがない。
雨風はさらに強くなってきている。
8時頃、ホテルの前にタクシーが停まった。
智美だった。
「何勝手してるんだよ。大型台風なんだぞ」
「ごめんなさい、台風、知らなかった。教えてくれてた人が
本物の大島紬を見せてくれるって言うもんで。
お邪魔していたの」
「何もなくてよかったよ。智美はいつも勝手なことをして僕を困らせる」
「本当にごめんなさい。これからは気をつけるわ」
分かったもんじゃない、と心の中で呟いた
遅い晩ご飯になったがホテルは対応してくれた。
居酒屋のような店の中で地元の魚を料理してくれた。
とっても美味しかった。
「困ったな。フロントによると、台風はちょうどこの上を通過していくらしい。
明日は取材どころじゃなくなるな。
ホテルに籠もりっきりになりそうだ。
翌朝僕たちはゴーっという台風の音で目が覚めた。
どうやら停電のようだ。
窓から見る景色は揺れる椰子、波立つプール。
「まいったな」
「いいじゃない。山崎さんとゆっくり過ごせるわ」
と智美はのんきだ。
フロントに行ってみた。
今日チェックアウトして帰る客が困り顔でフロントマンと話していた。
飛行機が飛ばないらしい。
仕方なくもう一泊を余儀なくされていた。
朝食会場でも、泊まり客が不安な様子で食事をしていた。
智美は不安どころか、昨日にもまして大量の食事をとった。
部屋に戻るとどこから入ったのか大きな蛾が入っていた。
「これ、蚕の蛾よ。」
蛾など大嫌いだが蚕の蛾ともなれば大切にしてやろう。
「ねえ、やることもないことだし、プールで泳がない?」
「台風の中だぜ。危ないよ」
「へいきへいき」
智美は水着を出して着替え始めた。
仕方ないので僕も水着に着替え、プールに向かった。
強風で体を持って行かれそうになったが、
プールの中にはいると安全だった。
智美がふざけて水をかけてくるが、雨でとうにびしゃびしゃだった。
その時大きな蛾が飛んできてプールに着地した。
助けてやろうとすくい取ったのだが、とうに死んでいた。
「今のも蚕の蛾よ。何かあるのかしら」
「さあ、わからない」
部屋に戻ってシャワーを浴びた。
今日の夕食はバイキングだった。
相変わらず智美は大量に盛ってきた。
「そんなに食べてよく太らないね」
「あら、体質じゃないかしら。子供の頃からそうよ」
「ふうん」
食事が終わって部屋にはいると、わ、と驚いた。
部屋中が蚕の蛾でいっぱいだった。
気味悪いったらない。
ドアを閉めてフロントに走っていった。
フロントマンは怪訝な顔をして、一緒について来た。
ところがドアを開けると蠅一匹いなかった。
「なんか、幻でも見たんじゃないですか」
「いや、確かに大量の蛾がいたんだ。
二人一緒に見たんだから間違いない」
フロントマンは、「また何かあったらおっしゃってください」
と言って去っていった。
その夜は二人とも寝れなかった。
台風はまだ頭上に居座っている。
すると窓を叩く音がした。
ばちばちという音だ。
カーテンを開けてみると、無数の蛾が飛び交っていた。
その一部が窓ガラスにあたってつぶれている。
「なんなんだこの島は。蚕の怨念に覆われているのか」
「ねえ、山崎さん、私気持ち悪いわ」
「僕だって気持ち悪い。明日台風が去ったら、さっさとおさらばしよう」
その夜は一睡もしなかった。
腕の中で智美がぶるぶると震えていた。
朝になったので朝食を食べ、空港に行った。
台風は過ぎ去っていた。予定どおり飛行機が飛ぶことを確認し、
ホテルに帰った。フロントで奄美大島の地図を見ているとき、
不思議なことに気づいた。奄美大島と石川県の形が鏡写しでそっくりなのだ。
フロントで地図を借りたが間違いない。いったい・・
石川県も蚕に関わっているのだろうか。
謎を残したまま僕たちは奄美空港を後にして機上の人となった。
完