private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(市街地からモールまで1)

2025-01-19 18:07:27 | 連続小説

 クルマを走らせて行くと、そこに若い女性がいた。目印と言われた赤いデイバッグを抱きかかえるように持っている。
 女性がコチラに目をやるのが見えた。スポーツジャージを着た、どこにでもいるような風采をしている。その割には妙な存在感と威圧感があった。
 流しで客は取っていない。迎車専門だ。そもそもこのクルマを見て、タクシーだと判断できるような車種ではなかった。
 稀にコチラが止まるタイミングで手を挙げる通行人がいると、後ろにたまたまタクシーがいたというオチだった。
 もしかしてと念のためにバックミラーと、サイドミラーをチェックする。それらしきクルマは見当たらなかった。
 マリイは指示された場所であると確認して、ウインカーを出しクルマを止めた。カサカサと枯れ葉がタイヤに絡んでくる。
 60年式のアルファはタクシー仕様にはなっていないので、自動ドアは装備されていない。マリイは手を伸ばして左後部座席のレバーを引き、少しドアを開いてやる。
 するとそこに指をかけてドアを大きく開口して、先の女性が乗り込んで来た。見かけより太くガッチリとした指をしている。
 マリイの視線を感じたのか、乗り込むとすぐにジャージのポケットに手を突っ込み窓の外に目をやった。
「よくこのクルマだってわかったね」つい、マリイはそう声をかけてしまった。
 普段なら、客に話しかけることもなく、乗せたら最後、最速で目的地に運ぶだけで、それ以外のサービスはしていない。
 それなのに気になって声をかけてしまったのは、この女性が持つ独特の雰囲気に惹かれたからなのか。マリイはつい触れてしまいたくなった。
「青いヘンテコなクルマって聞いてたから、、」女性は面倒くさそうにそう言った。目線は外を向いたままだ。
 青はいいがヘンテコは余分だ。どうせエイキチがそう説明したのだろう。余計なことを訊いてしまった自分の落ち度と合わせて、マリイは腹立たしくなった。
 エイキチは事務所で配車の指示を受け、無線でマリイに連絡をするオペレーター的な仕事をしている。
 ふたりは違法で配送営業をしており、ウリは約束の時間に客を運び届けることだった。エイキチはその手助けをすべく、あらゆる情報にアクセスしてマリイの輸送をアシストしている。
 違法な白タクまがいの営業も、時間に間に合えばカネは度返しという、切羽詰まった客は少なくない数でいるものだ。
 ただ、誰でもというわけにはいかない。何処かのおエライさんだったり、そのような人たちに関わる人たちが主な顧客となる。時にはその人たちに代わり封筒ひとつを運ぶ時もあった。
 これだけ通信技術が発達しても、人やモノがそこに無いと、どうにもはじまらない事案はなくならないらしく、効率化などの仔細な努力を帳消しにしてしまう費用が発生しようとも最優先される。
 エイキチに言わせれば、自分ならな現地にいなくても会議などができるようなシステムを作れるのに、それをしてしまうと自分の楽しみや、マリイの仕事を奪ってしまうからと豪語する。
 時間をカネで買うこととなっても、それでこの国はまわっていて、これからもこの国をまわしてく。そこにどのような理由があるにしろ、マリイは指示を受けて、時間どうりに輸送するだけだ。
 それ以外のことはオーナーやエイキチの仕事で、マリイが気にすることではない。ひとつの仕事を成功させれば、それに見合ったおカネを手にするだけだ。
 世の中に需要があれば供給がある。需要が満たされるのは、それなりの力を持った者たちだけだ。マリイはこの仕事をしてそう悟り、力を持った者たちからカネを得ることに、何の罪の意識を持つことはなかった。
 通常なら間に合わない状況を間に合わせることで得られる報酬だ。いったい誰がその恩恵を受けているのか知るよしもなく、少なくとも、搾取され側の人達でないのは確かだ。
 時間通りに進行したことで得られた恩恵も、得られなかった不具合も、マリイには今のところ何の関わりもない。
 後からそのために何らかの影響を受けることがあっても、それは自分だけではどうにもならない範疇と割り切っている。
 誰もが誰かの利益の代わりに対価を得ている。その循環が変わらないのであれば、せいぜい自分の好きなことを仕事としてカネを得ればいい。 
 今回の客は時間指定のある急ぎの客ではなかった。そんな案件は年に1~2回ぐらいのもので、だいたいがオーナーの個人的な案件である。
 この一種独特の雰囲気を持つ女と、オーナーがどのような関係なのか、マリイも気にかかるところだ。
 この違法でありながら必要悪の範疇とされる運び屋を動かしているのは、エイキチが事務所として使っている建屋があるモールのオーナーだった。
 事務所は、元は自動車の修理場だったところを、持ち主が隠居したため会社が買い上げた物だ。修理場はクルマのメンテナンスや、改造をするためにそのままにして、事務所をエイキチ専用のオペレータールームにした。
 このオーナーは、モールの親会社の会長という立場にある。表向きには代表社長が経営を取り仕切っている形にはなっているが、すべての判断を下しているのはオーナーであることを、関わっている者は皆気づいている。
 それなのにモールの関係者には一切その姿を見せないし、何でもかんでも代理人を通して連絡を取ってくる。ミステリアスな存在を誇示したいのか、オモテに出れない理由があるのか。
 本当はその存在自体が架空のもので、何時もエイキチたちに連絡をしてくる代理人と呼ばれる者が、なりすましているのではないかと、ふたりは冗談として言っている。
 代表が影武者では会社として成り立たないので、それは行き過ぎた話しであるとわかった上で、この代理人がまた切れ者であり、あながち冗談とも言えない話だった。
 運搬業に問題がおきた時も、迅速に解決してくれて、厄介な相手が出てきてもウラをかいて手玉に取る。いつもマリイたちを手助けしてくれている。そして最後に辛辣なひとことを教訓と称してあびせられる。
 その代理人に、オーナーは大物政治家ともつながっていて、いざという時に重用されており、その分警察からの目こぼしも受けていると言われていた。目立つクルマであるのに捜査に及ばないのはそのためらしい。
 代理人からは、そういった仕事をこなす者がいなければ、世の中は回っていかない、それでマリイたちの稀な才能を世の中のために遣え、ビジネスとして関係が成り立っていると持ち上げた。
 エイキチは自分の才能を評価されていることに感銘を受け、代理人を大いにリスペクトしている。自分の好きな無線傍受や、盗聴、カメラのハッキングなどをして、おカネが貰えているので、それに満足しているだけだ。
 いずれにしても何か事が起きても、真っ先に泥を被るのは自分たちになるわけで、いいように使われているとも言え、本音が見えこない代理人のことを、口先だけだとマリイはあまり信用していない。
 マリイのクルマは警察は目溢ししてくれても、正規のタクシードライバーからは疎まれていた。嫌がらせのようなことは何度も経験していた。
 エイキチがなるべく裏ルートを探ってくれようとも、まったく遭遇しないわけではない。相手が客を乗せていなければ、幅寄せされたり、急な割り込みや、前に入られるとストップ&ゴーのブレーキテストを執拗に繰り返されたりもする。
 はじめの頃は、かわすのに手を焼いたマリイも、何度か交えるうちに相手をするのが楽しくなってきていた。マリイも乗せているおエライサンには悪いと思いつつ、元より時間厳守のための荒い運転は了承済みだ。
 後ろや横を見ながらの運転より、前の動きを視認しながらの方が断然有利だ。コチラに寄ってくるタイミングで、少しでも左右に隙間があれば、一気に加速して突いていく戦術を磨いていった。
 そこに相手との駆け引きとまでは言わなくとも、動きを見極め、どちら側から攻めるかを瞬時に判断し、相手を手玉に取った時は、心に燃え滾る熱量が充満するほどの達成感があった。
 クルマが横並びになれば、相手も本気でぶつけるつもりはないので慌てて避けてくる。マリイはタクシードライバーが見せる様々な表情を横目に、してやったりの顔を伏せてパスして行った。
 今では国家権力からタクシー会社に圧力があったのか、マリイのクルマを見かけても、近づくどころか避けて通るようになってきた。
 エイキチは、オーナーがおエライさんに口利きしたんだろうと嘯く。それはそうだろ、ジャマされて迷惑するのはおエライさんで、マリイは楽しんでいるだけだ。
 最近は刺激が足りなくて、必要以上に速度を上げてしまい、約束時間に余裕で間に合うので、敢えて時間調節する羽目になる。
 エイキチ曰く、この仕事は絶妙な塩加減が肝で、時間に遅れるのは論外でも、早く着きすぎては価値が薄れると宣う。
 顧客に間に合うかどうかとハラハラさせたところで、ギリギリで間に合わせることで、ありがたがれてお手当も弾むわけだ。
 なので時間配分を考えて、到着したら顧客が飛び出して行けば間に合うぐらいに着けるのがベストだと、偉ぶって言ってくる。
 それは代理人からの受け売りであると、マリイは確信している。ギリギリを狙いすぎて遅れたり、他車の妨害が無くなったと油断して、足元を掬われないようにと口うるさく言われる。
 いつも的確な指摘や、先読みするような注意喚起をしてくるので、こういう一言をおろそかにできない。ドライビングの最中にふと、アタマに引っかかってきて自制すると、それでことなきを得たこともあった。
 マリイは自由に好きなことをやらせてもらえているようで、実はその裏で細かくコントロールされている感覚が面白くなかった。


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