~ 夢の途中 ~

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義務と権利。

2012年12月15日 | 日記


いよいよ日曜日は政権・冬の陣 衆議院選挙の投票日。


もう今日の時点で『自民』復活、『民主党』の大敗が決定的と云われているし、第三極と云われる『みんなの党』、『維新』の存在感が日に日に薄れつつある。


まぁ、小沢さんが選挙に勝つ為に『国民の生活が第一』と『未来の党』が合流したり、橋下さんが石原さんと合体した直後から迷走し始めたりと、言葉は悪いが実に党利党略が面白い。



TVのコメンテーターが「政治家は政局ばかりで国民を見てない」な~んておっしゃってるが民主主義国家を標榜してる以上、政治家が政局に走るのは至極当然の事かと・・・。


自分の政策が一番いい、自分の政策は日本を良くする、そのためには議席の半分、あるいは2/3以上獲らないとどうしようもない、だから数集めのために・・・こうなっちゃうのは当たり前の事。


亡くなられた三宅さんもおっしゃってたが「民主主義は時間がかかる」は核心を突いてると思う。


「政治家のレベルは国民のレベルと比例する」、「政治家を見れば国家のレベルが分かる」・・・ですね。我々が選んだ政治家なんですから、我々を写す鏡なんですよね、政治家って。


もちろん、選挙にも行ってない人はブー垂れる権利すらない。


と云うか、選挙権ってのはホントに国民の権利なんだろうか?


むしろ義務だと思う。選挙で投票し日本を良くする義務を担ってる・・・そうして良くなった国に住む権利を得る。


こう考えれば投票率が70%を下回るような体たらくにはならないんじゃないだろうか?


「いや待て!それは違う!投票しない権利もあるハズだ!」・・・それもあると思う。が、同時に政治家に対し、景気あるいは教育や防衛に対して意見する権利も失う。


「オレが一票入れたぐらいじゃ何にも変わらない」、ザンネンな人もいる。

確かに『あなたの一票程度』では何も変わらない。でも『あなたの一票程度』の集まりが大きな力になる。

逆に言えば『あなたの一票程度』が集まらないと大きな力になりえないのである。


さあ皆さん、明日は自分なりの考えを持ち、『義務』と『権利』をしっかり行使しましょう!



しかしあの『国民審査』の分かり辛さはわざとじゃないのか?と勘繰ってしまうぐらい分かり辛い。


新聞やネットでしか関わった裁判、下した判決が分からないってんじゃ、よほど勉強して行かないと取捨選択しようがない。


国民審査に当たってのアンケートも「将来最高裁で判断を示す可能性があるので回答は控える」ってな回答じゃ判断できないし・・・。


とりあえず検索してみるか!・・・ってくらい退屈な土曜出勤。早く終わって少年野球に行きたい気分満載で、且つアンニュイな感覚に襲われてる。。




明日のTVは政治家に文句言っとけば視聴率稼げると思ってんじゃねぇ~か?的な司会者で、年収数億と目される『みごもった』さん(こんな感じの名前だったと記憶している)や元プロレス絶叫アナが『世間一般の~』や『国民の生活が~』と言っても全く心に響かない選挙速報を楽しみにしよう。


とりあえず朝鮮学校無償化実施を声高に叫ぶ角栄娘と、「私なら尖閣問題は上手く棚上げし中国と平和裏に話し合いが出来る」って言う共産党のDr議員は落っこちて欲しいんだけど・・・。