SCENE 17
「もしもーし。おひさー。このあいだはどうもぉー。やってくれたわねえ、あの企画書にはブッ飛んだわ。取り方によっちゃ社長をコケにしてるようにもみえる。してるんでしょうけど。ずいぶんかけたわねえ...
――ちがうわよ。誉めてるのぉ。やっつけにしては予想以上だったかし、でき過ぎててさすがにどうしたもんかと迷いがあるまま始めたら、会長さんに見透かされてパニックになったぐらい。あれはあれで活用できたから結果オーライなんだけどね...
――うん、うん。そうよ、今回のはやっつけでやんないでね。そうね、最初の導入部はそれぐらいにしといて...
――そーよお。誰だってね。嫌々やる仕事より、やりたい仕事の方が楽しいでしょ。社長がムチャ振りするから、カオを立てるためにとりあえずカタチにしただけでしょ。時間もなし、ハキもなし。なんて思ってたら、こんなどんでん返しが待ってるんだからねえ...
――そう、火がついちゃった。なにがきっかけになるか、わかんないものよね...
――いいのよ、お飾りなんだから。誰も私のこと部長あつかいしてないし、内容も見てないのに私のハンコ押してあるなんて日常茶飯事。いままでだって、いなくたってちゃんと仕事は回ってるでしょ...
――でしょ。だから私が思うのはね、みんなもそうすればいいのよ。イヤイヤやらされるぐらいなら、それ以上を自分から提案するしかないんだから...
――もちろん、その点はラッキーだったと言えるわね。見えざる神の手が働いて挽回のチャンスも与えられた。見えざる神の手も、フタを開けたらお約束の面子だったからガッカリだったけど、ああそういうことか、って。私もついにお払い箱...
――そこで中見出しね...
――どうかしらね。社長に押し付けられたのも、会長にあしらわれたのも、ある意味では計画通りでしょ。そう思えばその先のストーリーは想像つくからね。いつの世も冷静で正確な判断だけが勝利と栄光を掴むのよ。情熱やら第六感で勝利を納めれば刺激的ではあるけど、一過性であり、あとからの代償の方が高くつくだけだからね...
――まあね。だいたい何が描かれているか見えてきたからそれに乗っかって。失態もあったけど、リカバリーのチャンスもできた。重室がこらえきれずに話の出どころを匂わしてくるし。ところでアナタはどこまで知ってたの...
――違うわよ。そうじゃなくて。私より知ってたのかどうか聞いてみたかっただけよ。それによって今後の評価額が変わってくるでしょ。株価みたいなものね。つねに更新していかないと、知らないあいだに大暴落してたら目も当てられないじゃない...
――私のはもう、電池切れ寸前。でもね、充電すればまだなんとか持ちそうだから。そういうわけで今日も嫌なヤツからいっぱい充電させてもらったから...
――えっ? あのボーヤ? そうね、本人だけじゃ使えないけど。まわりの関係と組み合わせれば使い様はあるわね。会長にとってもキーパーソンになってるし。利用価値があるうちは使えるだけ使わせてもらうわ。今はまだ、そのレベルってとこだけど、使いようによっちゃ大バケするかもね。そこが私の腕の見せどころかもね...
――しょうがないわよねえ。そういう人間もいて世の中が回ってるんだから...
――ううん。画像はいらないわ。固定観念を押し付けるより、いまはまだ広げたいから。あの年代は言葉の方が響くのよ...
――私? 回してるつもりはサラサラないわ。それほど自惚れちゃいないし、だいたいね、そんなふうに思っているヤツに限って、結局は自分が使われているだけでしょ。重室がいい例じゃない。だったら私なんてカワイイものよ。実物も可愛いし。そこは自惚れていいでしょ...
――えっ? ちょっと聞いてる? 誰? 知らないわよそんなコ。先週? そう、辞めたの。残念だったわね、狙ってたんでしょ。つまみぐい...
――いじめてないわよ。そもそも眼中にないし...
――それは、向こうの主観でしょ。知ったこっちゃないわよ。向こうがそう思うのは勝手だけど、いちいち同情してたらきりがないわ。別に自分の経歴が精錬潔白だなんて思っちゃいないし、彼女に限らず誰もキズつけずに伸し上がってきたなんてキレイごと言うつもりもない。誰かの失意の上でいまの立場にいるのも事実とすれば、それを世の中や他人のせいにできれば楽なんだけどね。上に行けば行くほどその感覚は鈍ってくる。下に留まっていると誰かのせいにできないかと粗探ししたくなる。アナタはどうなの? 自由気ままで居心地よさそうだけど、恨みに転化するのはやめてね...
――あっ、そこはまだ伏せといて。その部分は私にとっての切り札になるかもしれないから。会長がうんと言わなきゃ、別に持ってくことも視野に入れている。その時はこの会社にはいないだろうけど...
――大丈夫よお。もしリークがあったとしたら出所はアナタしかいないんだから。その状況でやるほどヌケてないでしょ。それとも、それ自体が伏線だとか?...
――ハイハイ、わかってるわよ。You wanna play. You gotta pay.でしょ。大丈夫よ。私はまだアナタにとって利用価値がある人間だから、まだ切ろうとは思っていない。そう思わせられるうちはまだ私の手の内でしょ...
――それでクローズといきましょ...
――うーん。その感覚が鈍らないうちに結論が出ればいいんだけど...
――ヒットミねえ? うーん、100パーないとは言えないわよ。そこら辺はシビアだからさ。私にまだプライオリティがあるうちは従順だろうけど、そうでなければ自分のファイルにストックする可能性はあるでしょうね。逆にそうだからこそ信頼して仕事が頼めるってものよ。アノ子も変な馴れ合や情だけでつながっていられるほどウブじゃないし、私だって友達だとか、仲間とか、そんなものにたよって仕事するほど落ちぶれちゃいないわ...
――そうみたいね。私が独立したら、アナタもついて来る? それはないわよねえ。今回のプランを持って旭屋堂に売り込むのもアリよね。二階級特進して重室こきつかってやるとか? って調子のりすぎ?...
――えっ、そうなの!? だから動きが早いってわけ。あっそう。じゃあ、ウチも吸収されて、どのみち私の居場所はなくなるってことじゃない。さっすが、いい情報持ってるわね。っていうか早く言いなさいよ。いいかげんしゃべらされた後でこれじゃ、私もいいように扱われてるんじゃない。やっぱり回してるのはアナタの方でしょ...
――ソッチはそのセンでいいわ。明日の朝イチに見せてもらえる? とはいえ出来栄えには充分期待してるわ。やっつけでもあれだけの内容に仕上げるんだから。期待しない方が無理でしょ...
――リップサービスはそれぐらいにしておくわ。それもわかった上でオーダーしてるんだからね...
――そうかもね。だから、それはコッチにもいえるからね。じゃあ、あした。例の店でモーニング食べて待ってるから。コーヒーのお代わりしなくてすむようにヨロシク...
――なに言ってるのよ。私なんかより、もっと若い娘がいいんでしょ。いいコ見つかるといいわね...
――今日はダメだからね。お先にオヤスミー。ガンバってねセキネさん」