private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

第14章 9

2022-07-10 14:20:03 | 連続小説

――まったく、なんてことだ! よりによって不破さんのところの若造に持ってかれるとは。 …最悪のシナリオじゃないかっ!――
 会議室へ向かう途中の出臼は、早足を止めることもなく顔をいがませたまま、一向に腹の虫が納まりそうにない。
 出臼は濱南ツアーズのGMの立場にいながらも、これまでドライバーを一人前にしたことはなく、レギュラードライバーは初めから力を持っていた者達であり、今回の指宿のように他のツアーズから好条件で引き抜いてきた、いわば出来上がったドライバーをかき集めた偏重したメンバーで構成されている。
 不破が若手の育成能力に長けていることに異存はなかった。自分の方針としてツアーズを編成する構造が、他とは異なっているのは割り切っていたことだ。
 しかし、こう次々と優秀なドライバーを輩出し、ましてやここ一番で突如その才能を開花されれば面白くないのは当たり前だ。
 出臼にとってドライバーとは、レースに勝利するための要因の一部にしかすぎず。路面状況や、天候などのレース環境から導きだしたセッティングと、他のツアーズの出走順をデータ化したものから、最適な対戦相手を選び出すことにより、数十通りのレースプランを立てる戦略で常勝軍団として君臨していた。
 より勝利を確実にするために、出来上がった優秀なドライバーを手に入れるのが最も効率的と考えており、一発はあるが不安定なドライバーや、これから成長を期待できる若手などには目もくれなかった。
 そもそも、ツアーズのトップという立場で、ドライバー達と共にレースを戦うことより、サーキットの運営であったり、レースのオーガナイズであったりと、馬庭が寡占している興行部分にも早く参画したい思いが強く、ツアーズでの成功実績を足がかりにして馬庭へ近づき、あわよくば足元をすくって伸し上がろうと野望を持っている。
 今回は自分が描いたと自負している、外部を巻き込んでの今までにない大きなアングルだけに、失敗は絶対に許されなかった。それなのに、だった。
――だいたい、指宿のヤツがもう少しまともに走っていれば、あんなヨソモノに重きを置く必要もなくてすんだんだ。いや、もう少し効果的に違う使い方もできたのに。どいつもこいつも、オレの足を引っ張るようなマネばかりしやがって――
 不満の矛先はすぐにドライバーの方へ向けられた。不破のもとでエースとして活躍していた指宿に、甲洲ツアーズより倍の報奨金と、常勝チームでのエースの座を条件に移籍を提案し契約にこぎつけた。その前の年は平良のところで不満を持っていた準エースを引き抜いてエースに据えた。
 今回の指宿のケースはツアーズの相性の問題で、濱南ツアーズのレース方針とうまく順応できず、次第に不振に陥っていったものと結論付けている。
 指宿の言い分としては、ツアーズの勝利のために歯車の一部になる働きを求められ、一から十まで細かく指示を入れてくるレーススタイルに、ドライバーとしてやりがいを見出せず。言われた通りに走るだけなら誰が走っても同じで、自分である必要性も感じられなくなってしまったことだった。
 その中で出臼への不信感も増長し、特長であったはずの思い切りのよい走りは鳴りをひそめ、ここ一発での伸びが出なくなり、指宿のいい面が消えてしまった。
 それにもまして本人も気付いていなかったことが、自分にとって不破という存在がいかに強かったかを思い知らされ、練習中やレース前にかけられた一言、二言が、随分と自分の力になっていたとは、不調の理由として出臼には口が裂けても言えなかった。
 不調といってもそこはエースを張ってきたドライバーであり、他と見劣りするような走りではなく。事実、今日も安藤、ジュンイチに次ぐ3番手のタイムを記録しており、自分の仕事はしっかりと全うしている。
 それでも、出臼とはお互いの信頼関係はもはや成り立っておらず、今年のシーズンが終われば契約を打ち切ることは既成事実だった。
 ドライバーとは常に業務重視で付き合い、感情に煽動されることなく、好き嫌いで扱いを変えるようなことはしなかった。ただ、ツアーズや、ひいては自分にとって不利益を被る要因の一つになれば、排除するのも止む無しと結論付けるだけだった。
 契約の段階で何を求めているか明確に示し、仕事のやり方を詰めて合意に至っている前提であったはずなのに、走りはじめたら性に合わない、やり方が気に入らないでは話にならない。
 指宿の心情が理解できないまま、話し合いを持ってお互い修正することもなく、一度掛け間違えたボタンは二度とも元に戻ることはなかった。
 もうひとつ、出臼を苛立たせる出来事がレース終了後に起きた。こともあろうに安藤から直接、一対一での勝負を要求してきた。
 もともと出臼は安藤のように野性的で直感的なタイプは苦手であり、常に西田を介して話しを進めてきた。直接話し掛けられたのは初めてで、それだけでも嫌悪感を抑えるのに精いっぱいであり、西田と相談すると言ってその場を切り上げた。
 平静を装い応対はしたつもりでも、その顔はあきらかに引きつっていたはずだ。安藤としてみれば二度も恥じをかかされた手前、自分の気が済むように早く決着を付けたいことは容易に想像はついた。それで出臼のアングルが終わってしまえば、これまで時間をかけて段取ってきたことがまったく無駄骨に終わってしまう。
 ――これ以上の失態は許されない、そうでなければ馬庭さんに笑われる。いや、その前に平良さんや知崎さんにだって、なに言われるか分かったもんじゃない。自分がやったことは、こともあろうに不破さんのツアーズを引き立てる役に回っただけで、なんの利益も得ていない。何のために裏でいろいろと工作したのか、流れを引き戻さないと… ――
 冷静にならなければと思いつつも進む足取りはさらに早まり、ついつい勢いよく会議室の扉を開けていた。部屋の中では机に腰をかけた体勢で平良と地崎が、想像どおりのニヤついた顔で、なにやら話しをしており、出臼の方を向くふたりは明らかに小バカにした顔つきだ。
「おう、これは、これは、作家大先生。おどろいたねえ、いったい何時シナリオを書き換えたんですかい。予想外の展開でお客さんも大喜びでしたな。ハハハーッ」
 愛用のブリーフケースを机の上に大きな音を立てて置く。
「地崎さん、厭味を言うのは止めてもらえませんか。その件に関してとても相手をする気分じゃありません」
「イヤミ? いやいや、オレら、真面目に感心してるんだぜ。あんな結末、誰にも想像できなかったからな。しかし、あのロータスのヤツ、とんだ噛ませイヌになっちまったもんだ。自分の駒まで欺いたのなら、それはそれで恐れ入るね。馬庭さんもビックリのどんでん返しってわけだ」
 今度は平良が被せてくる。出臼は静かに椅子を引いて腰を下ろした。地崎たちの言葉に反論したいのはやまやまではあるが、いちいち言葉に喰いついていたら切りがない。冷静に対応して、この先の主導権を取り戻すことが先決だ。
「無駄口をしている時間はありませんよ。現実的な話しをしましょう。いくら、不破さんのところのナンバー5(最終走者)が多くの観衆を魅了したからといって、リザルトは2番手タイムです。甲洲ツアーズの合計タイムを合算してもウチには及びません。 …不破さんはまた遅刻ですか? ロータスの安藤は、舘石さんのコースレコードを1秒更新した。ニューレコードです。それが、今日のレースのすべてです」
 最初から破るなら1秒までと西野とは取り決めしてあった。実際に安藤が本気を出せば3秒は上回われる予測はついていた。最初から限界を出してしまえばこの先につながらないと、あえて抑えて設定したタイムであった。
「出臼さんよ、それは違うな。現実的とは、アンタの頭の中だけのことだ、数字も記録も紙の上だけのことだろ。だがな、事実は大勢の人の目に焼きついた記憶であり、人々の心にまで届いたアイツの走りだけなんだよ」
 そこに右足を引きずりながら、不破がオットリ刀で会議室に入ってきた。幹部会で不破が聞かれたこと以外を口にするのは久しぶりで、ましてや、出臼に対して意見を言うとは平良も地崎も思いもよらず、顔を見合わせ、肩をすくめる。
 自分を批判するような言い方をされた出臼は即座に言い返す。
「さっきから黙って聞いていれば、ずいぶんと大きなことをおっしゃいますね。よほど変なものにでも取り憑かれたのか、それとも強力な武器を手に入れて気持ちが大きくなっているのか? なれないことをすると足元をすくわれますよ。自分の立場を自覚した方がいいと思いますが?」
 極力冷静さを保ち、精一杯言い返したつもりでも、不破は余裕を持ってその言葉を受け流された。
「オマエさんに言われなくたって、自分のウツワはわかってるつもりだ。これはオレの言葉じゃねえ、今日のレースを目にした人たちを代弁しているつもりだがな。ずいぶんと頭に血が昇っているとみえる。たかがオレなんかをやりこめないと自尊心が保てねえとは」
 風見鶏の地崎が旗色のいい方に賛同の声を上げる。
「そうだな、そりゃ、不破の言い分が正しいわな。オマエさんがどんなに数字や記録にこだわろうと、そんなものだけじゃ観客は喜ばんし、また見に来ようとは思わんだろ。それで一人勝ちに満足してるのはソッチだけだし、客が減ってきてるのは、そこにも一因があると思えんのなら、どれだけ大きなアングルを組んだって先はねえだろ」
 相手の口車に乗ってはいけない、もう一度、風向きをこちらに吹かせたい出臼は、皆を落ち着かせるため、あえて話しを最初に戻し、筋道立てて自分の正論を打つ。
「不破さん、観衆を自分の見方に付けたかのような言い方は感心しませんね。私を動揺させようとしても無駄ですよ。それに今回のアングルは幹部会での決定事項で馬庭さんの決済もおりてるんです。いいですか、“オールド・コース”での舘石さんが持つ最速ラップをよそ者であるロータスが塗り替えて、そこをベースにして各ツアーズのエースがタイムを刻んでニューレコードを更新していく、それで今シーズンを盛り上げていこうって話しでまとまったはずです。今日だってその方向でうまくいっていた、ウチの指宿が2秒まで迫り、不破さんとこの今年売出し中の新エースがそれを1秒詰めた、最後にロータスが最速ラップを1秒更新する。絵に描いたような流れだった。来週は平良さんや地崎さんとこのエースだって黙っちゃいない。それでシーズンのストーリーが盛り上がっていく予定だったのに… いきなり最終走者にリザーブを持ってきて、サーキットにできつつあった流れをぶち壊してしまった。もちろん、真剣勝負でやっているレースですから、そういった予想外のことが起きるのはしかたありません。突如大化けするドライバーがいままでなかったわけでもありませんし、レースを活性化させる一つの要因でしょう。しかし、先程もいったようにシーズンの組み立て、シーズンの流れはある程度作りこんでおくのが我々の仕事です。あれほどのドライバーがいるのなら、事前に話してもらい共通認識して、どこでセールするか考えて使わなければ方向性もなにもあったモンじゃない。いったい誰の入れ知恵ですか、あなただけで段取ったとは到底思えない。 …そうか」
 一気に捲くし立て、やや熱くなりかけた頭だったが、不破への厭味のつもりで言いかけた言葉から、不意にその先にあるものにつながっていった。
 カマをかけて不破が口を滑らせれば、立場を逆転させるためのかっこうのネタになる。そう思えば主導権を取り返したような気にもなり、ならば、不破を揺さぶってやろうと俄然気持ちに余裕がでてきた。あごを上げいきなり上目づかいになると。
「馬庭さんですね。あの人がアナタを影で操っていた… そうゆうことですか、やけに強気な態度もそう考えれば納得がいきます。しょせんアナタはトラの威を借ることぐらいしかできないでしょうからね」
 その言葉に、平良も地崎も成る程とばかりに納得しはじめた。不破としては見当外れだと言い返したかった矢先、馬庭の進言を受けナイジを最終走者に持ってきた手前、それを全否定するほどの気持ちの強さは持ち合わせていなかった。
 馬庭の後押しがなければ、ナイジを最終走者に持ってくることはなかっただろう。幾らかナイジに期待を持っていたものの、二番手ぐらいの目立ないところで走らせようと当初は考えていた。
 それが初めてのドライバーを送り出す不破のやり方で、あまりプレッシャーの掛からない場面で伸び伸びと走らせることを目的としていた。
 しかしあの時、馬庭から受けた命令にも指示にに乗ってしまったのは、馬庭もやはりナイジに何かを感じていると思え、それに自分も掛けてみようという気になったからだ。そのように仕向けられたのは自分の弱わさと、馬庭のカリスマ性の前になすすべがなかったからだ。
 勢いを増した出臼はさらに続ける。
「ほらね、ぐうの音も出ない。しかし、そうなると、馬庭さんのしたことは幹部会の決定事項に叛いたことになりますね。これは背任行為じゃありませんか。われわれを欺いて、自分の利己的な考えで不破さんのツアーズを操作した。もしそれで何らかの不当な利益、この場合特に金銭に限ったことではありませんが、それを手に入れているとしたら、これはかなり問題ではありませんか?」
 そう言って、平良や地崎を交互に見回した。災い転じて福となす。もし、これで、馬庭を不利な立場に持って行くことができれば、利用されただけの不破とともに失脚させることができるかもしれないと頭が回転しはじめた。
 このタイミングを逃す手はない、よしんば馬庭に何もやましい考えがなかったとしても、不破の線から無理やり引き込むこともできる。
 慌てたのは不破だった、自分が取った安易な行動や言動から馬庭にまで火の粉が被るのはやぶさかではない。なんとか、自分の範囲内で留めなければならないと思った。
「オレがリザーブドライバーの交代の届を出したのは、会議が終わってからだろ。馬庭さんがそれを見たのはその時だ。どこに口を挟む時間があったんだ。仮に出走順に口出しできたとしても最後に走ったからといって、あれだけの走りができるなんて保証はどこにもない。思い違いもはなはだしいんじゃないのか」
 そもそも不破本人にさえナイジがあれほどやるとは想像もできなかったのに。
「それにな、オマエさんは、ヤツが何も残していないというが、第3計測ポイントで最速タイムを出している。ということは区間最速レコードだ。これはまぎれもなくオマエさんが大好きな数字という記録が残ってるんだぜ」
 出臼にはその程度の反論は通じなかった。数字とルールを前面に押し出して、ことを運ぼうと考えていた手前、それに対する予防線をいくつも用意はしてあった。
「不破さん、話しの本筋をすりかえないでいただきたいですね。まあ、区間最速タイムのことを言い出すとは思ってました。残念ですが、そんなタイムどうにでもできますよ。あのナンバー5は車検後タイヤ交換してますね。走行後の車両検査でわかっていることです。もちろんそれらが直接タイムに影響するとは限らないと、私にだってわかってますよ。しかし、規則違反は即タイム取り消しです。それがここのルールですから。他にも叩けばいろいろとホコリがでてきそうですね。不破さんのこの申請書だって危ういものです。『エントリードライバー腹痛のため』なんて書いてありますが、もう一度、志藤先生のところに行ったっていいんですよ。もし仮病でドライバーを交代させているなら悪質なルール違反で、お客さんも黙っちゃいないでしょ。特に“馬券”で損した人たちにはね」
 出臼は当初、目を通そうとしなかった変更申請書を手に握り、不破の前にちらつかせた。もはや、不破の反撃など出臼には取るに足りないものであった。ここに来るまでに講じておいた対策で充分対応てきる。
「まあ、ずいぶんと派手にやったつもりでしょうが、しょせんはそこまでなんですよ、実戦で培われた勘や職人的な読みだけでレースを戦っている人は。たしかに、まれに功を奏して勝負を制することもあるでしょう。ですが長期的視野に立ち、最終的に勝利を得るには少しココが足りません。いわゆる詰めが甘いというところですね」
 調子に乗った出臼は自分の前頭葉を指差す。これがこの場では逆効果になった。出臼に煮え湯を飲まされたこともある地崎や、不破と同じようにドライバー上がりで職人肌の平良にまでケンカを売ってしまったことになってしまった。
「ずいぶん大きなことを言うじゃねえか。ルールだ規則だなどごたく並べるが、自分の都合のいいようにツアーズをこねくり回してるのは、オマエさんの方だろ。エリート面してデータや情報戦でみみっちい勝ち方しかできねえくせによ。不破が馬庭さんと何かしたとか、どうかなんてたいした問題じゃねえだろ。あのナンバー5は見るものを熱くさせた。明らかに今日のサーキットの主役だったぜ。タイヤだのルールだの、ハライタが仮病だあ、そんな小せえことにイチャモンつけて情けねえと思わないのか。オラァ嫌だね。ソッチ側についてレースの魂まで売っちまうのは、まっぴらだ」
 さすがに、出臼も不味いと思ったのか、「あっ、いえ。そういうつもりでは… 」と、自己防衛を計ろうとしても、すでに時は遅かった。
「そういうつもりも、どうもねえだろ。今日のあの若造の走りに何も感じないようなヤツにツアーズのアタマとる資格はねえんじゃないのか。自分だけいい目みようと利益主義に走ってるのはオマエさんの方だろ。叩けばホコリが出るのはどっちだ。今までコッチにもそれなりのほどこしを回して貰ってたから黙っていたが、レースや、ドライバーの本質をわかっちゃいないヤツに牛耳られるのだけはゴメンだぜ」
 再び風向きが変ったのを見計らい、ここが勝負どころだと踏んだ不破が。
「まあまあ、お二人さん、そう攻め立ててもしかたない。幹部会の趣旨はお客さんの望むレースをどう展開していくか話し会う場所なんだから。なあ、みんな、今日のレースを観て次にお客さんが期待するものは何だ。それは、誰が一番速いかではなく、どっちが一番速いか、なんじゃないか?」
 平良も地崎も不破が何を言いたいのかこの時点では見当がつかなかった。ただ、妙に説得力を持つ語りに吸い込まれていったのは確かだ。
「オレは常々引っかかっていたんだよ。たしかに今のレギュレーションは成熟され、それなりに楽しめてもいる。だが、さっき平良が言った、“ドライバーの本質をわかっちゃいない“と、オレが思うドライバーの本質ってのは、それですべてが決っちまうことに、どうもスッキリしないってことなんだよ。オレには以前から考えていた案がある、今のタイムアタック方式を生かしつつ、最終的にはそれを2台で同時に闘わせる方法だ」
「どうゆうことだ?」
 平良が興味深々に聞いてくる。
「つまりだ。いままでと同じように、1~5レグでタイムアタックを行う。各レグの中で1番早いタイムを出したものを振り分けて、タイムの遅い順に対面で決着をつける。ここで勝ち上がった方が、次のステージに進み最終的にトップタイムの者と対決する。もちろんタイム差でのポイントも割り振り、順位のポイントと合算する。これで、レースの見方はより複雑化してポイントが読みづらくなるし、タイムアタックで力を出し切れなかった実力者が対面対決を制して1位になる事だってある。なにより、その日一番早いヤツを対面勝負で決着させ、そいつを見ることができる2度の旨みがある。あれからもう5年だ。危険回避と言うことで直接対戦は避けるレース方式が取られてきたが、やはり、クルマが競走することにおいてそれは避けられることじゃない。客が見たいものを提供しなくちゃ興行は成り立たんよ。まあ、今シーズンからいきなり導入するってのもいまさらは無理だろ。その試作、叩き台ということで、出臼のとこのロータスとウチのオースチンと直接対決をやらせてみちゃどうだ。そもそも門外漢のロータスとウチのリザーブなら、本来のシーズンの戦いには含まれていなかったメンバーだ、試験的に使っても本戦に害は及ぼさない。そいつらが、ここまで盛り上げてくれたんだ、それをお客に還元しない手は無いんじゃないか?」
「そら、おもしれえ。間違いなく呼べるぞ」
 不破も実のところは、結論から逆算して考えた苦肉の策だった。最終的に1対1で戦わせるために、現状のタイムアタック方式も否定せず辻褄を合わせ、会議室に来るまでに何とか捻り出した案だった。
 以前から対面決着の競走を復活させたいと思っていたことと、ナイジの気持ちを汲んでやろうとしたことから無理やりつなげてみたが、喋りながら適当に肉付けして広げていった割にはなかなか様になったものだと、自分でも驚いている。
 出臼は、黙って不破の提案を聞いていた。ふしぶしにアラは感じられ、そのままを実行に移すには無理がありそうだが、そこから旨みを引き出そうと様々な打算を始めた。
 不破の案に丸乗りするのは気が進まないが、レース形式としての魅力は感じられた。やはり、背後に馬庭の存在も見え隠れしても、同じ轍を踏むわけにもいかず口にするのははばかれた。
 不破の案を飲めば安藤の件も同時に解決するし、そもそも外部ドライバーの正しい使い方であるのかもしれない。それに、今後の本戦を不破のところのナンバー5に引っ掻き回されるのも避けることができる。
 試験施行というやりかたも効果的に思えた。これで客の受けがよければ、前回の優勝者と今回の優勝者を次回、直接対決させるという方法もあり、次へ、次へとつながるアングルが作れる。
 とはいえ、すぐに尻尾を振って飛びつくわけには行かない。それでは自分を安売りしてしまうことになるし、いま自分の置かれた状況では、渋々この案を承諾するという流れを作る必要がある。
 ただ、不破が言い出してくれたことで、もし、なんらかの問題や不具合が起きた場合でも、結局は不破に責任を取ってもらえばいいだけになる。3人のGMの視線は出臼に集まっていた。
「たしかに、面白い案ではありますが、いくら試験実施とはいえ直接対決については幹部会だけでは決定することはできません。馬庭さんに一度上げて、それで承諾されれば実行に移してもいいのではないかと」
 乗り気の地崎が声を上げる。
「やるなら早い方がいい、来週とかな」
 この頃の会議では見受けられない、積極的にその場で意見が各GMから出てくる。続いて、平良が提案する。
「トップレベルで“告知”しよう。それで、反応をみればいい。世論がコッチにつけば馬庭さんだって無視するわけにはいかんだろ」
 “告知”というのは宣伝ではなく「口コミ」を利用したもので、人を使い作為的に噂を広めることを差し、GM間の隠語として使われている。
 何か新しい施行を実施したいと判断した時、それに対する世間の反応をうかがうために“ウワサ”を流し、その反応で是非を決めたり、調整を行ったりしていた。広める範囲も内容により1~3まであり、トップレベルのレベル3は最高基準。もっとも大きく広めて情報を収集することを意味していた。
「それでは、ある程度、幹部会が先導して進めてしまって良いということですね」
「既成事実を作っちまえば馬庭さんも、首を振れねえだろ。反応が悪ければ、もう一度仕切りなおせばいいことだ」
 平良や、地崎の言質をここまで取っておけば出臼も楽だ。心の中でほくそえむ。ここで言う建前と心の中では裏腹で、必ず実行するつもりでいた。
「わかりました、それでは、トップレベルでスプレー(拡散)して反応をみて、馬庭さんに進言することにしましょう、それでいいですね」
 もはや、誰も出臼の話しを聞いていなかった、各々がすき放題にああだこうだとアイデアを出し合い、ひいては思い出話やレース論、ドライバー技術論などに花を咲かせ始めていた。
 出臼はさっさと資料をまとめて会議室を後にした。従来ならば会議とはいえ、事前に決っていたことの共通確認と念のための連絡を行うに過ぎなかった。
 それほどまで、用意周到に段取り、根回しをした末のものだったが、今日は明らかに会議の色が違っていた。出臼は面白くなかったが、今の混沌とした状況の中でロートルの3人が勝手に盛り上がってくれたのは好都合だった。
 3人が主導すればするほど、こけた場合の身の振り方がやりやすくなる。逆に上手く事がすすめば、ロータスの男をからめてそこから新たなアングルを考えればいい。
 どちらに転んでも自分には都合が良く、会議では不破に引いた立場を見せたことが項を奏した。これが元となり結果オーライの満足できる会議となった。
――また、時代を巻き戻す気か? せいぜい老戦士同士の夢を語り合っているといいさ。後悔して泣き言いってもあとの祭りだ――
 ほくそ笑む出臼のいく手を阻む本当の敵は3人のGMではなく、馬庭のもとでいままさに潜在下にあった才覚を発揮させようとするひとりの女性であった。