徒歩日本二周目(≧∇≦)只今関東地方!

昨日は今日の物語 今日の後に今日は無し…

ガガガ癌…

2014年03月08日 | 日記
ある日ある時ある人から聞いたある話…
その人の年老いた知人は
病名を癌と診断され余命宣告も受けた…
そして告げられたその運命に
あがらう事も無く
せめて短き余生を楽しみ暮らそうと
趣味や旅行を重ねに重ね
日々を笑いの中に過ごしたんだそうな…
そして奇跡は起こる…
体を蝕んでいた筈の癌細胞は数カ月後
完全に体の中から消え果てていた…
今も当たりき車力の御健在で
昨夏期間もキャンピング車両を運転し
デッカイド~旅行を満キチして御座候…

そしてもうひとつ
別の日時に別の人間から伺った別の話…
それは同じく同様に
癌に侵されたある小学生の記録だった…
10歳という幼さへの無情過ぎる癌宣告
家族を含め周囲の人々は
ただただ不憫に思うだけのエブリデ~
子供は
大好きなテレビゲ~ムにのめり込んで
限られた時間を過ごし
敵を一つ倒すごとに癌細胞が一つ減る
そんな夢の如き希望を持ちながら
小さなゲームの中で癌病と戦っていた…
そしてまた奇跡は起こる…

そこには現代医学では説明しかれない
何かがあるのかマハリクマハリタ…
それを説明するには
薬でも抗がん剤でも無く
病は気からという言葉だけが相応しい…

福島には甲状腺癌の子供が急増するが
駄目だと思えば駄目
負けると思えば負ける
笑わせて治せるかも知れないのならば
僕等にだって出来る事はある…
もしかしたらモノホンの医者よりも
実は名医がいたりしても不思議は無い…

癌の治療に対して
爆笑治療を加える事をここに提案する…



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お墓に避難します…

2014年03月08日 | 日記
「お墓に避難します…」
そう書き残し命を絶った93歳の女性の
その言葉を覚えているでしょうか…
重ねてその遺書には
「老人は避難の足手まといになる…」
とも綴られていたと申します…
93年の長い生涯のその最後に見た風景
この悲しみが
多くの悲しみのほんの一つに過ぎぬ事
それこそ本当に悲しい事だと思います…

2011年3月…
福島第一原発の二度にわたる爆発の後
近隣の住民達が次々と避難
彼女も息子夫婦や孫達に連れられ
放射能に追われる様に北へ北へと逃げ
次女の嫁ぎ先へ一時身を寄せた…
その翌日
さらに遠くへ逃げるように指示があり
南相馬市が用意したバスで
群馬県へと向かう事態に
状況は切迫するがしかし
高齢の彼女に長距離の移動は無理だと
家族が判断
女性達だけがそこに残る事に相成り候…
翌月、二週間の入院…
退院後は「家に帰りたい」と繰り返し
五月三日
ひとり、南相馬の自宅へと戻ることに…
その時の暮らしの孤独ぶりを
「寂しい…」と度々電話で訴えていた…
六月に入り、家族達が群馬から戻ると
深夜であるにも関わらず玄関を出て
嬉しそうに大喜びで出迎えしたという…
しかし原発の状況もまた
深刻な程深刻である事には変わりない…
「また逃げるかも知れない…」
その言葉に彼女は口数を減らしていく…

住み慣れた家で
家族揃った生活に戻った二週間後の事
彼女が庭で首を吊っているのを
家族が発見して急いで助け起こしたが
もう既に手遅れ
見つかった四通の遺書は
家族、先祖、近所の友人へと宛てられ
「毎日原発の話で生きた心地しない」
「子供、孫、親類のの恥と思いますが
 今の世の中では仕方ない…」
そんな詫びのような文が綴られていた…

「さようなら、私はお墓に避難します
 ごめんなさい…」
それが遺書に残る最後の二行だという…




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