private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

継続中、もしくは終わりのない繰り返し(ホテルマリアージュ 4)

2024-10-20 16:22:33 | 連続小説

「そりゃ、どう言うことだいマキちゃん」首を傾げるタマキ。
 マキがアーモンドを一粒、口に放り込む「ココで酒を飲んでいたから、、 」。カリッと音を立てて咀嚼する。
「 、、厄介事に巻き込まれた。そうですね。あなた達の未来も決まっていたんです」
ワカスギが言葉を引き継いだ。蚊帳の外のタマキは面白くなく顔を歪めた。
 もう一度マキはサイフを改める。10万はありそうだった。全員分の宿代から、酒代からを払っても半分以上は余裕で手元に残る。
「それで、アナタのね、未来がどうなってるか知らないけど。どうせ決まってる未来なら、楽しく過ごすという選択肢もあるわよね? だってアナタ、想定外の展開にして、既定路線から外そうとしてるんでしょ。ちがうの?」
 そう言ってマキはサイフをワカスギの方へ投げた。そして指には3枚の万札が挟まっていた。
「タマオさあ。近くのコンビニでテキトーにツマミとか買ってきてよ。酒はここのを飲めばいいから」
「コンビニの酒のが安くないかい?」。そう言いながらもマキの指から万札を抜き取る。
「セコいこと言わないの。だからアナタはタマオなのよ。まだ結構、在庫が残てるからさ。店の関係者として売上に貢献しなきゃならないでしょ」
 どっちがセコいんだと言いたいタマキは言葉を飲み込む。文句あるとばかりにマキがワカスギに目をやる。
 コンビニで3万円のツマミとは、どれぐらいになるのかと、けしてセコい話でないく、ワカスギは額に手をやり目を瞑る。タマキはブツクサ言いながら裏口から出ていった。
「アナタ、狙ってたんでしょ。この展開」
 タマキが締め損ねた扉が、風の力で閉じられた。ギィーという音を立てて退室を知らせる。無表情のままに答えるワカスギ。
「そうであればアナタは、ぼくが決めた通りの未来にいるわけですね」
 ハナから息を抜くマキ「以外とそうやって煽ることもできるんだ」。
「それでもあなたは、ぼくがそうした意図をもって行動していると知っていて、ぼくの仕掛けにノッてきた」
 ワカスギの目線はロビーの奥に留まっていた。その一角だけが壁も、床も、まわりより少し小ぎれいに見えた。何か大きな物が、例えば戸棚のような物が置かれていて、それが取り去られた跡のようだった。
「どうだろ? だってアナタ、こんなに現金が入ってるなんて知らずに誘い込んだんでしょ? アナタのサイフと同様に、空っぽだったらどうするつもりだったの?」
 目立つ一角ではあり、そこに目がいってしまうのも仕方がないことだ。マキにはそれが気にかかる。
「どうもこうも、その運命のままに従うだけです。どちらかが見かねて、ぼくに援助してくれるとか、、」
 マキはワカスギの視線を遮って、カラダをテーブルに預ける。胸のふくらみの揺り返しでドレスが波を打った。
「ないわね。店主に言いつけて、とっとと追い出してもらうから。結果オーライで考えてるなら、少し甘いんじゃないの」
 チーズやナッツを摘みはじめるマキ。新しいツマミのアテができて安心したわけではなく、逆に落ち着かなくなっている。ワカスギはそれをさらに突いてマキを刺激する。
「もう、アナタもわかってるんでしょ、、 」
 マキはピクっと隆起し、こめかみが引きつった。苛立ちを感じさせる言葉だ。そこになんの信憑性もないはずなのに、それが各処に血を巡らせて行く。
「ぼくには何の力もありません。ただ運命にしたがって、生きているだけです。こうすれば、未来がこうなる。ああしたから、歴史が動いたなんてものは、都合よくそう思いたい人の。そう、まさに独り善がりでしかありません」
 マキがタマキをなじった言葉を引用された。血のめぐりが肢体をシビレさせて、粘質部分から粟出してくる。
「誰もが自分が変えたと思い込んでいる世界を信じているだけで、周りからすれば、平常な一日が整然と執り行われているに過ぎません。もちろん、それについて、ぼくはその人たちを否定するつもりはありませんよ。これはぼくの見解で、ぼくの目の前で動き続けている世界について話しているだけですから」
 マキは言葉が出なくなっていた。ワカスギにカラダを固められ、弛められ、徐々に力が入らなくなっていく。
 すべてが決まっていると断言されれば、虚しさが先に立つ中で、どこか気が楽になる自分がいることも否めなかった。
 ワカスギとは住む世界や、見ているモノが違っているだけと思いたかった。そう自分に言い聞かせようとするほど、その術中にハマっていく気がする。

 目の前の男が、それを当然とばかりに受け止めて、悠然としていればなおのこと、溢れるほど強く勃興する力を感じてしまう。
 マキに目の前を塞がれたワカスギは、今度はカラダを捻り、裏戸を気にしはじめた。マキはそこも気にかけて欲しくない。覆い隠すすべがなく。何度も視感に晒される。
 少し前からマキもタマキの戻りが気になっいた。あれから随分と時間が経っていた。
 ワカスギはビールを飲み干したようで、手持ち無沙汰に空のカンを回している。おかわりを待っているのかもしれない。

 ワカスギは、マキがタマキの戻りが遅いことを切り出すのを待っているようだ。それを言いだせばワカスギの思うつぼだ。そうなると決まっていたのだから。
 むしろマキがパシりをさせて、タマキが自由になれる状況を作り出していた。3万円はタマキがそうするのに十分な金額だ。それは同時に自分の価値が3万円であることを認めることになる。
 ワカスギはマキの動向を待っているようだ。この状況を変えようとマキは立ち上がり、タマキが残していった空きカンと、ワカスギのそれを引き取り、カウンターへ向かった。
 途中でゴミ箱へカンを投げ入れる。フリーザーを開け手を奥に突っ込んでビールを取り出し、ワカスギのもとに戻った。
「あのさ、わたしからもひとつ言わせて貰うけど。持論てヤツを、、 」。そうマキは切り出した。
「何かを成し遂げようとすると、いつだってその前に先ず乗り越えなければならない壁があった。それが何なの知りたかった、、」
 マキの本意を見極めようと、ワカスギは上目遣いでマキの目を凝視した。マキも視線を外さない。
「誰にでも起こる事象だと言えばそうだし、誰かに特定された事なのかもしれない。ただ、わたしはこれまで、何度も、本来ならば必要のない壁を、まず越えることからはじめなければならなかったの。それがムダな労力だったのか、それとも、その障壁を乗り越えた者だけが、高みへたどり着けるのか、もしその障壁がなければ、何も手にすることができなかったのか。その答えは明白だと思わない?」
 そう言いながらもマキは、どちらに転んだのか明白な表情ではなかった。アタマを持ち上げて空を仰ぐワカスギ。耳たぶを少し引っ張る仕草をする。
「少なからず、アナタの言葉に感化されて、決まっていた未来に巻き込まれるのに付き合ってるんだから、それについて何か腹落ちする言葉があっても良いと思うんだけど」
 小首を傾げると幾束かの髪がマキの目を覆った。あたかもそうなることが自然であるように、指先で髪を耳にかけ直した。
「ボクには、アナタが何を手にできて、何をできなかったのか、窺い知ることはできません。ただ、今のアナタを見る限り、、 」
 首をひねるマキ。耳をワカスギに向け言葉を逃さないようにする。
「 、、それがアナタに悪い作用を及ぼしているとは見えません」
「そう、、 必然なのね、、 」
 ビールの礼というわけではないだろうが、ワカスギは空になったグラスへワインを注いだ。いなくなったタマキの代わりに。そうしてマキに着座を勧める。
「ただ、そうして先人たちが勝ち取ってきた権利なり、行使できる場を、生まれたときから、当たり前のように履行している者たちは、あって当たり前のものとして、なんのありがたみもなく、さらに自分の都合のいいように解釈して、本質から外れて歪んだモノにしてしまうことは残念でなりません」
 マキはワイングラスを持ち上げ、乾杯のポーズで賛同を示す。
「ホント。そうやって、無意味な行為をこなしていかなきゃならなかった。本来なら経済的な働きであることも、これまでもこうだったという慣習と、金のことは口にしないという美徳に収められてしまう」
 ワカスギも缶ビールを持ち上げマキに応える。
 そして目線はあの一角に向けられる。意識的なのか、無意識なのか、どちらにせよその行為はマキを誘っていく。
「アナタがサイフの心配をしないのも、詐欺や犯罪の仮説にノッてこないのも、タマオが戻って来ないことも、それらすべてに関心がない理由がようやくわかったわ」


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