大津市の琵琶湖の西岸、比叡山の麓にある坂本は、延暦寺の僧が住む里坊(さとぼう)が数多くあります。滋賀院門跡(しがいんもんぜき)はその中心で、延暦寺の本坊(ほんぼう)に相当します。
江戸時代を通じて、門跡として入寺し、天台宗のトップである天台座主(てんだいざす)になった皇族の住居(滞在所)として使われていました。その佇まいには格式の高さと優雅さが両立しています。琵琶湖を眺めながら見事な庭園と向き合えます。こんな眺望は京都の寺にはありません。
琵琶湖の悠久の眺め
滋賀院門跡を現在地に建立したのは、家康から家光まで徳川三代のブレーンとして絶大な権勢を誇った天台宗の僧・天海(てんかい)です。延暦寺で信長による焼討からの復興にあたっていた1615(元和元)年に、後陽成上皇からこの地を下賜されたものです。
当時は幕府の政策で、天台宗の管理運営の中心が上野・寛永寺や日光・輪王寺に移っていました。延暦寺が中世のように、山上から絶大な影響力を及ぼしていた時代は終わっていたのです。また江戸時代の天台座主は江戸や日光に在住することも多くなっていました。
こうした事情もあって、山上よりも業務や生活に便利なふもとに、天台座主の住居(滞在所)を設けるようになったと考えられます。坂本に50を超える里坊が現存しているように、高僧が高齢になると里坊を構えるのが江戸時代に慣例化していきます。
穴太積みの石垣
坂本の里坊の街並みは江戸時代の面影を色濃く残していることから、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されています。街並みの美しさを引き締めているのが坊を囲む石垣です。戦国時代の城郭の石垣造り職人いた坂本の地区名をとって穴太積みと呼ばれています。さほど大きくない石を自然のまま不規則な形で積み上げていく手法です。城の巨石のような圧迫感はなく、小規模な区画には美観が優れています。
正面の勅使門を見るだけでまず、このお寺の上質さが伝わってきます。建物の中は、天皇の非嫡子が天台座主になっただけあって、京都の門跡寺院と同じく特別な空間にしつらえられています。天海が開山した時の建物は明治初期に焼失したため、直後に比叡山上の建物を移築して再現したのが現在の建物です。渡辺了慶らによる障壁画が、江戸時代の面影を充分に伝えてくれています。
書院の2Fからは琵琶湖の雄大な眺望を借景にした蹴鞠の庭がとても上質な空間です。この眺望こそ京都の門跡寺院にはできない芸当です。高い建物がなかった江戸時代の眺めを今は見れないのがとても残念に思えるくらいです。
天台座主の接見の間からは、家光の命で作庭された池泉式の庭園と向き合えます。池の中央の石組とそこに至る石橋が、江戸時代初期に流行した庭園の特徴を優雅に今に伝えています。門跡の接見の間にふさわしい上質な庭です。
苔に映える石灯籠が美しい慈眼堂の参道
滋賀院門跡の南には、天海の廟所である慈眼堂(じげんどう)があります。僧というよりも政治的支配者の廟所を思わせる風格があります。天海の廟所である慈眼堂は、日光・輪王寺と川越・喜多院にもあります。堂名は死後に天皇から贈られた「慈眼大師」号にちなんだものです。大師号が贈られ、廟所が3つある、天海は権力者に食い込んだ「黒衣の宰相」としては最も成功した僧と言えるでしょう。
自ら行動するのではなく、江戸幕府の庇護のもとに生きることになった天台宗が、江戸時代に取り入れた文化を今に伝える素晴らしい寺が、坂本にのこされています。
こんなところがあるのです。
ここにしかない「美」があるのです。
声楽のように美しいお経を比叡山のガイドと共に楽しめます
滋賀院門跡
【滋賀県観光公式サイト】https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/434
【大津市観光公式サイト】http://www.otsu.or.jp/spot/archives/164
原則休館日:なし
開館(拝観)受付時間:9:00~16:30
※公開期間が限られている仏像や建物があります。
おすすめ交通機関:
京阪石山坂本線「坂本比叡山口」駅下車、徒歩 5分
JR湖西線「比叡山坂本」駅下車、徒歩20分
JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:40分
京都駅→湖西線→比叡山坂本駅
※この施設には駐車場があります。
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