『夜蝶』物語
『夜蝶』とチャンピオンズカップ
編妖艶な照明が、バー「夜蝶」のカウンターを照らしていた。
32歳のママ、美咲は、その色香をたたえた笑顔で、カウンターに寄りかかる祐一を見つめていた。
「祐一くん、今日は何か悩み事があるみたいね」美咲の声は、まるで夜の帳に溶け込むような、しっとりとしたもので、祐一の心を落ち着かせた。
「実は、仕事で大きな決断を迫られていて…」祐一は、グラスを回し、ため息をついた。
「最近、競馬にはまっているんです。でも、いつも直前で自信がなくなってしまう。まるで、僕が馬に乗っているような気持ちになるんです」
美咲は、静かに耳を傾け、そして微笑んだ。
「祐くんは、優しくて思いやりのある人だから、きっと誰かのために一生懸命になれると思うわ。でも、時には自分自身のために、決断することも大切よ」
美咲の言葉に、祐一はハッと顔を上げた。
「でも、もしそれが間違っていたら…」
「たとえ間違えたとしても、そこから何かを学ぶことができるわ。大切なのは、前に進む勇気よ」美咲は、祐一の手に触れ、優しく語りかけた。
その日の夜、祐一は、美咲の言葉が心に響き、決断を下すことができた。
そして、翌日の新聞で、チャンピオンズカップの結果を見た。1着は、逃げの一手を見せたレモンポップ。2着には、後方から追い上げてきたウィルソンテソーロ。
「逃げと追う、どちらも勝ち方はあるんだね」
祐は、新聞記事を読みながら、美咲の言葉を思い出した。
それから数か月後、祐は、大きな仕事で成功を収めた。
そして、美咲の店に、満面の笑みで現れた。
「美咲さん、おかげで、大きな決断をすることができました。あの時、勇気をくれた言葉、一生忘れません」美咲は、そんな祐を見て、静かに頷いた。
「祐くんは、きっとこれからも、たくさんの壁を乗り越えていくことができるわ。いつでも、この店は、祐くんの帰る場所よ」
バー「夜蝶」のネオンサインが、夜の闇にきらめき、美咲と祐一の物語は、これからも続いていく。
【後日談】
数年後、祐一は、投資会社を立ち上げ、成功を収めていた。
ある日、美咲の店を訪れた祐一は、彼女にプロポーズをした。
「美咲さんと一緒に人生を歩みたい。僕を、幸せにしてください」
美咲は、祐一の瞳を見つめ、静かに頷いた。
「私も、祐くんと一緒なら、きっと幸せになれると思う」二人は、静かにキスを交わし、新しい章へと歩み出した。
華やかな夜の帳の下で、運命のレース
薄暗い照明が妖艶なムードを漂わせるバー「夜蝶」。そのカウンター席で、美咲はグラスを傾け、窓の外を眺めていた。32歳にして、この店のママを務める彼女は、知的な眼差しと洗練された雰囲気を纏(まと)っていた。
そんな美咲の視線に、カウンターの端で一人グラスを回している祐一の姿が捉えられる。25歳の証券マンである彼は、優柔不断な性格が災いし、仕事でもプライベートでもなかなかうまくいかない日々を送っていた。
「祐一くん、ジャパンカップの結果はどうだった?」
美咲が声をかけると、祐一は顔を上げ、少し慌てた様子で答えた。
「え、あの、ジャパンカップですか? うーん、実は…」
祐一は、持参していた馬券を見せながら、複雑な表情を浮かべた。
「本命のスターズオンアースは惨敗だったんですけど、4頭ボックスで買ってたので、なんとか的中したんです。でも、1着はドゥデュースで…」
祐一の話に、美咲は興味津々だった。
「ドゥデュースね。豊くんの騎乗、見事だったわね。4コーナーからの早めに動き出す作戦、あれは見ていてハラハラしたわ。シンエンペラーとドゥレッツァが最後まで粘って、本当に接戦だったね。」
「はい。特に3着から9着までが0.3差以内って、信じられないですよね。こんな激戦は見たことないです。」
祐一は興奮気味に話し始めた。
「ドゥデュースは、先行してゴール前粘るシンエンペラーと途中から逃げたドゥレッツァをまとめてクビ差で差し切ったんです。あの瞬間は、心臓が止まるかと思いました。」
美咲は、祐一の話を聞きながら、グラスをゆっくりと回していた。
「競馬って、本当にドラマチックよね。一瞬の出来事で、勝ったり負けたり。でも、その一瞬のために、どれだけの努力が積み重ねられているのかと思うと、ただの結果だけでなく、その裏側にある物語にも興味が湧くわ。」
祐一の表情は、少し複雑なものから、穏やかなものへと変わっていった。
「そうですね。競馬って、やっぱり奥が深いです。でも、美咲さんの言うように、一瞬の出来事の中に、色々なドラマが詰まっているんだなって、今回のレースを見て改めて感じました。」
二人は、しばらくの間、静かにグラスを傾けながら、それぞれの思いを馳せていた。華やかな夜の帳の下、競馬という共通の話題で、二人の距離は少しずつ縮まっていた。
「祐一くん、また一緒に競馬観戦に行こうね。」
美咲の言葉に、祐いは大きく頷いた。
「はい、ぜひお願いします!」
バー「夜蝶」の静かな夜に、二人の新たな物語が始まろうとしていた。
祐一と美咲の夜の会話
「美咲さん、またやらかしてしまいました…」
いつものようにバー「夜蝶」を訪れた祐一は、いつもの席に腰掛け、美咲に顔を向けた。表情は冴えなく、肩を落としている。
「あらあら、祐一さん、また競馬で何かあったの?」
美咲は微笑みながら、祐一にいつものカクテルを手渡す。
「はい。マイルチャンピオンシップで、ナミュールっていう馬に賭けたんですよ。去年勝った馬で、今年も2番人気だったんで、絶対来ると思ったんです。ところが…」
祐一はため息をつき、グラスを傾ける。
「ところが、最下位。タイムが1分37秒8ですよ。未勝利のダート戦みたいじゃないですか。まさか、骨折でもしてたんでしょうか?」
美咲は、祐一の話に聞き入る。そして、静かに言った。
「競馬って、本当に面白いわよね。どんなに強い馬でも、予想外のことが起こる。それが競馬の面白いところじゃない?」
「でも、美咲さん。こんなに惨敗するなんて、予想の範疇を完全に超えてますよ。一体、何が起きたんでしょうか…」
祐一は、まだその出来事が信じられない様子だ。
「祐一さん、もしかして、ナミュールに感情移入しすぎてるんじゃない?」
美咲は、そう言うと、祐一の目を見つめた。
「え?」
祐一は、美咲の言葉に顔を紅潮させた。
「だって、祐一さんはいつもそうでしょ。好きな馬に感情移入して、その馬が勝つことだけを願う。でも、競馬はそんなに甘くないのよ。色んな要素が絡み合って結果が決まる。だから、予想外の結果が出ることもある。それは、競馬の面白いところじゃない?」
美咲の言葉に、祐一は考え込む。
「でも、こんなに大差で負けるなんて…」
「競馬は、人生の縮図だと思うの。どんなに計画を立てていても、思わぬ出来事が起こる。でも、大切なのは、その出来事をどう受け止めるか。祐一さんは、今回のことで何を学んだのかしら?」
美咲の問いかけに、祐一はしばらく言葉を探していた。
「…そうですね。競馬は、予想通りにいかないことの方が多いんだってことを改めて実感しました。そして、感情に振り回されずに、冷静にレースを見ることが大切だっていうことも」
美咲は、祐一の言葉に頷いた。
「そうね。競馬も、人生も、大切なのは楽しむこと。勝つことだけが全てじゃないのよ。祐一さんは、これからも競馬を楽しむつもり?」
「はい。もちろん。でも、これからはもっと冷静に、そして色んな要素を考慮して予想したいと思います」
祐一は、そう言うと、グラスを空にした。
「そうじゃなきゃ、美咲さんに笑われちゃうもんね」
二人は、声を揃えて笑った。
「そうだね。でも、祐一さんは、いつも一生懸命で可愛いから大丈夫よ」
美咲は、そう言うと、優しく祐一の頭を撫でた。
祐一は、美咲の温かい掌に包まれ、心が安らぐのを感じた。